5話 野盗捕縛
「殿、敵の拠点を見つけて参りました」
次の日の朝、勘助殿は何事もなかったように登城すると俺にそう報告した。
その身体には傷ひとつなく、死地に赴いたとは思えないほど落ち着き払っている。
流石は山本勘助。
40年以上をこの戦国で生き、修羅場を潜って来た者にとってこの程度はなんでもないというわけか。
俺はそう感心しつつ、勘助殿に詳細を聞いた。
「でかしたぞ。それで、賊はどこに?」
「鶴沼山の中部に拠点を構えておりました。数は40、かなり大規模の野盗団のようで武具も中々に良い物を取り揃えております。身体もよく鍛えられており、統率も取れているので武士出身の野盗団でしょうな」
「なるほど、こちらよりも多いな」
「しかしたった40人じゃろ? 犬吉丸の育てた強い兵であれば勝てるのではないか?」
「確かに勝つことはできるでしょう。しかし、あちらも手練である以上、必ず被害は出てしまいます。なので、被害を抑えるためには策を用いるべきでしょう」
おっと、早速勘助殿の策を聞かせてくれるというのか。
果たして、一体どんな策なのだろうか。
そう期待して勘助の方を見ていると、彼は姿勢を正し力強い目で俺に視線を向けながら言った。
「まず、敵も手だれである以上、警戒心も強い。そこでまず油断を誘いやすい餌を用意する必要があります、殿、貴方様でございます」
「ほう」
俺は平静を装って答えるが、内心動揺していた。
そして動揺を見せたのは俺の兵達もで、一体どういうことなのかと、今にもつかみかからん形相で彼らは勘助殿を睨みつけていた。
危険に晒す、俺を危険に晒すとは一体どんな策なのだ?
いや、落ち着いて考えれば分かるはずだ。
敵は大勢、数が多い相手であれば当然寡兵に油断する。
そこに城主の息子でもいれば、飛びついてやってくるだろう。
……なるほどな、そういうことか。
「まず、俺が少数の兵を伴って賊の元へと赴く。そうすれば油断した奴らをまんまと誘き出すことができる。そういうわけだな」
「流石は殿、その通りでございます」
「ふざけるな!!」
その時、俺の背後から怒号が上がった。
勘助殿に怒りの声を上げたのは他のものと比べて一際大柄な身長六尺とこの時代では大男の三平太だ。
三平太はうちの兵の中で最も力が強く、そして同時に頭に血の昇りやすい性格をしている。
仲間思いで決して悪い人間ではないのだが、それ故に俺を囮に使うと言った勘助殿が許せなかったのだろう。
三平太はずんずんと前へ出て、勘助殿に食ってかかる。
「テメェ若を危険に晒すなんてそれでも家臣か!? しかも主人を魚を釣る餌のように使うなんて、テメェは若をなんだと思ってるんだ!!」
しかし、勘助殿は表情を変えずに答える。
「お主の怒りは尤もだ。しかし、これはお主達を失いたくないという殿の気持ちを汲んで発案した策だ。そのためなら殿も多少の危険は納得してくださるだろう」
「ふざけるな!! そもそも俺はテメェが気に入らねえんだよ!! テメェ、本当は野盗の仲間なんじゃねえのか? だから若をあえて危険な目に合わせて誘き出そうとしてるんじゃねえかよ!?」
「そうだそうだ、三平太の言う通りだぜ!」
「そうだよ、よそ者の言葉なんて信じられるか!!」
三平太の言葉をきっかけに、兵達は一斉に声を上げて勘助殿を糾弾する。
クソ、まさかここまで彼らが勘助殿に不安を持っていたとは。
いや、普段の彼らなら抑えられただろうが、俺が餌に使われると言われて一気に頭に血が上ってしまい、それが不満共に爆発してしまったのか。
まさかこんなに彼らが怒るほど俺が慕われているとは、全く思っていなかった。
だって、結構訓練ではきついことしてきたし……いや、この時代だと別に普通なのか?
ともかく、一度彼らを落ち着かせなければ。
俺は息を大きく吸うと、声を上げて彼らを黙らせようとする。
しかし、俺の声を遮るほどの声量がすぐ、その場に響き渡った。
「静まるのだ、皆の者ォッ!!!」
その声は幼いが、しかし覇気を纏った迫力のある声だった。
その声を聞いた俺は肩が震え、兵士達は一斉に閉口し、声の主へと視線を向けた。
その声の主とは我が殿、小田氏治であった。
静まり返る皆の前に立ち、腕を組み威厳のある姿で立つ今の氏治様には、確かに大名跡取りとしての風格があった。
氏治様は俺達一人一人に視線を向けた後、その口を開く。
「犬吉丸の家臣達よ、お主達の家臣を思う心は立派じゃ。しかし、その心はこの勘助という男も持っている。命の危険を顧みず索敵の任務を買って出たのがその証拠と言えるのではないか?」
そして堂々とした口調で、家臣達を説得する。
氏治様の言葉に多くの家臣が閉口していたが、三平太は尚も声を上げる。
「お言葉ではございますが、私が先ほど言った通りこの者が野盗の間者という可能性もございます。この者と野盗が現れたのはどちらもつい最近のこと。万が一の可能性ではありますが、それでも私は殿を危険な目には合わせられませぬ。もしそんなことになれば己を一生呪うことでしょう」
三平太は氏治様を真っ直ぐに見据えてそう言った後、首を差し出すように頭を下げた。
本来、氏治様の家臣であるそのまた家臣の三平太は氏治様と口を聞くことすら恐れ多い身分。
三平太はこう見えても礼儀を重んじる男、だからこそ無礼で手打ちにされても構わないと首を差し出したのだろう。
しかし、氏治様はその程度のことで首を斬るなどしない。
当然、俺もだ。
だが、三平太の言ったことは皆の総意だ。
勘助殿への疑念をそのままにしておけば今回の戦、そしてこれからの戦にも大きな支障が出ることだろう。
俺がやるべきことは、皆に勘助殿のことを信じさせること、勘助殿が俺に忠義を向けていると皆に知らしめることだ。
その責任が、俺にはある。
「勘助、お前は俺に忠義を誓ったと言ったな」
「はい、その通りでございます」
「ならば、俺が命令すればその両腕も捨てられるのだな」
そう言い放った俺に一斉に視線が向き、皆が動揺の表情を見せる。
しかし、勘助殿は間を空けることもなく、微笑みながら言った。
「勿論でございます。それが殿のご命令ならば」
勘助殿は躊躇なく俺の前へと両腕を差し出す。
「腕が惜しくはないのか?」
「惜しくないと言えば嘘になりますが、私は兵法家、口さえあれば事足りますゆえ」
「そうか」
俺は刀を抜くと、それを上段に構える。
「はあぁッ!!」
そして一息に、その刀を勘助殿の腕へと振り下ろした。
「待ってくだされ!!」
だが、俺が刀を振ると同時に声が響き、俺は勘助殿の腕に刃が到達寸前でそれを止めた。
俺は刀を上げ、ゆっくりと声のした方へ振り向く。
「三平太、なぜ止めた?」
そう、声を上げて俺を静止した者、それは三平太だった。
「腕を切り落とす前に1つ、その者に問いかけたいと思ったのです」
「そうか、ならば聞くがよい」
俺の言葉に三平太は一礼すると、勘助殿へ向き直った。
「テメェ、なぜ腕を躊躇いなく差し出した。俺には分かるわさっきの殿は本気だった、それもテメェは分かってたはずだ。なのになぜ、拒まなかった?」
「それで殿へと忠義を示せるのであれば安いと思ったまでだ」
「俺には分からぬ、テメェにとっちゃ会ってたった3日程度の主だろう。そんな相手のためになぜそこまでできるのだ」
三平太は心底疑問だと、分からないいう表情で勘助殿に問いかける。
それに対して勘助殿はただ穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「お主、私の容姿を見てどう思う? 率直に言うが良い」
「……まあ、あんまり良くはねえよ。俺だったら雇わねぇかな」
「そうだろう? 今まで士官を持ちかけた者達はそう言って断った。いや、それだけならまだいい。彼らは私の容姿だけでなく、私の能力も侮り、疑った。実に屈辱だった、私が半生をかけて学び得たものを認められなかったのは」
そう、勘助殿は10数年を超える年月の間、諸国を巡り見識を深め、その能力を磨いてきた。
そうして磨いてきたものを侮られ、認められないのは自身の容貌を貶されるよりも遥かに屈辱的だっただろう。
「しかし、殿は出会ったばかりの私の話を真摯に聞き、その能力を認めぜひ雇いたいと言ってくださったのだ。更に自身の半分の俸禄を私に与えてまでだ。その時思ったのだ、この方なら私の力を認め、存分に振るわせてくれるだろうと、だから私はこの方に生涯仕えることを決めたのだ」
勘助殿は三平太の目を真っ直ぐに見て、そう言ってのけた。
三平太や他の家臣達の目を見ると、明らかに彼を見る目が変わっているのが分かり、氏治様にいたっては「何という忠義心じゃあぁ……!!」と涙を流している。
何だろう、自分の話をされるとこうもむず痒いんだな。
まあ、勘助殿の気持ちを知れて俺としても良かったがな。
あと、腕を本当に切り落とすさずに済んで良かった。
実際、さっきの俺は本気だった。
家臣達は馬鹿じゃない、本気と嘘の違いなんてすぐに見抜いてしまう。
だから俺は、勘助殿の忠義を示すために本気でその腕を切り落とすことを決めたのだ。
とはいえ、これは賭けだった。
俺は本気で腕を切り落とす前に、ある2人が止めてくれることを想定していたのだ。
1人は氏治様、もう1人が三平太だ。
このどちらかであれば、俺が勘助殿を斬る前に止めてくれて、かつ勘助殿の忠義を示すことができるのではないかと思っていたのだ。
そして本当に三平太は俺を止め、勘助殿が皆に信頼されるきっかけを作ってくれた。
彼の性格を考えれば止めてくれるんじゃないかと思っていたが、本当に止めてくれてよかった。
そうでなければ俺は本当に取り返しのつかないことをしてしまっただろう。
必要だったとはいえ、もう2度とこんなことをしたくはないな。
それにしてもこんなことを考えつくなんて、俺は思考まで戦国時代に染まってきてしまっているのだろうか。
もっと良い方法はあっただろうに、こんなことしか思い付かなかったのは俺の能力不足だ、反省しなくてはな。
「お主の忠義は伝わった、勘助。皆の者はどうだ?」
「……あんなものを見せられちゃ、信じないわけにはいきません。殿を囮に使うような策を思いつくのはやっぱり気に入りませんが、その忠義は信じます」
「オレも信じます!」
「ワシも信じるぞ!」
家臣達から一斉に声が上がる。
それを聞いて、俺はホッとした。
とりあえずこれで、家臣達の信頼関係に亀裂が入ることを防ぐことができた。
これで安心して、戦に臨むことができる。
「それで勘助とやら、殿を囮にしてそっからどうするつもりなんだよ?」
「うむ、それはな……」
「おやおやおや、まさかこんな少人数で攻めてくるとはとんだバカ殿もいたもんだ。オレ達のことを舐めているのか?」
それから数時間経ち、俺は勘助と少人数の兵と共に賊の拠点へと赴き、誘き出した賊と対峙していた。
そして俺の隣にはなぜか氏治様もいる。
家臣が戦に臨むのなら大将もいなくてはなるまい、とついてくると言って聞かなかったのだ。
まあお陰で驚くほどあっさりとコイツらを釣ることができたわけだが。
「さーて、どう料理してやるか。人質にして金をせしめるのもいい策だ、何せ城主と大名の子だからな……ハハハッ!」
と、皮算用を始める始末である。
まあ、それも全てこの後台無しになるんだがな。
「な、何だ?」
「おい、どうした?」
「いや、さっきあっちから物音が……ってわぁっ!?」
「おいうるせえぞ……って何だコイツらは!?」
さっきの余裕そうな表情から一転、激しく動揺を見せる賊達。
それとそのはず、奴らの両側面からそれぞれ50もの武士、合計100人の武士が姿を現しあっという間に奴らを取り囲んでしまったのである。
追い詰めたはずが、逆に奴らが三方向から追い詰められることとなってしまった。
「料理されるのはお主らの方だったな」
「く、クソォ……嵌めたのかよ……」
「さて、どうする? 投降するというのなら命は助けてやるぞ」
「ば、馬鹿言え! 俺が前いた家ではそう言って野盗を捕らえた後、決まって残酷な処刑をしていたんだ! 信じられるか!」
「ならここで死ぬか? この兵力差では一矢報いることすらできぬぞ。確実な死を迎えるか、俺の言葉を信じるか、選ぶがよい」
俺の言葉に、賊の長は暫し沈黙する。
そして腹を決めたように頷くと、口を開いた。
「分かった、信じよう。だが、嘘だったら末代まで祟ってやるからな」
「安心せよ、俺は嘘をつかぬ」
こうして、野盗達は投降することとなり、戦は終わった。
「見事だな、勘助」
「恐れ入ります」
「これなら半分の俸禄でも安いぐらいだ」
「それは殿、少々買い被りでございます」
初めて見た勘助の実力は、俺の想像以上だった。
なぜなら誰も犠牲の出ることのない、無傷での勝利を得ることができたのだから。




