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4話 眼帯の男

 あれから1年が経過した。


 つまり俺は14歳、氏治様は11歳となったわけである。


 そして、この一年の成果はかなり上々なものだった。


 まず、霞ヶ浦で行われている漁業については継続的に大きな利益を上げており、魚や貝類の収穫量が減る様子は全くない。


 有名な港に負けないほど継続的に多くの水産資源や塩を収穫することのできる土浦に商人達は目をつけたのか、以前と比べると商人達の往来も増え、それに伴って城下は賑やかになった。


 また、土浦の魚は美味であるという噂も流れたのか、時々旅人もここを訪れるようになり、更に元は水産業に携わっていた者が流れ着き新たに労働力となるなど、人の往来は想像以上に増えた。


 これだけでも良い事づくめなのだが、農産業についてもかなり良い成果が出ている。


 まず、田畑の数自体は一年程度なので少ししか増えていない。


 やはりこの時代なので労働力が確保できても新たな田畑を作るというのは困難なため、仕方ない部分ではある。


 それでも数は増えているのだから、石高は例年よりも確実に増えている。


 それに加えて田畑の再開発と整備も並行して行った事で、全体的に田畑の質は良くなり、米の収穫量は安定するようになった。


 そして、俺が一年前に塩水選を試験的に行った田で稲の収穫量が増え、成果が実証されたことで全ての田畑でそれを行えるようになり、塩水選を全ての田で行った上で作付けをした。


 すると収穫量は目に見えて増え、以前と比べると豊作とも呼べるほどの収穫量になり、皆大喜びであった。


 こればっかりは現代でも実際にやったことがなかったので、上手くいって本当に良かった。


 やはり知識として正しいと知っていても、実際に目にするまでは不安だからな。


 で、田畑の再開発のおかげかこの一年で行った二回の収穫共に収穫量は安定していた。


 開発のノウハウができた状態で既存の農地が改善されていき、更に新たな田畑も開発されていくのでこれからが楽しみである。


 そして人買いもここを何度か訪れたため問題のなさそうな者を購入し、彼らに田畑を与え、或いは紙や醤油の生産業に携わらせた。


 そう、この一年で新たに醤油の製造を始めたのである。


 更に元々小規模に行われていた塩の製造にも力を入れた、醤油の製造には塩が欠かせないからである。


 そうして製造した醤油だが、先ほども言ったとおり商人が多く訪れるため売り手には困らない。


 なのでまだまだ始めたてで慣れていないこともあり、製造数は少ないものの生産業でも確実に利益を出すことに成功しているのである。


 更に、1年前に油の収穫を目指し菜種の栽培を始めた。


 といっても知識は家庭菜園で育てた時に身につけた程度なのでどうなるかは俺にも分からなかった。


 なので失敗する可能性も見越して小規模から始めたのだが、喜ばしいことにこれは成功した。


 そして少量だが、油を手に入れたわけである。


 せっかく手に入れた貴重な油であるが、これは石鹸の材料として使うつもりである。


 しかし、この菜種油はこの時代の精製技術では食用として扱うには不安が残る。


 少なくとも俺は安心して口にできない。


 下手に食用油として売り出して、後でケチをつけられても面倒だしな。


 なので、食用油はまた胡麻を栽培して作るつもりである。


 石鹸は体を清潔にする事はもちろん、売れば高額の銭を手に入れる事ができる道具だ。


 今後は菜種の栽培量も増やし、石鹸の生産数をどんどん増やしていこう。


 幸い、もう一つ重要な材料である海藻灰に関しては汽水湖の海藻を用いる事でポンポン生産できる、こちらは特に困らないだろう。


 本当は作りたいものはまだまだあるものの、今のところはこれが限界である。


 また、武器についても二つほど親父に頼んで新しい物をこの一年で作ってもらった。


 今のところ試作段階ということで数は少ないが、戦場でその性能を発揮する日はそう遠くはないだろう。


 戦は起こらないに越したことはないが、その時は性能を思う存分発揮してもらおう。


 そして最後に、小田家が栄えてきているという話を聞きつけてか牢人も何人かここを訪れたので、田畑を与えたり生産業に携わらせ、仕事を与えた。


 幸い、米が沢山取れたので彼らを養うことも可能なのである。


 その中に眼帯を付けて色黒の男も混ざっていたような気がするが……いや、気のせい、絶対気のせいだ。


 そう、まさかあの男があの武田の軍師であるはずがないのだ。





「いやぁ、まさか私のような者を拾っていただけるとは。殿のご厚意に報いるため、この勘助忠義を尽くしますぞ」


「うむ、其方の知恵と技、大いにたよりにしておるぞ」


 うん、山本勘助だった。


 いや、嘘だろ?


 何でこんなところにあの山本勘助がいるんだよ。


 いやだって、俺が見た内容によると今川義元に士官しようとして断られた後、そのまま駿府に留まっていたらしいからさ。


 確かに通説では1543年までは牢人生活をしていたというが、まさか小田領にいるなんて想像だにしなかった。


 ……彼は超有名なあの武田信玄、その軍師で有名な人物である。


 俺もまだ実際に彼の実力を見てはいないものの、その知識量は本物で、城攻めについての彼の理論についても非常に納得しやすいもので理にかなっていた。


 少なくとも、優秀な人物であることは間違いない。


 しかし、勢いで自身の俸禄半分で彼を召し抱えてしまったことで俺自身に入ってくる俸禄は0になってしまった。


 残り半分は家臣達に分配しているからな、まあそれについてはいいんだが……問題は勘助殿が皆の嫉妬を買ってしまっていることだ。


 何しろ現在の勘助殿は皆から見ればしがないただの牢人、そんなものをいきなり俺が半分もの俸禄で召し抱えとなれば反感も買うだろう。


 こうなることは分かっていたとはいえ、俺は動かざるを得なかった。


 何しろあの山本勘助が目の前にいるのだから、そりゃあ石田三成のように俸禄を半分渡してでも召し抱えたいと思うだろう。


 まあこの行動を俺は後悔していない、歴史上で屈指の有能とされる兵法家を召し抱えられたのだからな。


 とはいえ、今更かもしれないがこれは大きく歴史を変えてしまっただろう。


 果たして勘助殿が死んだとされる川中島はどうなるのか……今から約20年も先のことではあるが、やはり気になるな。


 小田家も果たして20年後にはどうなっているのだろうか、俺は34歳で、氏治様も31歳である。


 その頃は丁度あの佐竹義重が佐竹義昭の跡を継ぎ、ブイブイ言わせてくる頃だ。


 そして史実では既に何度も城を落とされている頃でもある。


 やっぱり、城を守るなら小田城の改修も進めていかねばならないだろうな。


 勘助殿も名族としての威信は感じるものの、城としては全くの落第点だと酷評してたしな。


 まだ改修するには銭が足りないが、せめて小田城が初めて落とされる年代までにはある程度城を強化しなければならないだろうな。


 この前の氏治様の話し合いの中でもやるべき事は多いと思ったが、こうして新しく必要なことがポンポンと出てくるためキリがない。


 しかしまあ、労働力も銭も限りがあるのでコツコツやっていくしかないんだよな。


 しかも、今の俺は城主ではなく父や政治様に進言し、お願いをしなければ家を動かせない立場だ。


 早く元服し出世して、もっと自分で動けるようになりたいものだ。

 

 そんなことを考えつつ、今日は勘助殿も加えて訓練だ。


 勘助殿は足が不自由であるとの記述が現代には残されているものの、それを感じさせないほどの動きで平然と俺の訓練された家臣達の動きについてきていた。


 流石は山本勘助、知恵だけでなく身体捌きも一流ということか。


 そんな彼に感心しつつ、訓練は終わった。


 で、休憩がてら城下を巡っていたのだがふと顔色が悪く不安そうに話し合っている町民達がいることに気づいた。


「お主達、顔色が悪いが大丈夫か?」


「犬吉丸様! 実は先ほど町の離れで町民達が賊に襲われて身包みを剥がされたそうで、近くに野盗が棲みついたと皆恐れているのですよ……」


 なるほど、野盗か。


 それは町民達も怯えるわけだ、いつ町を襲ってくるか分からないからな。


 それにしてもここ数年は野盗がこの辺で出没したことなんてなかったのにな。


 野盗達も栄え始めたこの小田の地を狙って来ているのだろうか。


 それはともかく、民の憂いを断つのも武士の務め、その野盗とやらは迅速に討伐しなければな。


「分かった、その野盗……」


「ワシらが討伐しよう!!」


 突如として、めちゃくちゃ聞き覚えのある元気な声が響く。


 俺と町民達は驚いて振り向くと、そこには腕を組んで立つ氏治様の姿があった。


「小太郎様、何でここに!?」


「おお犬吉丸、たまにはこちらがお主のところに遊びに来ようと思ってな。しかし、野盗の出現とは一大事! 小田の次期当主として、賊はワシ達が討伐しよう!」


「おお、ありがとうございます小太郎様!!」


「ありがとうございます!!」


 おっと、完全に美味しいところを持っていかれてしまったな。


 まあいいんだけどさ。


「ですが小太郎様、現在の状況は分かっておりますか? 現在、政治様や親父をはじめ多くの武士や動員された百姓達は戦で出払っており、ここに兵はほとんどおりませぬ」


「大丈夫じゃ! ワシとお主、そしてお主が鍛えた兵達がおるじゃろう! 野盗なぞ軽く蹴散らしてしまうわい!」


 全く氏治様は能天気なんですから。


 こっちは相手の数もまるで分かってないんですよ。


 それに俺が従えてる兵だって半分は親父と共に戦に出てて、現在いるのは半分の30人程度。


 相手の数によっては厳しい戦いを強いられるだろう。


 それに数どころか敵の場所も分かっていないんだ、まずはそこから突き止めなければならない。


 しかし突き止めると言ってもどうするべきか、しらみ潰しに探すのは非効率的だしな……。


 そう悩んでいると、後ろに控えていた勘助殿が一歩前へと出た。


「殿、野盗の棲家を見つける役目、この勘助に任せていただけませぬか?」


「なに、お主が?」


「はい、私には少々山伏の心得がありまして今まで何度か索敵の任務もこなしたことがございます。きっと殿のお役に立てるかと」


 山伏の心得? 勘助殿にそんなものがあるなんて資料には一切書かれていなかったぞ。


 まあでも本人があると言っているんだからあるんだろうな。


 本当、この人ってまだ会って間もないが中々多芸だな。


「なるほどな、索敵はお主1人でいくのか?」


「勿論でございます。万が一にもしくじったときに、殿の貴重な兵を失うわけにはいきませぬゆえ」


「分かった。それで索敵にはどれぐらいかかる?」


「一日あれば十分かと」


 1日でやると言ってのけるか、流石だな。


「分かった、では任せたぞ勘助」


「はっ!」


 しかし、勘助殿は走り去ろうとして足を止めると、振り向いて俺に一つ問いかけてきた。


「殿、今回賊は生かしますか、殺しますか?」


「む?」


 いきなり妙なことを聞いてくるな。


 こちらの民が殺されてる以上始末を付けなければ示しがつかないが、正直なところ戦力として賊を生かし味方につけたいという気持ちもある。


 賊は元々が武士であることも多く、戦力としても強く装備自体も整っていることが多い。


 また、生業の都合上、周囲の地理に明るい者も多いので野戦などで活躍することができるだろう。


 そして野盗といっても彼らが求めているのは安定した棲家と平穏、交渉次第だがそれを与えてやると言えば従えられる可能性はある。


 なので、ここは生かし戦力とする道を探ってみよう。


「生かすこととしよう」


「承知しました、それでは」


 そして今度こそ、勘助殿はその場を後にした。


「皆のもの、賊は俺達が近いうちに捕えよう。それまでは町や村から出ぬよう他のもの達にも伝えておいてくれ」


「分かりました、どうかお願いいたします」


 そして俺も町民達に警告をすると氏治様と共にその場を後にした。


「それにしてもお主の新しい家臣、黒い眼帯が中々格好いいのう! 名は何というのじゃ?」


「山本勘助と言います。各地を渡り歩き、様々な技能や知識を習得した兵法家です。いずれは戦でも大いに活躍してくれるでしょう」


「なるほどのう、お主が言うのなら間違いはないな! さて、では明日勘助が帰ってくるのに備えてておくとするか」


「そうですな」


 しかし、1日で見つけてくるとは勘助殿も随分と思い切ったことを言ったものだ。


 いや、勘助殿からしたら野盗を見つけることなど朝飯前なのだろうか。


 どちらにしても、明日になり彼の帰還を待つ他ないか。


 俺は僅かな不安を残しつつも、翌日を待つこととしたのだった。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

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