84話 政貞、城主となる
「ふふっ、来たな」
「ははっ!」
評定の間へ向かうと、政治様が笑顔で出迎えてくれた。
その他の重臣達も笑顔を、或いは羨望の眼差しを向けており、俺達の帰還を待っていたようだった。
評定の間には政治様、そして小田家の重臣達が並んでいる。
「政貞」
政治様が、ゆっくりと俺の名を呼ぶ。
「よく帰って来た」
「……はっ」
俺は深く頭を下げた。
「此度の戦では、佐竹義篤を討ち取り、真壁宗幹の野望を砕いたのみならず、鹿島、江戸、大掾ら諸家をまとめ、小田を常陸の盟主へと押し上げた」
政治様は、穏やかに笑う。
「二年前お主が小田城を出る時、ここまでの働きをするとは、正直思っておらなんだ」
「……はい。しかし、今回の働きは私だけのものではございません」
「……ほう」
「菅谷隊の皆、民達、小田の兵全て、皆の働きがあってこその勝利でございます」
「ふふっ、そうか」
政治様は俺の言葉に、満足そうに頷いた。
「長旅疲れたであろう。早速、座るが良い」
「「ははっ!」」
俺達は政治様に促され、それぞれ座る。
そして氏治様もまた、政治様の隣に座った。
これで、全員が揃ったようである。
政治様は皆の姿を一瞥すると、立ち上がり言った。
「まずは皆の者! 今回の戦、本当にご苦労であった! 皆の働きがなければワシはここに立っていなかったであろう、心から礼を言うぞ!!」
「「ははっ!!」」
政治様の言葉に皆が平伏し、言葉に応える。
「だが此度の戦、我らは多くの者を失った。この勝利はその者達のおかげであるということを、我らは決して忘れてはならぬ。皆、彼らのことを忘れるな」
政治様の声は、静かだった。
だが評定の間にいる全ての者の胸へ、深く届く声だった。
政治様のことを聞いた瞬間、三平太のことを思い出し、俺の胸が強く締め付けられた。
三平太。
最後まで俺達を逃がすために橋の上で、一人で佐竹の大軍へ向かっていった男。
あいつがいなければ俺も葵も他の菅谷隊の者達も、生きてはいなかったかもしれない。
「ゆえに」
政治様は、真っ直ぐに皆を見据えた。
「戦で命を落とした者達の家は、小田が守る。遺された家族には三年の年貢免除を与え、田畑を失った者には、新たな田畑を与えよ。住まいを失った者には、城下と各地の村で住む場所を用意せよ」
重臣達の間から、僅かにざわめきが起きる。
だが、反対する者はいなかった。
「戦で死んだ者達は、小田のために命を捨てたのではない。生き残った者達の未来を繋いだのだ。ならば———」
政治様は拳を握る。
「その未来を守るのは、生き残った我らの役目であろう」
「「ははっ!!」」
皆の声が、評定の間に響いた。
俺は深く頭を下げる。
三平太、聞こえているか。
お前が繋いだ未来を、俺達は絶対に守るぞ。
政治様は、ゆっくりと席へ戻る。
そして一枚の書状を手に取った。
「ではこれより、論功行賞を始める」
場の空気が引き締まる。
政治様の視線が、俺へ向けられた。
「菅谷政貞」
「はっ」
「そなたは此度の戦において、佐竹義篤を討ち取り、さらに真壁宗幹の軍を退けた。小田を常陸の盟主へ押し上げた功は、他に並ぶ者がおらぬ」
俺は息を呑む。
「それに加えて、二年間の府中城での働き、大変見事なものであった。よって菅谷政貞、お主には統一された常陸に相応しい新たな城の築城の城主を任せたい」
一瞬、評定の間から音が消えた。
「……城主、でございますか?」
そのあまりに予想外な言葉に、俺は思わず聞き返してしまった。
城を築き、そしてその主となる。
それは石高の加増とは比べ物にならないほど、大きな役目だった。
「うむ」
政治様は穏やかに頷いた。
「築城する場所はお主に任せたい。一度持ち帰って……と言いたいところだが、お主ならどの場所が良いかもう分かっておるのじゃないか?」
……流石は政治様、そこまで見抜いてらっしゃるか。
そうだな、俺が城を築く場所とすれば……。
「牛堀でございます」
俺が答えると評定の間にいた者達が、僅かにざわめいた。
「牛堀?」
氏治様が首を傾げる。
「霞ヶ浦の南東にある、あの辺りかの?」
「はい」
俺は頷いた。
「府中は、常陸を治めるための政治の中心です。そして水戸は、江戸家が北を守るための要となる。ならば牛堀には常陸の富を集め、各地へ送り出す場所になってもらいたいのです」
「富を集める……?」
政治様が、興味深そうに目を細めた。
「牛堀は霞ヶ浦に面しております。船を用いれば、鹿島方面から塩や魚を運べる。江戸家の地からは米や木材を、府中からは今まで通りの物を、そして佐竹の鉱山から得る鉱石も、集めることが出来ます」
皆が静かに俺の話を聞いている。
「城を築くだけではありません。船着場を整え、蔵を建て、市場を作ります。商人や職人が安心して住める町を作るのです。城と城下を常陸一の商いの地にしたい」
氏治様が、少しずつ目を輝かせていく。
「つまり府中が常陸を治める場所なら、牛堀は常陸を豊かにする場所、ということじゃな?」
「はい。人が集まり物が動き、商いが生まれれば、民の暮らしは豊かになります。小田の兵糧も、各地への物資も、今までよりずっと早く、確実に運べるようになるはずです」
戦で勝った。
だが勝つだけでは駄目だ。
民が腹を満たし、家族が安心して暮らせて、子供達が明日を夢見られる。
そんな国を作らなければ。
「なるほどのう……」
政治様は、小さく笑った。
「お主らしい。城を欲しがるのではなく、城によって何を生み出すかを考える、か」
「恐れ入ります」
「いや」
政治様は首を横に振った。
「それでよい。常陸の盟主となった今、我らに必要なのは、敵を討つ城だけではない。人を呼び、富を生み、国を支える城じゃ」
政治様は、皆を見渡す。
「菅谷政貞に、牛堀の地を与える! 城を築き、湊を整え、常陸の商いを担う城下を作れ! よいな!」
「……はっ!」
俺は深く頭を下げた。
胸の奥が熱くなる。
牛堀の城。
そこは俺と葵の城になる。
菅谷隊の者達が帰る場所になる。
そして常陸に生きる多くの者達が、新しい暮らしを始める場所になる。
「必ず牛堀を、常陸一の町にしてみせます」
「うむ!」
政治様は満足そうに頷いた。
「期待しておるぞ、政貞」
その隣で葵が、少し驚いたように俺を見ていた。
「……政貞」
「どうした?」
「私達」
葵は、嬉しそうに笑う。
「本当に、自分達の城を持つんだね」
「ああ」
俺も笑った。
「良き城を作ろう、共にな」
「うん!」
評定の間へ。
小田家の者達の俺達を祝う声が響いた。
それは、戦の勝利を称える音ではない。
これから始まる。
新しい常陸への期待の音だった。
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