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11話 防衛、土浦城その2

 遠く遠く、遠方から放たれた矢。


 それを見た者達の視線は敵味方に関わらず一斉に同じところへと向いた。


 彼らの向ける視線の先、そこにはこちらに向かって駆ける数百の騎馬兵の姿があった。


 そしてその先頭にいる若武者の旗には菅谷家の家紋が掲げられており、その手に弓矢が握られていた。


 その姿を見た城兵達は歓喜の声を上げる。


「政貞様だ!! 政貞様が帰ってきたぞ!!」


 その姿を見た攻め手達は絶望の声を上げる。


「菅谷家の家紋、小田が戦から帰ってきたのか!?」


 両者は正反対の反応を浮かべつつも、この戦況が大きく動いたことを直感的に理解する。


 菅谷側は援軍を得て城側と騎兵側で敵を挟み撃ちにすることができ有利に、反対に大掾島崎連合は大いに不利となる。


 その、はずであった。


「な、なに……!?」


 1人の城兵が水堀へと視線を戻すと、その表情を驚愕に歪める。


 その視線の先、そこには何と頭を撃ち抜かれながらも動き、橋を掛けようとしている俊興の姿があった。


 既に頭を撃ち抜かれている俊興はもう死んでいるはず。


 だとするならば、彼の体を動かしていたものは彼の執念だろうか。


 彼は最後の力を振り絞るとその橋を下ろし、最後の橋をかけることに成功したのだった。


「橋が、橋がかけられてしまったぞ!!」


 それを見た城兵達に、一斉に動揺が走る。


 援軍の到着に喜んだのも束の間、一転してまた不利な状況へと落とされた。


 そして今までは安全圏から一方的に攻撃できたものの、これからは大掾島崎連合の兵が一斉に雪崩れ込み、城兵達へと襲いかかってくる。


 その事実に城兵達は、特に百姓達はその顔を青く染めた。


 だが、そんな彼らの動揺と恐怖をかき消すような声が城中に響く。


「狼狽えるな!! 皆の者、ここでの生活の日々を思い出すのだ、それを失いたくなくば戦え、戦うのだ!!」


 勝貞は城兵達を鼓舞し、真っ先に城門の前に立つ。


 そして今にも雪崩れ込もうとしている大掾島崎連合の兵達を待ち構える。


 自分1人でも戦い抜くという意思すら感じさせる、堂々たる姿だった。


 その姿に心動かされた者達は一斉に勝貞に続き、兵達を待ち構える。


「菅野勝貞、覚悟!!」


 そして遂に城門を破った兵達は城へと雪崩れ込んできた。


「ゆくぞ、皆の者!!」


 それに対峙するは菅谷勝貞と城兵達。


 両者は槍と刀を手に取り、遂に衝突するのだった。






 場所は変わり、菅谷真壁陣営。


「オラオラァッ!! 真壁宗幹のお通りだ道を開けろ雑兵共ォ!!」


「うわああっ!? 退けっ、退けええぇっ!!!」


 大掾島崎の兵達を蹴散らしながら真壁とその兵達は敵陣深く切り込む。


 そして政貞の兵達もそれに続き、敵兵を蹴散らしていた。


 その一方で、政貞は少数の兵を連れて離れた場所に陣取っていた。


 その手に握られていたのはこの時代には存在するはずのない独特な弓、政貞が特殊な改良を施し弓に滑車を付けたものであった。


 政貞はこの試作品を用い、おおよそ70メートル以上先にある俊興の頭を撃ち抜いたのだ。


 弓の性能も大きいが、それ以上に神がかった政貞の弓矢の腕前が狙撃を可能にした。


 更に政貞は軍勢から離れた場所を馬で駆けながら弓を引き絞り、次々と遠く離れた敵兵達へと矢を射かける。


 弓に慣れたものであっても、移動する標的を、しかも10数メートル先の標的を馬に乗りながら射殺すのはまず不可能だ。


 しかし、政貞はそれを確実に成功させ、次々と敵兵達を仕留めていく。


 1人、また1人と倒れていく兵達。


 そして政貞はわざと、まばらに兵達を狙い弓矢を放った。


 政貞が狙ったのは兵達の動揺である。


 近くの仲間が倒れたとなれば、まず動揺することだろう。


 そして、次はいつ自分が射抜かれるかと怯えるはずだ。


 政貞はそれを狙い、軍勢の周りを移動しながら次々と弓矢を放った。


 政貞の目論見は成功し、兵達の中に動揺が広がりその恐怖は次々と伝播していく。


 恐怖した兵達は足を止め、その士気は下がっていき、土浦城へと流れ込む兵達の勢いは弱まっていく。


 政貞は確実に、その場を支配していた。


 そしてなおも射撃をやめない政貞であったが、政貞を護衛していた武士の1人が突如として声を上げた。


「て、敵襲!! わずか20の手勢がこちらへと迫っております!!」


「こちらを狙ってきたか、迎え打つぞ!」


 政貞が武士の示した方向へ視線を向けると、そこには19人の騎兵を引き連れた将がこちらへと接近していた。


 その将とは大掾貞幹、何と大将自らが攻めかかってきたのであった。


 政貞はその事実を知らないが、その鎧に家紋を見て、政貞はすぐに大掾家の重臣か一門であると察する。


 政貞はすぐさま弓矢を引き絞ると、貞幹目掛けて矢を放つ。


 しかし、その矢は貞幹の振るう槍によって弾き落とされる。


 容易く矢を弾き落としたその腕前に、政貞は大将への警戒度を更に上げる。


 あの将を矢で射殺すのは無理だ。


 そう判断した政貞は貞幹に従う騎兵達に狙いを変え、矢を放つ。


 ここに辿り着くまで、可能な限り兵を減らす作戦へと切り替えたのだ。


 この思惑は功を奏し、政貞は5人の手勢を撃ち落とすことに成功する。


 だがそこで、貞幹と政貞の距離はわずか10メートル先まで縮まっていた。


 政貞は弓矢を捨てると刀を手に取り、貞幹の振り下ろした槍を受け止めた。


「菅野政貞、覚悟!!」


 政貞は何とか槍を受け止めるも、あまりの威力に大きくのけ反ることとなる。


 貞幹はそのまま押し切ろうとするが、政貞はそれを受け止めきり、槍を押し出して貞幹との距離を離す。


 そして家臣達が互いに衝突し、争う中で両者は言葉をかわす。


「名のある武士とお見受けした、名をお聞かせ願えないか?」


「いいだろう。我が名は大掾貞幹、大掾島崎連合の総大将なり」


 貞幹は堂々たる様でそう言い放った。


 政貞はその名と姿に、僅かに動揺を見せる。


 まさか大将自らがやってくるとは政貞も思わなかったであろう。


 しかし、政貞はすぐに飲み込むと貞幹を見据えて言い放った。


「大将自らが来るとはな、ならばその首、この政貞が打ち取らせてもらう!!」


「小童、ワシの首を取ろうなど100年早いわ!!」


 次の瞬間、再び政貞と貞幹は激突する。


 幾度も刀と槍を撃ち合い、馬を巧みに動かしながら互いの命を狙う。


 しかし、撃ち合いを始めてからすぐに政貞の不利が露呈してしまう。


 政貞の得物である刀は貞幹の振るう槍に比べて長さ、威力、乗馬中での扱いやすさ、この全てにおいて負けていた。


 それ故に政貞は瞬く間に劣勢となり、防戦一方に追いやられた。


 それに対して貞幹は執拗に政貞の馬を狙い、馬が怯み政貞に隙が生まれることを狙っていた。


 政貞は必死にそれを防ぐものの、次第に疲労が増していき、政貞が破れるのは時間の問題となっていた。


 だが、政貞の味方は貞幹の兵と戦っており援護に向かうことはできない。


「不利と分かっていても足掻き続けるか、だがそれもどこまで続くか!!」


「ぐううっ!?」


 このままでは、負ける。


 政貞はそれを自覚していた。


 そこで一か八か、政貞は賭けに出た。


「うおおおおおッ!!」


「なにッ!?」


 貞幹が槍を振り上げた瞬間、政貞は驚きの行動に出た。


「ぐあァッ!?」


 何と馬から飛び、貞幹目掛けて決死の体当たりを仕掛けてきたのであった。


 この予想外の行動には貞幹も対応できず、まともに体当たりを受けて馬から転がり落ち、両者は馬から落ちて地面に転がることとなった。


 両者の身体を落下の衝撃が襲うが、すぐさま体勢を立て直すと武器を拾い、再び構える。


「まさか、あの状況をひっくり返すとはな。見事なり、菅谷政貞よ」


 貞幹は自然と称賛の言葉を口にしていた。


 最後まで諦めず足掻き、生の可能性を手繰り寄せる姿勢。


 それに慶幹は感嘆したのであった。


 しかし、得物の長さと威力の差は未だ健在。


 政貞が不利なことには変わりなかった。


 窮地を脱したとしても、抜け出した先にあったのは別の窮地であった。


 しかし、政貞の脳内には退却の2文字はない。


 まずこの状況で逃げることは困難であり、何より土浦の地のために戦ってくれている父や領民のためにここで退くわけにはいかないからだ。


 政貞は家族と民、仲間のことを思いその刀を強く握る。


「はああァッ!!」


 そしてその思いを乗せた渾身の刀を、慶幹へと振り下ろした。


 しかし———


「あっ……」


 次の瞬間、政貞の刀は宙を舞っていた。


 政貞の渾身を破ったのはまた、貞幹の渾身の力であった。


 守るべきもの、負けられない理由があるのは貞幹も同じ。


 思いの強さが同じ以上、自力の差で政貞が敗北するのは必然だった。


 政貞は振り上げられた槍の切先が、陽に照らされて光るのを見た。


 自分はここで死ぬのか。


 政貞は、自身の死を予感した。


「終わりだ」


 そして貞幹は無防備となった政貞に槍を振り下ろした。


 その切先は政貞へと到達し、引き裂かれる。


 その、はずであった。


「させるものかァァッ!!!」


 突如聞こえた怒号。


 貞幹が振り下ろした槍は、突如現れた何者かによって弾かれた。


 突然の乱入者の登場に、政貞と貞幹は同じ方向へ視線を向ける。


「我が息子は討ち取らせぬぞ、大掾貞幹!!!」


 馬上から降り、堂々たる様で政貞を庇うように立ち塞がる男。


 その者は土浦城主、菅谷勝貞であった。


 今ここにこの戦の大将と大将は、槍を携え邂逅した。

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