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7話 決戦、宇都宮前夜

「殿、次の戦が決まったそうですな」


「うむ」


 俺が元服してから数日、新たな戦の知らせはすぐにやってきた。


「それで、相手はどこだい?」


「宇都宮家麾下の笠間家だ」


 笠間家というのは小田家の北に領土を持つ真壁氏の更に北に領土を持つ宇都宮家麾下の武士団だ。


 といっても、この家のことを俺はほとんど知らない。


 宇都宮ならまだしも、その麾下で知名度も低いとなればまあ仕方ないだろう。


 で、宇都宮と小田は数年前からドンぱちをを繰り広げており、当然宇都宮家麾下のこの家とも対立関係にあるわけである。


「何でも度々ちょっかいをかけてきていい加減鬱陶しくなったらしくてな、ここらで1発懲らしめておこうということらしい」


「なるほど、しかし笠間を攻めるとなれば当然宇都宮が援軍にやってくるでしょう。そうなれば実質、宇都宮と小田の戦になるでしょうな」


「うむ。宇都宮と小田家の力は現在拮抗しておる、この戦、そう易々とはいくまい」


 しかし、だ。


 それは真っ向から戦った場合の話。


 周到な準備を行い、策を巡らせれば勝率は上がる。


 というわけで、俺も勘助殿の真似をして少し策を考えてみた。


「だが、俺はそこで策を考えてみた、聞いてくれるか?」


「おお! 殿自ら考えたのか! そりゃあ聞いてみてえな!」


「私も、興味があります」


 よしよし、2人は聞いてくれる気満々だ。


 しかし、これはこれで緊張するな……役員の前で行うプレゼンみたいに緊張する。


 だがここまで来ては後にひけまい、俺も武士の子、腹を括り話そうではないか。


「よし、俺が考案した策はこうだ」


 まず、笠間氏を城から引き摺り出し、小田と笠間の野戦状態に持ち込む。


 そして戦況が拮抗し、笠間を戦に集中させたところで事前に城の近くまで接近させた別働隊を城へ突撃させ、城を占拠するという方法だ。


 これならば確実に笠間の動揺を誘うことができ、城へ戻ろうとすれば背後から小田勢に追われ、城を捨てても俺達が占拠した後、背後から狙われるわけだ。


 我ながら中々いい作戦だと思うのだがどうだろうか。


 俺は作戦について話した後、2人の反応を伺う。


「なるほど、良い策ですな」


「ああ、敵の不意を突くってのは中々上策だとおもうぜ」


 良かった、反応は上々のようだ。


 微妙な顔をされたらどうしようかと思ったよ。


「しかし」


 しかし?


「その別働隊をどのように城の近くまで接近させるのでしょうか?」


「あっ」


「確かに」


 やばい、そこを深掘りして考えてなかった。


 うわっ恥ずかしい、明らかに詰めが甘いじゃないか俺の策。


 何でそんな簡単な穴に気づかなかったんだよ、めちゃくちゃ恥ずかしいわ。


 心の中で激しく動揺しつつも、俺は平静を装い……あって言った時点でもう遅いか、とりあえず答えることにした。


「その……宇都宮や笠間に気づかれないように大回りして城まで近づくとか?」


「それだと時間がかかりそうだな……」


 駄目だ、苦し紛れなのがバレバレだ。


 くそう、所詮素人の考えなんてものはこんなものか。


 悔しいが、これが俺の限界のようである。


 と、露骨に悔しそうな顔をしていたのか勘助殿は俺をたしなめつつ話を続けた。


「確かに穴こそありましたが、殿の作戦は見事なものです。別働隊の移動はこうしたらいかがでしょうか?」


 勘助殿曰く、別働隊の効率的な移動方法はこうである。


 まず、100人ほどの兵がそれぞれ旅人や傭兵、商人、僧侶と変装をして別ルートからそれぞれ移動を開始する。


 そして、笠間城の近くで皆合流すれば怪しまれる事も兵の接近も気付かれる事なく城の近くまでたどりつけるとのことだった。


 武器防具は商人役に商品として持たせ、傭兵役は自分で装備を持って移動を行う。


 それが勘助殿の考案した、別働隊の移動方法だった。


「なるほど、見事だ!」


「殿の言う通りだぜ、やはりオレ達を出し抜いただけはあるな!」


「勿体なきお言葉でございます」


 流石は山本勘助、一瞬で俺の策の穴を見抜き、補修してみせた。


 やはり、この男を召し抱えることができたのは幸運だったな。


「よし、それでは政治様にこの策を進言しにいこう。勘助、お主も付いてきてくれ」


「はっ!」

 


 そして俺は勘助殿を伴い、政治様に策の進言を行うのだった。


「なるほど……面白い策じゃな」


 政治様は顎に手を当て、しばし考え込んだ。


「特に敵を野戦に引きずり出した上で城を奪うという発想は良い。正面からぶつかるだけが戦ではないからのう」


「ありがたきお言葉」


「だが政貞、この策はお主一人で考えたものではあるまい?」


「はっ。大筋は私が考えましたが、別働隊の潜入方法につきましてはこの勘助の助言によるものです」


「ほう」


 政治様は勘助殿へ視線を向けた。


 勘助殿は静かに頭を下げる。


「殿のお考えになられた策を、より実行しやすい形に整えたまでにございます」


「ふむ……」


 政治様はしばらく二人を見比べる。


 そして小さく笑った。


「なるほどな。若者の発想と老練な兵法家の知恵か。面白い組み合わせではないか」


 そう言うと、政治様は居並ぶ家臣達へ視線を向けた。


「この策、試してみる価値は十分にあると思うがどうじゃ?」


 重臣達も頷く。


「異存ございませぬ」


「敵も想定しておらぬでしょうな」


「面白い策かと」


 賛同の声が上がるのを確認すると、政治様は改めて俺を見た。


「よし。ならばこの策を採用する」


「はっ!」


「そして政貞、お主には自らこの別働隊を率いてもらおう」


 政治様の言葉に、家臣達はどよめく。


「なんと!?」


「本気でございますか、殿!?」


 先ほどまでは同意を示していた家臣達も、今度ばかりは異議を唱える。


 それも当然だ、政治様はたった1度戦に出ただけの若者に重要な役割を、それも指揮官を任せようというのだから。


 俺も同様に、政治様の意図を図りかねていた。


 だが、政治さまはこう続ける。


「お主達も分かっておろうが、我らは近年の戦で多くの将を失った。100以上の兵を率いたことのある将は勝貞を入れても残っているのは数名。勝貞は不穏な動きを見せる大掾に備え土浦を守る必要があり、残りの数名は宇都宮との戦に動員する以上、指揮官を任せられるのは政貞しかおらぬのだ」


「しかし、岡見殿や他の古参の方々であれば……」


「岡見は南の守りに備えさせなくてはならぬ。古参の者達も同様じゃ、いざという時に小田城を攻められた際、守る者がいなくてはならぬからな」


 政治様の言葉に、家臣達は顔を見合わせた。

 

 確かに、政治様はこの数年で多くの敵と戦ってきた。


 だがしかし、それは同時に多くの兵や将を失ってきたということでもある。


 しかし、まさかそれほど深刻なまでの将兵不足になっているとは思わなかったが。


 家臣達もそれを理解しているのか、多くの者が口を閉じる。


 しかし、やはり不安も残るのだろう、1人の者が進み出た。

 

「しかし殿、政貞殿はまだ元服したばかり。万が一にも何かあれば……」


「万が一はございませぬ」


 俺は重臣の言葉に、正面からそう言い切った。


「この政貞、必ずや殿の期待に応え、役目を成し遂げてご覧に入れまする」


 そして政治様を自身の決意を示すように力強く見据えた。


 それを見た政治様は満足気に頷く。


「うむ、よくぞ言った! 皆の者、心配は分かる。政貞はまだ元服したばかりで経験も浅い。しかし、政貞は小田家中一の猛将、菅谷勝貞の嫡男である。必ずや、我らに勝利をもたらしてくれよう!!」


 政治様の力強い言葉に、反対していた家臣達もそれ以上は口を開かなかった。


 確かに俺は若く、経験も浅い。


 だが、だからといって何もできぬわけではない。


 むしろ戦国の世では、若くして功を立てる者など珍しくもないのだ。


 そしてこの戦で城を取るという功を立てて見せようではないか。

 


「いいのう、政貞は戦に行けて。ワシはまた留守番じゃわい」


「はははっ、そう拗ねないでくだされ、小太郎様」


 政治様への進言を終えた俺は、氏治様の元へとやってきていた。


 しかし、氏治様の機嫌はあまりよろしくなかった。


 どうやら、民だけでなく古くからの仲である俺も戦に行くというのに、自分だけ留守番なのが気に入らないようである。


 まあ民思いで家臣のことも思ってくれる氏治様だからこその悩みとも言える。


「拗ねてなどおらん! よいか政貞、元服してから初めての戦だからといって浮かれていてはいかんぞ! 分かったな!」


「承知しておりますとも、小太郎様。この政貞、必ず小太郎様の元に帰って参ります」


「うむ、絶対じゃぞ」


 全く、こうやってストレートに心配してくれているのが分かるからこの人のこと好きになっちゃうんだよなぁ。


 小田家が滅びるまで支えた菅谷一族もこんな気持ちだったのかねぇ。


「ええ、必ず戻って参ります。ですから若様、これからは学問や武芸に真剣に取り組んでくださいませ。いずれ、小太郎様が元服して戦場に出た時、立派な武将となるために」


「むむぅ……学問は嫌いだ……どうしても学ばねばならぬか?」


「はい、将来立派な当主になるためには、学問は避けて通れぬものでございます」


「むむぅ……!!」


 氏治様は心底嫌そうに唸っていたが、やがて観念したようにため息をつくと言った。


「分かった、少しずつ頑張っていくとしよう。民やお主達家臣のためにもな」


「そうですか、それは嬉しいですなぁ」


「うむ、そしてワシはいずれ関東一の学問を極めた者として名を馳せることじゃろう! 期待しておくと良いぞ!」


 ああもう、調子に乗りやすいんだから、さっきの感動が台無しだよ。


 まあ氏治様らしいっちゃらしいんだけどな。


 と、今はこう和やかに話してられるが、明日から俺は戦場に行くわけだ。


 今の内に心をほぐして、万全の状態で戦に臨まなければな。


 その日、俺は存分に氏治様との会話を楽しみ、家臣達との交流を終えると、その日を終えた。



 そして次の日、政貞となって初めての初陣を迎えるのであった。

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