9話 決戦、宇都宮その2
その少女は、俺よりも一回り歳が低い恐らく11、12歳ぐらいの少女であった。
顔立ちは幼いものの、非常に整っており現代で言うところの美少女と呼べる容姿をしている。
身体つきも着物を着ていて分かりづらいが、華奢な体格をしている。
しかし、そんな可憐で華奢な容姿をしているにも関わらず、その剣を構える姿は様になっており、隙は全く見当たらない。
この年でまさに強者の風格を漂わせていた。
俺も剣術には自信があり、体格は圧倒的にこちらに分があるものの、恐らく剣術に関しては少女の方が上かもしれない。
これはただの憶測ではない。
剣の腕がある水準まで達すると、その時から相手の立ち姿や構えでその力量を測ることができるようになるのだ。
この少女は只者ではない。
俺は少女を殺すつもりで剣を構え、戦に臨む。
互いに剣を構え、その距離をジリジリと詰める。
「やあぁッ!!」
しかし少女は踏み込み、こちらへの距離を一気に詰めると攻めかかってきた。
「ぐっ!」
流れるような連続の打ち込み。
その洗練された動きは思わず見惚れてしまいそうになるほどのもので、この少女がやはり只者でないことを証明していた。
何とか防御できているものの、彼女の打ち込みには全く隙が無く、反撃することは不可能。
俺は防御一辺倒でただ耐えることしかできなかった。
しかし、これだけ激しい打ち込みであればすぐに息が切れることだろう。
ここはひたすらに耐え、相手の息切れを狙うのが上策だ。
そう考えていた俺だったが、すぐにその考えが甘いことを思い知らされる。
「うぐっ!?」
突如として少女の打ち込みの速度が急激に増し、反応できずに腕を裂かれる。
幸いまだ腕は動かせるが、このまま放っておけばかなりの血が流れてしまうことだろう。
俺に残された時間は少ない。
ここは捨て身でも短期決着を狙わなくてはならないな。
俺は覚悟を決めると、少女の打ち込みを待つ。
「はあぁッ!!」
そして少女が動いたその時、俺は動いた。
「なッ!?」
次の瞬間、少女の表情は驚愕に染まる。
俺は少女の刀を左手で受け止め、右手に持った刀で少女の首元へ刀を伸ばしたのだ。
刃の突き刺さった左手からは血がポタポタと流れているが、彼女の刀を完全に受け止めている。
そして刀を首に突きつけられた少女はもう身動きを取ることができない。
一時はどうなることかと思ったが、この勝負、俺の勝ちだな。
しかしここからどうするべきか。
この刀で少女の首をそのまま裂けばすぐ済むだけの話なのだが、この土壇場になって俺は躊躇ってしまっている。
冷静に考えると、いくら斬りかかられたといってもこんな年端もいかない少女を斬り捨てるなんて無理だ。
しかし、だからといってこの少女の表情は俺への敵意が剥き出しとなっており、とても説得に応じてもらえるとは思えない。
一体どうすればいいのか。
そう悩んでいた俺だったが、その時1人の女性が現れた。
「葵!! 隠れているように言ったではないですか!!」
そう顔面蒼白で現れたのは、この少女の親らしき女性であった。
その女性は躊躇いなく俺の前へ進むと、そのまま頭に地をつけ許しを買うてきた。
「申し訳ありませぬ! 貴方様に傷をつけたこと、言い訳のしようもございません! ですがこの子は私達を守ろうとしただけなのです、どうか寛大なご処置を……!!」
「ちょっと母上! こんな奴らに頭下げる必要ないって! 降伏したら酷い目に遭わされるだけだよ、たとえ殺されたって戦わなきゃ!!」
「いや、俺がそんなことはさせぬ。約束しよう。だからその刀、納めてくれぬか?」
「そんな言葉、信じられないんだけど!!」
「そうか、分かった」
俺は頷くと、刀を投げ捨て少女の刀を離し、無防備な姿を晒す。
「では、信じられないというのなら俺を斬り捨てるがいい」
「は、はぁ!?」
俺の行動に、少女は驚愕の声を上げる。
ここで家臣達がいれば静止してきただろうが、幸い今は俺1人しかいない。
「俺は本気だ。お主達を傷つけるつもりもないし、そんなことは絶対させぬ、だから俺の言葉を信じて刀を納めてくれ」
「そんなこと、信じられるわけないでしょ!! 武士なんて皆んな畜生みたいなもんなんだから!!」
武士は畜生……朝倉宗滴みたいなこと言うなぁこの子。
「確かに武士は畜生だが、俺達は理性のある畜生だ。むやみに無抵抗の者を傷つけぬ。信じられぬなら、俺を斬り捨てよ」
正直非常に怖いが、俺の誠意を最大限に示す方法がこれだ。
俺は内心心臓をバクバクさせながら、少女の選択を見守る。
すると、少女はため息をつくと動いた。
何と、自ら刀を納めてくれたのである。
「いいよ、信じてあげる。どうせあの数じゃ、私に勝ち目ないしね。最期に華々しく討ち死にしようと思ったけど、アンタにそのつもりはないみたいだし」
「信じてくれるか、感謝する」
良かった……一時はどうなることかと思ったが上手く行ったようだ。
俺はホッと胸を撫で下ろし、安堵する。
「それにしてもアンタ馬鹿なの? 私が本当に斬ってたらアンタ死んでたよ」
「葵!! あまり刺激するようなことを言わないで!!」
「はははっ! 本当に気が強い女子だなぁ!!」
俺ってこういう気の強くてグイグイ引っ張ってくれそうな子ってタイプなんだよなぁ。
顔も別嬪だし、性格も俺の好みだ。
いささか直情的ではあるものの、家族思いで大切な者のためならその身を投げ出せる勇気のある子だ。
また、裏表がなさそうなのもいい。
そんなことを考えていると、由兵衛の言っていたあの言葉が頭によぎる。
殿、そろそろ嫁さんを考えた方がいいんじゃないですかい?
その言葉を思い出した俺は、すぐに言葉を発していた。
「俺はお主のことが気に入ったぞ、お主、俺の妻にならぬか?」
その言葉を聞いた少女達は口をぽかーんと開けて、呆然とした表情になる。
しかし少女はすぐに気を取り戻すと、激しく大声を上げた。
「は、はあぁっ!? アンタ何言ってんの!? 私、アンタのこと殺そうとしたんだけど、それ分かってて結婚しろって言ってるの!?」
「うむ、そうだ」
「し、信じられない……どんだけ大馬鹿なのよアンタ」
馬鹿なのは承知している。
しかし、俺の感情は葵を嫁にしたいと言っているのだ、それを偽るつもりはない。
まあ、俺の気持ちがそうだからといって、これから戦後処理だの人質になるであろうこの子達の処遇だのが絡んでくるため、上手くいくとは限らないがな。
それに、この子自身の気持ちの問題もあるし。
で、俺がそんな話をしている間に家臣達は仕事を終えたようで、最上階から戻ってきていた。
「殿、旗を掲げました……ってその傷はなんですか!?」
「大事ない、それより俺も外の状況を見に行こう。葵、また後でな」
「あ、うん……」
俺は少女に別れを告げると、傷の止血を行ってから最上階へと向かう。
すると、そこには戦況を眺める勘助殿達の姿があった。
「勘助、どうだ? 戦況はどうなっている」
「おお、殿。先ほど城の占拠を知った宇都宮勢は動揺しておりましたが、すぐに退却の動きを始めました。その判断の速さは流石というべきでしょう」
なるほどな、まあ城を占拠できただけでも充分だろう。
兵を削れなかったのは心残りだが、その分こっちの被害もほとんどないわけだからな。
被害を出さずに城を占拠できただけでも良しとしよう。
「分かった。では政治様達がこちらに到着するまで待つとするか。その間に城内の者はひと所に集めよ」
「はっ!」
「おお、政貞! ようやったな! こうも上手く城が取れるとは愉快愉快! これもお主達のおかげじゃ!」
「はっ! 有難きお言葉でございます!」
笠間城へとやってきた政治様はそれはもう上機嫌であった。
何せ、目の上のたんこぶであった笠間家と宇都宮家を打ち払い、城まで手に入れることができたのだ。
それはもう政治様からすれば嬉しいことこの上ないであろう。
「それで殿、此度の戦ですが百姓達の乱暴取りは……」
「うむ、お主の提案通り禁じておる。その代わりに年貢を半年収めなくて良いと言ったら喜んで納得したわい」
「それは何よりです」
乱暴取りとは、勝利した兵達が敗走した側の村や街で行う略奪行為のことである。
この乱暴取りで略奪するのは米や物、武具や宝から人まで様々だ。
百姓はその乱暴取りをモチベーションにしていることもあり、大名達も報酬の代わりとしてそれを黙認しているケースも多い。
しかし、デメリットとして領地が荒れ果ててしまい人口や生産力を失うということもあり、今回は年貢と引き換えに乱暴取りを禁じたのである。
年貢が支払われないのは少々痛いものの、これから貴重な労働力となる笠間城内の民達を守ることができたのは大きい。
小田家が発展していくために必要なのはとにかく労働力、数多くの人口だ。
人が多ければ多いほど多くの田畑を耕し米を生産することができ、より多くの物を生産し、利益を上げることができる。
更に乱暴取りが当然のこの世にそれを禁じたとなれば笠間の民達からの小田家の信用も高まるだろうからな。
そうなれば新たな主人として小田家を認めてもらいやすくなるだろう。
先のことを考えれば、彼らを取り込んだ方が得なのである。
「それで、この後はいかがなさいますか?」
「そうじゃのう、城も取ったことじゃしここらで講和にしようと思うわい。この城も笠間に返す、タダでとは言わんがな」
そしてこれまたわっはっはと愉快そうに笑う政治様。
まあこの数年間、もどかしいこう着状態がずっと続いていたからな、ここで手痛い打撃を与えられたので愉快にもなるだろう。
俺としても実質的な初めての戦を大勝で終えることができたのだ、声にこそ出していないものの喜ばしく思っている。
しかも勘助殿の手助けがありつつも、俺の策がこの勝利の一因となったのだ、嬉しくないわけがない。
そうして戦勝気分に俺達は浮かれていた。
しかし、そこに息を切らした伝令の者が現れた。
「い、一大事でございます!!」
「む! 何があった! 宇都宮が戻ってきたか!」
「宇都宮ではございません! 大掾、島崎連合軍が土浦城に攻め寄せております!!」
「な、なんじゃと!?」
その急報に、政治様だけでなく皆が動揺を見せる。
まさか、その二家が同盟を結んでいたなんて話は聞いたことがないぞ。
史実でも同盟関係がどうだったかは知らないが、少なくともこの年に大掾氏が土浦を攻めてきたことはなかったはずだ。
つまり、歴史が変わったのか、なぜ?
まさか、土浦が史実以上に栄えたからか! だから霞ヶ浦の利権を掌握し栄える土浦を邪魔に思い、奪いにきたわけか。
クソ、まさか領地を発展させたことが戦に繋がるとは迂闊だった。
「それで、兵の差は!?」
「小田、岡見の援軍を加えて土浦は合計2000、敵連合は3000でございます!!」
「よし、勝貞であればその数の差でも持ち堪えるであろう! すぐに戻ろう!!」
政治様はすぐに帰還の準備に入ろうとするが、俺はそれを制止する。
「なりませぬ。ここで宇都宮に弱みを見せればみすみす手に入れた城を失うこととなります。政治様は何事もなかったように講和に向かい、援軍は私達にお任せください」
俺の言葉に政治様は悩んでいたようだったが、決心したように頷くと、俺の肩を掴み言った。
「分かった。頼んだぞ、お主の父を救うのだ」
「承知しました!!」
その時、それまで黙って話を聞いていた武士の1人が前へと出る。
「おっと、援軍には儂もお供しよう」
その武士はなんと、あの鬼真壁の祖父である真壁家幹であった。
「真壁殿、心強いです。共に参りましょう」
「では政貞、任せたぞ!」
「ははっ!」
政治様の命を受け、俺は真壁殿と共に土浦城へと急ぐのだった。




