6話 菅谷政貞
あれから1週間が経った。
その間に行われたことといえば、主に野盗達の処遇の決定である。
彼らを生かすことを決めたとはいえ、俺の領民を傷つけたのは事実。
そして命を脅かされた民からすれば、何のお咎めもなしというのは到底納得することができないだろう。
俺も当然、何の罰も与えないつもりではない。
彼らにはそれ相応の処罰が必要だ。
ということで彼らには5年の強制的な兵役と重労働を命じることとした。
つまり、罪を冒した分、労働力として他より重労働をしてもらおうということである。
とはいえ、食糧や棲家など最低限のものは与えられるため、それなら野盗達はどんな仕事でも不満はないと言っていた。
まあ彼らはこれまで命懸けで食うにも困っていた生活をずっと続けていたため、それに比べれば食糧が与えられ、安心できる家がある今の生活は随分とマシなものなのだろう。
また罪を冒した際、その時は連帯責任で全員処刑するとも約束させた。
これで罪の再犯を防ぐこともできるだろう。
まあ、もしまたやらかしてしまえばその時は残念ながら殺すしかないが。
それで、彼らは俺の新たな兵として預かることとなり、俺の兵数は合計で100人となった。
100人ともなれば、一部隊としてはなかなかの数ではなかろうか。
戦で彼らを指揮する時が怖いようで楽しみである。
で、彼らの正式な処罰を終えた今、俺が何をしているのかというと……。
「おいおい、じゃああの兵達の半分は百姓や町民だったってことか!?」
「その通りだ」
「なんてこった、すっかり騙されたぜ……」
勘助殿と元野盗のリーダー佐々木由兵衛と共にいた。
釈放されて由兵衛が自由になったこともあり、由兵衛達を捕らえた策のネタバラシをしていたのである。
その策とは、俺を囮にして誘き寄せた後、俺の兵に鎧を着せて武士に見せかけて百姓や町民を加えて包囲するということだった。
それにより、敵の方が圧倒的に数がいて、かつ包囲もされていると錯覚した野盗は降伏するだろうと勘助は策を練ったのである。
「それにしてもよくそんなことを思いつくな……ウチの軍師様じゃあとてもそんなことは思いつかねーだろうよ」
「はははっ、自分の策を褒められるのは悪い気がしないな。だがしかし、その策を活かせたのも主が犬吉丸さまであればこそ、感謝しておりますぞ」
「いや、こちらこそお主のような者を召し抱えられて頼もしく思っている。その能力、これからも役立ててくれよ」
「はっ! 勿論でございます!」
うむ、これからの小田家の戦にも彼がいてくれるなら、頼もしいというものだ。
今回、お互い無傷で戦を終え、由兵衛達を仲間にできたのも勘助殿のおかげだしな。
……そういえば、勘助殿は由兵衛達の棲家を索敵する前に何か言っていたな。
確か……。
「そういえば、勘助は索敵の前に殺すか生かすかと俺に聞いてきたな、あれは結局どういう意味だったのだ?」
「ええっ!? そんな物騒なこと言ってたのかよ!?」
まあ、民を脅かす野盗達なので残念ながら当然ではあるがな。
「ああ、もし殺すというのなら私1人で片付けてこようと思いましてな。その算段もございましたし、わざわざ殿達のお手を煩わせる必要もないでしょうから」
と、勘助殿は実にさらりと言った。
その発言に、由兵衛は顔が真っ青になる。
「お、お前が言うと冗談に聞こえねえよ……」
「はっはっは、冗談ではないぞ。何しろ賊の集団を仕留めたのはこれが初めてではないからな。殿の判断次第では今頃、その命はなかっただろう」
と、実に爽やかな笑顔で言ってのける勘助殿に由兵衛は更に顔を真っ青にし、俺に縋り付いてきた。
「殿ぉ!! 本当にありがとうございますオレ達を生かしてくれてぇ!!」
「ははは……俺もお前達を殺さずに済んで良かったよ」
あの笑顔、きっと手段を選ばずに無惨な死を迎えさせられたに違いない。
勘助殿、恐ろしい人……!
で、由兵衛が落ち着いたところで話は俺のことに移った。
「それで殿、ついに元服するそうじゃねえか。まあ、そのきっかけがオレらを捕まえたことってのは複雑だけどな」
そう、俺は今日ついに元服することが決まったのだ。
何でも今回の戦で野盗達を被害なしで捕らえた功績から認めてもよいだろうと親父と政治様が判断したらしく、一足早く元服を行うことに決まったのだった。
「殿もこれで成人ですな、おめでとうございます」
「ありがとう、勘助」
「それにしても殿、元服したなら妻を持たねえとな。なんせ、武士の仕事は槍働きも大事だが、ガキをこさえる事も大事だ。そうしねえと跡取りができねえからな」
「あ、確かにな……」
そういや、今まで全然そんな話が出た試しがないな。
これまで小田家のことばかり考えていた事もあって、そんな事一度も考え付かなかった。
「まっ、殿なら気にしなくても女の方から寄ってくるだろうがよ。オレも定住できたことだし、嫁さん探しでもしようかねぇ」
「お前はその前に民の信頼を稼がねばな、恐れられて今のままでは誰も寄ってこぬぞ」
「おっしゃる通りです……」
まあ、話してみると案外気のいい奴らだと分かったのでそのうち領内の者達とも打ち解けるだろう。
身包みを剥いだものの命を奪っていないのも大きい。
だからまあ、それほど心配はしていない。
で、それからも話をしていたのだが時間はやってきた。
小田城に登城し、新たな名を授かる時間である。
「おっと、そろそろ時間だな。では、行ってくるか」
勘助と由兵衛に別れを告げ、俺は小田城へと入る。
「失礼いたします」
そして、親父と政治様のいる部屋へとやってきた。
「犬吉丸よ、此度は見事であった。まさか我らの不在の間に小太郎と共に賊を捕らえてしまうとはな、流石は勝貞の子じゃ」
「前々から政や武芸の才があると思っていたが、お前にはどうやら戦の才もあったようだ。此度の戦果、ワシも父として嬉しく思うぞ」
「有り難きお言葉でございます」
俺が頭を下げると、親父は満足そうに頷いた。
そして傍らに置かれていた烏帽子を手に取る。
「犬吉丸、前へ」
「はっ」
静かな声に従い、一歩前へ出る。
部屋の空気が張り詰めるのを感じた。
この場には父と政治様だけではない。
家中の重臣達もまた、俺を見ている。
かつて子供として扱われていた犬吉丸が、これより一人の武士として認められるのだ。
「考えたのだが、お主の烏帽子名にはワシの『政』の字を与えようと思う」
政治様はそう言うと、穏やかな笑みを浮かべた。
「これに勝貞の名を合わせ、今日より政貞と名乗るがよい」
「ははぁ!」
深く頭を下げる。
すると親父が俺の前に立ち、静かに烏帽子を被せた。
その瞬間、不思議な感覚が胸を満たした。
たった一つ名が変わっただけ。
ただ烏帽子を被っただけ。
それなのに、もう子供ではいられないのだと実感させられる。
「政貞」
「はっ」
「これよりお前は一人前の武士だ。己の言葉と行いに責任を持て。民を守り、家を支え、いずれは小田家の柱となれ」
「必ずや、その期待に応えてみせます」
迷いなく答える。
前世ではただの一般人だった俺が、まさか戦国の世で元服する日が来るとは思わなかった。
だが今は違う。
俺は犬吉丸ではない。
菅谷政貞として、この乱世を生きていくのだ。
「うむ、良い返事じゃ」
政治様が満足そうに頷く。
「めでたいのう。これでお主も立派な武士じゃ、政貞」
その言葉を聞きながら、俺は改めて頭を下げた。
こうして俺は犬吉丸から菅谷政貞となった。
この14年、長いようで短かった。
だが本番はここからだ。
家を守り、領地を栄えさせ、そして迫り来る戦乱を乗り越える。
やるべきことは山ほどある。
俺は新たな名を胸に刻み、静かに拳を握り締めた。
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