10話 防衛、土浦城その1
1541年 土浦城
菅谷政貞が笠間城を離れてより数時間、土浦城での戦況は激化していた。
攻め始めてよりかなりの時間が経ち、焦り始めた大掾島崎連合は強攻へと打って出たのだ。
しかし、おおよそ1000を上回る数からの強攻にも菅谷勝貞はひたすらに耐え、反撃を加えていた。
「ここが正念場ぞ、踏ん張るのだ!! 必ず援軍はやってくる!!」
「「おおォッ!!」」
土浦城は霞ヶ浦と桜川によってできた低湿地の中の微高地を利用し、四重五重に水堀をめぐらせた輪郭式平城である。
水堀に囲まれた本丸が水に浮かぶ亀の姿に似ていたことから、亀城の異名を持つ。
それ故に攻め手は城に近づくことが困難であり、本丸まで到達するには幾重もの水堀を突破することを強いられる。
しかしそれは非常に困難であり、水堀に入れば機動力を失い、弓矢の格好の餌食となる。
更に、水害対策に水堀には堤防が築かれており、本来は氾濫する水を防ぐために設計された返しが兵の侵入を防ぐ役目を果たしていた。
これらの設備から、土浦城を攻めることは非常に困難となっていた。
しかし、攻め手側もそれは承知している。
この水堀への対策を、連合側は用意していた。
「橋をかけよ!! 橋さえかければこの城なぞ容易くとれようぞ!!」
そう、連合側が用意していたのはかけ橋。
木を掛け合わせて作った簡易的なものではあるが、人がその上を乗って移動するには充分な耐久性がある。
連合側はいくつも用意したこの橋を水堀の上にかけ、橋を駆け抜けることで水堀を突破する作戦を立てたのだ。
そしてこの作戦は功を奏し、5つある水堀のうち既に2つを橋をかけて突破している。
一度橋をかけてしまえば、籠城している勝貞側は橋をどうすることもできず、ただ侵入を許してしまうこととなる。
この戦は連合側が橋を全てかけ切るか、勝貞側がそれを防ぎ撤退させるか、それによって勝敗は決する。
そして、橋は現在2つかけられているものの、裏を返せば数時間とかなりの時間を要しているにも関わらずそれだけしかかけることができいない。
その事実が、連合側を余計に焦らせていた。
その理由の一つというのが、小田側の新兵器、十字弓だ。
弓と比べて装填まで時間がかかるというデメリットがあるものの、その分弓より圧倒的に狙いがつけやすいことから素人でも扱うことが可能なのである。
菅谷勝貞はこの十字弓を弓に不慣れな百姓達に持たせており、その命中性により百姓達は確実に敵の数を削っていた。
更に攻め手側の兵達を脅威に追い込んだのは菅谷側の使用する投石器である。
投石器といっても石からゴミまで飛んでくるものは様々だが、いつ上空から自分達を殺しうるものが飛んでくるか分からない。
その恐怖に怯えながら、兵達は戦わなくてはならないのだ。
投石器はそうした精神的プレッシャーを与える役目も果たしていた。
大掾氏、島崎氏は決してこの土浦という城を侮っていたわけではない。
偵察も行うなど万全の準備を整え、この戦に臨んだ。
だというのに、現在まで戦は拮抗している。
いや、勢いでいえば菅谷側の方が強い。
兵や百姓達の防衛の士気は高く、確実に1人2人とこちらの兵を削ってくる。
対してこちらは確実に前へ前へと進んでいるものの、その進みは遅く相手の兵も全く減っていない。
このままでは数の差は埋まっていき、こちらがどんどんと不利になるばかりだろう。
むしろ分の悪い戦いをしているのはこちら側なのかもしれない、大掾と島崎はそう思い始めていた。
しかし、ここで戦をやめるわけにはいかない。
両者が戦を仕掛けたのはこの霞ヶ浦の利権を菅谷から奪うためだけではない。
菅谷家で開発され、独占している数々の貴重な物の製法と情報、それを奪うために両者はやってきたのだ。
それを得ることができれば生み出される莫大な利益によってあの佐竹に対抗できるほどの力さえ得ることができるかもしれない。
このまま小田が、菅谷が発展し強くなればこの土浦を取ることは不可能になる。
だから小田と宇都宮が戦い、菅谷側が援軍を望めない状況かつ、土浦がまだ発展途上の今しか好機はないと考え、戦いを挑んだのだ。
恐らく、宇都宮と小田の戦は数日感続くだろう。
小田は今回、本気で笠間を取るつもりだ。
対して、宇都宮も本気で守りに徹さなければならないだろう。
それ故に両者の戦は長引くだろうと踏んだのだ。
そして小田と宇都宮の戦が始まったのは今日。
まだまだ戦は続くだろうが、かと言って悠長にしている暇はない。
土浦が攻められていると知られれば、宇都宮との戦を切り上げてすぐに戻ってくる可能性もあり、最悪の場合、今日中に勝利し帰還してくる場合も考えられるからだ。
だからこそ、この勝負は急がなくてはならない。
しかし、戦況は見ての通りだ。
ここからこちらが優勢に出るには、何か大きな一手を打つ必要がある。
それを理解した者が1人、主君の前に進み出た。
身長八尺を超える大柄な体格に見事な白髭をたくわえた筋骨隆々の老いた武将。
大掾氏の家老である大掾宗禅である。
若き頃から老年期に至るまで数々の戦功をあげ、大掾家一門にまで上り詰めたこの老将は決意のこもった目で主君を見上げ、進言した。
「殿、恐れながらこのままでは戦況は悪化する一方でしょう。しかし、儂ならこの戦況を変えられます。この老骨に、最後の仕事をお与えくだされ」
古くから自分を支えてくれた老臣の言葉に、大掾家当主、貞幹の顔は僅かに悲痛に歪んだ。
「それは、お主はここで死ぬという意味か」
「それしか方法はありませぬ。なに、この老いぼれが死んだところで息子達が立派に殿を支えてくれましょう。ですから、どうかご指示を」
老臣の言葉は戦場にいるとは思えないほど穏やかであったが、同時に何者にも変えることのできない固い意志と決意が秘められていた。
その主も、それを察したのだろう。
「分かった。大掾宗禅よ、お主に最後の命を与える。必ずや道を築いてまいれ」
「ははっ!」
大掾貞幹は、老臣に最後の命を下した。
宗禅は満足そうに笑うとその場を去ろうとする。
しかしその時、大掾の口からポツリと言葉が溢れた。
「爺よ、今まで大義であった」
「若様、お達者で」
その一瞬だけ、殿と家臣は育ての親と子に戻り、言葉を交わした。
そして背を向けて去る老人の姿を、大掾貞幹は見送るのだった。
そして宗禅は橋を片手で持ち、土浦城を見据える。
その時、同じく橋を持った武士が彼のそばに近づいた。
島崎利幹の重臣、堀田俊興である。
彼もまた、主君に別れを告げてこの戦に勝つべくその命を賭けることを決めたのであった。
「某もお供します、宗禅殿」
「かたじけない」
両者はそれぞれ短く言葉を交わすと、各々の家臣達に向かって檄を飛ばす。
「皆の者!! 儂に続けェ!!!」
「おおォォ!!!」
宗禅と俊興は先頭に立ち、土浦目掛けて駆ける。
全ては城に侵入するための道を切り開くため。
宗禅と彼を慕う家臣達は、決死の思いで走り出した。
しかし、必死なのは守る側とて同じ。
「なんとしてでも近づけさせるなァッ!!!」
城兵と百姓達は一斉に矢を放ち、無数の矢が宗禅達を襲う。
「はあァッ!!」
しかし、宗禅はまるで棒を振り回すかのように橋を動かし、矢を全て捌いた。
これには城兵達も驚愕し、鬼気迫る表情で城へ近づく宗禅に怯んでしまう。
「怯むな!! 真に死を恐れるのならば常に手を休めてはならん!! 腕が動く限り撃つのだ!!」
だがすぐに勝貞は城兵達を鼓舞し、その士気を高める。
何としてでも橋をかけるべく駆ける大掾島崎連合とそれを防ぐべく矢の雨を放つ菅谷勢。
夥しいほどの矢を受ける大掾島崎側は1人、また1人と兵を失い宗禅自身も矢肩に矢を受けてしまう。
しかし、宗禅の勢いは止まることを知らず、それどころかその勢いはさらに増していく。
「どうしたァ!!? その程度ではこの宗禅の首は取れぬぞォ!!!」
宗禅は橋を巧みに振り回し、矢を弾きながらひたすら前進する。
その姿に、勝貞達は最大の脅威を見た。
「あの将を何としてでも打ち取れェッ!!!」
宗禅と家臣達に降り注ぐ矢の勢いはより増していく。
1本、2本とその身体に矢はさらに刺さっていくが勢いは衰えることはない。
「まずは1つ!!!」
そしてとうとう、宗禅は3つ目の橋をかけることに成功してしまった。
だがそれでも、城兵達は怯むことなく矢を放つ。
そしてそれは、橋という盾を失った宗禅に容赦なく降り注いだ。
「ぐうゥッ!!?」
咄嗟に急所を庇うものの、その腕と足には無数の矢が突き刺さる。
その衝撃にはさすがに耐えきれなかったのか、宗禅は膝をついた。
そしてその腕と足からは大量の血が流れ、その様は宗禅の身体から命が流れ落ちているかのようであった。
もうこの将は動けない。
城兵達はそう判断したことだろう。
城兵達は次に宗禅の背後から迫る兵達に向けて矢を放った。
だが、ここで宗禅は立ち上がり兵達の前に仁王立ちとなった。
「ぐお……ォッ……!」
「宗禅殿!!」
自分達の盾となった宗禅の姿に、兵達は悲痛な声を上げる。
だが、俊興はいち早く動くと倒れゆく宗禅を抜き去った。
その瞬間、俊興と宗禅の視線が重なる。
どうか、勝利を。
そう目で語る宗禅に俊興は力強く頷くと、雄叫びを上げて橋を駆け抜けた。
「皆の者、我に続くのだ!! 我が必ずや其方らの道を築いてみせようぞ!!」
その天を裂くような声は、宗禅の死に動揺していた者達の心を動かした。
ここで立ち止まっては、宗禅殿の死を無駄にしてしまう。
兵達は胸を割くようなその悲しみを押し殺しながら、俊興に呼応して叫ぶ。
その幾重にも重なり合ったその声はただの音に過ぎないが、城兵達の心を揺さぶる力を放っていた。
城兵達はここにきて更に士気を増していく攻め手の姿に気圧される。
ここから、情勢は一気に大掾島崎側へと傾いた。
城兵達は何度も矢を放つも、攻め手の勢いを削ぐことは出来ず、次の水堀までの距離はどんどんと迫っていく。
そしてとうとう、俊興は最後の水堀へと辿り着いた。
「まずい……!!」
これを許せば、兵達は一斉に城内へと流れ込んでくる。
それだけは阻止せねばと城兵達は必死に弓を放つ。
だが、それは無情にも防がれ、俊興はその橋を下ろす。
これで、我らの勝ちだ。
俊興はそう確信した。
その、時であった。
「え……?」
一瞬の出来事だった。
何が起こったのか分からず、俊興の家臣は声を上げる。
しかし、数秒が経ちその光景を飲み込むと、彼は顔を悲痛に歪めて叫んだ。
「と、俊興様ァ!!!」
俊興は、何者かに放たれた矢によってその頭を穿たれた。
彼らは皆全員が命を賭け、必死に城を目指していた。
しかしだからこそ、その接近に気づかなかったのだろう。
彼らを狩る、その死神の存在に。
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