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8話 決戦、宇都宮その1

1541年 笠間城前戦場にて


 1541年の9月、小田と笠間宇都宮連合は笠間城前にてぶつかり合った。


 小田側は小田政治が率いる1000の兵に真壁氏の500の兵を合わせて合計1500の兵を投入。


 笠間宇都宮側は笠間氏が300、宇都宮が1700の兵を合わせて合計2000の兵を投入した。


 数で勝る宇都宮勢であるが、小田家は兵の質と装備の面で勝っており、その戦況は完全に拮抗していた。

 

 当初、数で勝り地理にも明るいことからこちらが絶対的に有利であると鷹を括っていた宇都宮勢だが、予想外の苦戦を強いられることとなった。


 今回、宇都宮は本気で小田を叩き潰し、多数の兵力を投入してでもその力を削り取ろうと野戦に打って出たわけだが、小田家の想定外の力に苦しめられている。


 しかし一方、小田側も近年菅谷家が考案したクロスボウ改め十字弓、スリングショット改め岩弾きのような新式の武装を導入したものの、数の差は大きく攻めあぐねていた。


 そして、この戦況に苛立っていた者が1人。


 宇都宮家当主、宇都宮尚綱である。


「あの年寄め、性懲りも無くまた攻めてきおって……元はといえば最初に攻めてきたのは貴様らの方ではないか」


 宇都宮尚綱は拮抗する戦況に苛立ちながら、ぶつぶつと恨み言をこぼす。


 数年前から戦が続いている小田家と宇都宮の関係、先に攻めてきたのは小田家の方でその時から現在まで敵対関係にあるのである。


 当初は拮抗、何なら宇都宮側が有利な戦況であったが、徐々にその差は埋まり、現在ではその戦力は拮抗し、負けることも多くなっていた。



 最近、小田家で様々な改革が行われていたとは聞いたが、ここ数年の急激な成長はそれが関係しているのか。


 

 確かに政治は小田家歴代当主の中でも名君と呼ばれる存在、それは歴史が証明するところであり、尚綱もそれについては認めている。


 しかし、政治にこれほどの改革の才能があるとは考えていなかった。


 いや、もしくは家臣の中に有能なものがいるのか。


 政治は当主になってから岡見、真壁、多賀谷と数々の国人領主を味方につけている。


 その中に改革を打診した有能な者がいたとしてもおかしくはないだろう。


 その事実が、尚綱にとっては余計に腹立たしい。


 宇都宮尚綱と家臣の関係は決して良好なものではない。


 家臣達は表向きこそ従っているものの、腹の底ではそれぞれが権力を求めて争っている。


 少しでも隙を見せれば主家を食い物にしようとする者ばかりだ。


 それがあの小田家はどうだ?


 菅谷という成り上がりものは土浦でここ数年で大きな力をつけつつも、小田の家臣としてその忠義を尽くしているというではないか。


 そして真壁や多賀谷と言った国人領主も次々と政治に従い、今では小田家の歴史の中で最大の版図を築いている。


 一体、小田とこの宇都宮で何が違うというのか。


 自身が苦労している隣で、極めて順調な成長を続けている政治を尚綱は妬んでいた。


 その怒りの矛先は、更に笠間の当主、笠間綱広にも向く。


「綱広よ! 我ら1700の兵に対してお主は300ぽっちとは舐めておるのか!?」


「も、申し訳ございませぬ……しかし、我らが動員できる兵はこれが精一杯でして……」


「言い訳はよい! この役立たずめ!!」


 尚綱は自身の怒りを全てぶつけるかのような勢いで、綱広にそう吐き捨てた。


 これに対して綱広は何も言えず、ただ平謝りするしかなかった。


 というのも、綱広の先代である資綱は宇都宮に対して叛乱を企てようとしたことがあったのだが、その謀略が当時の宇都宮当主、成綱に露見してしまい笠間城を没落してしまうこととなったのである。


 こうしてやっと自分の代で城を返してもらえたものの、その力関係は歴然、ただ宇都宮に従うことしかできないのである。


 そうして険悪な空気の漂う宇都宮陣内であったが、戦が全く動かないことに痺れを切らした尚綱が声を発した。


「城に待機させている残りの予備兵、全て出撃させよ!」


 だがそれに対して、重臣の1人が声を上げる。


「しかし、兵を全て出してしまっては城の守りが手薄となりますぞ」


「構わん! ここで奴らを蹴散らしてしまえばよいだけのこと! さあ出陣させよ!」


 尚綱の命令を受け、家臣達は城から兵を出すべく馬を出した。


 それから間も無く、300もの兵が笠間城から現れ、宇都宮陣営に加わった。


 これでおおよそ宇都宮の兵数は2300、小田と比べると圧倒的な数である。


 これには小田も流石に数の差を覆しきれないのか、徐々に押され始めてしまう。


 その戦況を聞いた尚綱は一転、愉快そうに笑っていた。


「ふははははっ! 最初からこうしておけば良かったな! 所詮、強兵といっても数の前には構わぬのだ。このまま飲み込み、2度と歯向かおうと思えないほど屈辱的な敗北を与えてやろうぞ!」


 と、上機嫌に笑う尚綱。


 彼の脳内の映像には、華々しく勝利する宇都宮軍の姿が見えていたことだろう。


 だがこれからすぐ、その映像は跡形もなく崩れ去ることとなる。


 宇都宮軍が優勢になり始めてから数十分、尚綱の元に酷く慌てた様子の武士が1人現れた。


 そして尚綱が無礼を咎める暇もなく、武士は声を張り上げて報告をした。


「一大事でございます!! 現在、城は突然現れた武士達に襲撃され、今にも占拠されようとしています!!


「な、なんじゃと!? ま、まさか……!!」


「はい、襲撃者は小田の武士達です!!」


 その報告を受け、上機嫌な表情から一転、尚綱の顔は青く染まっていく。


 勝利を確信したその時から一転、宇都宮尚綱は窮地に立たされることとなったのだった。



 笠間城襲撃から数十分前———


 1541年 菅谷政貞 笠間城近辺


「よし、これで全員集まったな」


 俺は全員無事に辿り着いたことを確認し、頷く。


 小田領からの旅を終え、俺達は無事笠間城近辺にたどり着くことに成功した。


 旅は結果的に順調に終えることができ、賊に出会したり宇都宮の兵に捕まることなくたどり着くことが出来た。


 これについては元々野盗であった由兵衛達のおかげだろう。


 元々野盗をやっていただけあって、野盗が狙いそうな場所や潜んでいそうな場所には詳しく、またこの辺の地理にも明るかったこともあり、彼らの誘導によりトラブルなく目的地へ辿り着くことが出来たのだ。


 勘助殿の策もバッチリ功を奏したわけだが、彼らの働きも大きかっただろう。


 全く、思いがけず頼もしい仲間を手にすることが出来たものである。


 と、感心していると何やら聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。


「いやぁ、道中で食した団子、あれは中々に美味だったのう!」


「それにあそこの女将、中々の別嬪だったのう、ぐふふ」


 と、盛り上がっている者が数人。


 おい、さらっと旅を満喫してるんじゃないよ。


 まあコイツら俺よりも早く着いているぐらいだし、時間は守っているから咎めるつもりはないがな。


「コホン! さて勘助、戦況はどうだ?」


「はっ! 現在、小田勢と宇都宮笠間勢が激突、兵では宇都宮が上回るものの、小田勢は兵の質で上回り徐々におしております。長期戦にはなりますが、このままいけば小田勢が有利となることでしょう」


「そうか、では今から打って出て宇都宮にトドメを刺すか」


「いえ、笠間城には現在多数の兵が控えております。このまま突撃すれば逆に返り討ちに合うことでしょう」


「なるほどな……ではどうするべきだ?」


「あの兵達が出てくるまで待てばよろしいかと。このままでは小田勢が有利になることは宇都宮も百も承知のはず。勝負を決するために必ずや残りの兵を投入してくることでしょう」


「そして我らはその隙を突くわけか」


 俺の言葉に、勘助殿は頷く。


「分かった。では宇都宮が動くまで待つぞ」


 俺達はいつでも出陣できる準備を整えつつ、敵の動きに備えて待機。


 そして待機を始めてから少し経ち、その時はやってきた。


「殿、笠間城内の兵達は戦場に合流しました」


 遂に来たか。


 身体が震える、これが武者震いというやつかな。


 これから俺は人を殺す。


 そう意識すると恐ろしくなるが、いざ戦場に身を投じれば気にならなくだろう。


 なぜなら俺がこれから向かうのは生きるか死ぬかの世界。


 躊躇えば、そこで終わりだからだ。


「よし、ならば打って出るぞ!」


「「おおォッ!!」」


 勘助殿の報告を受け、俺達は一斉に飛び出す。


 陣形は俺と由兵衛、三平太の軍の中にも特に武芸に長けたものが先頭。それを追って他の者たちが追随する形だ。


「いつものように俺達を追い抜かす勢いで駆けろ!! 俺達もお前達を振り払うつもりで進んでいく!!」


「おおおォォッ!!」


 家臣達に檄を入れ、俺は先陣を切り笠間城へ向かって駆け出す。


「ゆくぞッ!!!」


「おおおおおおォォッ!!!」


 家臣達と共に、俺は笠間城へと駆ける。


 俺達が目指すのはこの笠間城の裏門。


 勘助殿の分析により、この城の構造は大まかに把握できている。


 まずは裏門から侵入し、そこから一気に城を制圧する。


 そうして俺たちはあっという間に裏門まで辿り着き、櫓の兵は俺達の接近に気づいた。


「む? 戻ってきたのか?」


「そんなわけなかろう! どう見ても敵じゃ! 敵襲! 敵襲〜〜ッ!!」


 まあそりゃあ当然気付かれるだろうな。


 しかし悪いが、仲間を呼ぶ隙は与えないぞ。


「放てッ!!」


 俺の号令と共に矢が一斉に放たれる。


 狙いは敵兵ではない。


 櫓に立つ兵達の射撃を妨害することだ。


「ぐっ!?」


「矢だ!!」


 飛来する矢に、櫓の兵達は慌てて身を伏せる。


 その隙を逃さず、破城槌を担いだ兵達が城門へ駆け出した。


「うおおおおおおッッ!!」


 破城槌といっても、そこらの木を切り出しただけの代物だ。


 だが、それで十分だった。


 鍛え上げられた兵達が振るう極太の丸太は、城門へ凄まじい衝撃を叩き込む。


 ドォンッ!!


 重い音と共に城門が大きく震えた。


「ま、まずいぞ!!」


「敵は門を狙っておる!!」


 櫓の兵達もようやくこちらの狙いに気付いたのだろう。


 再び身を乗り出し、破城槌隊へ向けて矢を放ち始める。


「ぐあっ!?」


 一本の矢が兵の肩へ突き刺さる。


 しかし、それでも誰一人として足を止めなかった。


「構うな!! 押し切れ!!」


 俺は叫びながら弓を引き絞る。


「放てッ!!」


 再び矢が飛ぶ。


 櫓の兵達は門を守るべきか、自分達の身を守るべきか判断を迫られる。


「く、クソッ!! どちらを狙えばいい!!」


「門だ!! 門を破らせるな!!」


 しかし、その迷いは致命的であった。


 奴らが弓を放つ先を迷っている間に、丸太は城門へと迫っていた。


「ひっ!?」


 城門に響く衝撃が櫓にも伝わり、兵士達の心を更に揺さぶる。


 兵士達は怯んだものの、急ぎ体勢を立て直そうとする。


「がっ!?」


 だが兵士の1人に、俺の弓矢が命中する。


 顔面を穿たれた兵士は即死し、周囲の兵士達には動揺が走る。


「は、え……?」


「嘘だろ、あの距離から当てやがったぞ!?」


 その隙を、家臣達は見逃さない。


「ま、まずい!! 今度こそ壊れるぞ!!」


 敵がそう叫んだ時には、既に遅かった。


 破城槌は三度、城門へと叩きつけられようとしていた。

 


「潰れろォォォッ!!!」


 次の瞬間――


 バキィィィッ!!


 激しい破壊音と共に城門が砕け散る。


「門が破られたぞォォッ!!」

 

「よし、中へ入り込め!!」


 開いた城門から俺達は中へと一斉に流れ出す。


 その後、櫓の兵達を一掃し後顧の憂いを断つと俺は叫んだ。


「よし、25名は裏門、25名は表門に向かい兵が戻ってこないか見張れ! 裏門の指揮は由兵衛、表門は三平太に任せる!」


「「承知!」」


 そして兵を分けたところで俺が率いる残り50名は天守を目指し進む。


 防衛の兵はいるが、数はこちらよりもはるかに少ないぐらいだ。


 俺達はそれらを蹴散らしながら進み、天守へと辿りついた。


 天守の最上階に辿り着き、旗を掲げれば占領は完了だ。


 天守前の兵を片付けると中へと侵入。


 最上階までの道を駆け上がっていく。


 しかしその道中にいたのは女子供ばかりで、まともな兵の姿は見当たらなかった。

 

「抵抗しない者は放っておけ! 最上階を目指せ!」

 

 怯えて壁際へ身を寄せる女達を横目に、俺達は階段を駆け上がっていく。


「やあぁっ!!」


 しかし、その途中で何者かが俺の前に立ちはだかり、太刀を振り下ろす。


「ぐっ!?」


 俺はそれを咄嗟に刀を抜きに受け止めると、すぐさま蹴りをその者の腹目掛けて放つ。


 しかしそいつは軽快に後ろへ飛ぶと、俺の蹴りをあっさりとかわした。


 まさか手向かう者がいるとは、まだ兵がいたのか?


 そう思いつつ、敵の姿を見るが俺はその姿に驚き目を見開いた。


 太刀を両手に構え、俺の前へ立ちはだかったのは――。


「なっ!?」


 俺より一回りほど小柄な少女だった。


 だが、その眼光だけは歴戦の武士にも劣らぬ鋭さを宿していた。


「殿!!」


「俺に構うな、お前達は最上階を目指せ」


 俺は家臣達にそう命じると、刀を構えて少女と対峙する。


 先ほどの踏み込みと動き、少女とは思えないほどのものだった。


 これはただ者ではないな。


 俺は少女への警戒度を一気に上げると、彼女との戦いに臨むのだった。

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