80話 佐竹戦その18
「終わっ……た……」
俺は、その場に立ち尽くしていた。
刀を握る手は震え、肩も、脇腹も、全身が痛みを訴えている。
目の前には、佐竹義篤の身体が横たわっていた。
常陸を統一しようとした男。
義昭の未来を守ろうとした父親。
俺達を追い詰め、三平太を奪い、それでも最後まで、己の信じる未来のために戦い抜いた男。
「義篤様……」
佐竹の家臣達が、悲鳴のような声を上げる。
その中には刀を握り、俺へ向かおうとする者もいた。
だが。
「……退け。義昭を……守れ。佐竹を……残せ」
義篤が、僅かに顔を上げた。
血に濡れた口元から、掠れた声が漏れる。
「殿……!」
「退け……」
その言葉を最後に。
佐竹義篤の身体から、完全に力が抜けた。
佐竹の大旗が、朝霧の中で大きく揺れる。
「義篤様が討たれたぞ!!」
「殿が……!」
「退け! 義昭様を守れ!」
佐竹軍のあちこちで、混乱の声が上がる。
今まで俺達を押し込んでいた兵達が、少しずつ、だが確実に後方へ退き始めた。
「勝った……!」
誰かが叫んだ。
「佐竹が退くぞ!」
「小田の勝ちだぁぁぁ!!」
遠くから、味方の歓声が響いた。
葵が俺の元へ駆け寄ってくる。
「政貞!」
「ああ……終わったんだ」
俺は葵を見て、ようやく息を吐いた。
三平太。
見ているか。
俺達は、ついに佐竹に勝った。
そう思った。
そう思った、その時だった。
ォォォォ―――ン。
突然、戦場の北側から法螺貝の音が響いた。
それは佐竹のものでも、小田のものでもない。
「……何だ?」
勘助殿が、険しい表情でそちらを見る。
朝霧の向こう。
木立の奥から新たな軍勢が、ゆっくりと姿を現した。
数は千ほど。
まだ戦っていない、整った兵達。
そして、その先頭には見覚えのある旗が掲げられていた。
「真壁……」
俺の喉から、低い声が漏れる。
真壁の旗。
小田を裏切り、佐竹へ情報を流し、あの朝駆けの罠を作り出した男。
真壁宗幹。
「はははははっ!! 見事だぞ、菅谷政貞! 佐竹義篤を討ち取るとはな。まさか、本当にここまでやるとは思わなんだ」
霧の中から、宗幹の笑い声が響く。
宗幹は馬上から、俺達を見下ろしていた。
「宗幹……」
俺は血に濡れた刀を握り直す。
終わったはずだった。
だが、終わってなどいなかった。
「小田も佐竹も、随分と傷ついたようだな。ならば」
宗幹は愉快そうに笑い、ゆっくりと刀を抜く。
「常陸を手にするのは、この真壁だ」
真壁宗幹。
ここで来たか。
姿が見えないからおかしいと思っていたが、この時を狙っていたのだ。
落ち着け。
状況を確認しろ。
奴との距離は三百歩ほど。
こちらは義篤本隊へ突撃した兵達を含めても、すぐに動ける者は僅かしかいない。
皆、傷だらけだ。
佐竹との戦いで体力も尽きかけている。
対して真壁の兵は千。
鎧も整い、隊列も乱れていない。
今の俺達にとって、最悪の相手だった。
「宗幹。お前は、最初からこの時を狙っていたのか」
俺は刀を握り直し、馬上の男を睨みつける。
「そうだ」
宗幹は笑みを消すと、あっさりと頷いた。
その顔には、悪意に満ちた笑みなどなかった。
ただ勝負に出ると決めた男の、険しい覚悟だけがあった。
「佐竹と小田が争えば、どちらも無傷では済まぬ。そして、強き者同士が傷ついた時こそ、小さき家が大きくなる機会が生まれる」
宗幹は真壁の旗を見上げる。
「わしは真壁を大きくしたい。誰かの命令に従うだけの家ではなく、常陸で、誰もが無視出来ぬ家にしたいのだ」
「そのために小田を裏切ったのか」
「ああ」
宗幹は否定しなかった。
「小田にいては、真壁はいつまでも小田の一部に過ぎぬ。佐竹に従っても、いずれ佐竹の下に置かれるだけだ。ならば」
宗幹は刀を抜いた。
「この乱世で真壁が生き残るには、自ら掴むしかあるまい」
その言葉を聞いて、俺は理解した。
こいつは、ただ領地を奪いたいだけの男ではない。
真壁の未来を。
息子達に残す真壁家の未来を。
そのために、全てを賭けている。
義篤と同じだ。
守りたいものがあり、そのために俺達の前へ立ち塞がっている。
「だが」
俺は一歩、前へ出た。
「だからって、裏切ったことは許せない」
「だろうな。だからこそ、ここで勝つ。勝った者が正しい。乱世とは、そういうものだ」
宗幹が刀を上げる。
「真壁の者達よ! 小田は疲れ切っておる! 佐竹も退いた! 今こそ、我ら真壁が常陸へ名を刻む時だ! 進めぇぇぇ!!」
「おおおおっ!!」
千の兵が、一斉に槍を構え、こちらへ向けて走り出した。
「来るぞ!」
勘助殿が叫ぶ。
「政貞様、ここは退き———」
「退けない」
俺は首を振った。
背後には恋瀬川。
退路はない。
そして傷ついた仲間達。
もう誰も置いていけない。
「勘助殿。動ける兵を集めてくれ。氏治様と慶幹にも伝令を。俺が真壁を止める」
「しかし、政貞様は傷が……!」
「まだ動ける」
俺は刀を握る。
脇腹の傷が痛む。
肩も熱を持っている。
だが、まだ立てる。
ならば戦える。
「葵」
「うん」
葵は俺の隣へ立つ。
刀を抜き、真壁の軍勢を見据えていた。
「今度こそ、絶対に生きて帰るよ」
「ああ。皆で帰る」
俺は頷く。
真壁軍が迫る。
足音が地面を揺らす。
その時だった。
「政貞!!」
背後から、聞き慣れた声が響いた。
振り返る。
そこには、傷だらけの鎧を身に着けた氏治様がいた。
その隣には慶幹、鹿島殿、大野殿、江戸殿。
そして、小田と大掾の兵達。
各所で佐竹を押さえていた者達が、勝利を聞いて集まり始めていた。
「一人で格好つけるでない! 小田は、お主一人の家ではないぞ!」
「小太郎様……」
「真壁が来たなら、皆で迎え撃つまでじゃ!」
その声は震えていた。
だが、逃げる者の声ではない。
恐怖を抱きながら、それでも前に立とうとする者の声だった。
「皆、聞け! 佐竹を退けた戦は、まだ終わっておらぬ! ここで真壁に敗れれば、三平太も、義篤を討つために倒れた者達も、全て無駄になる! ならば、もう一度立て! 小田の旗は、まだここにあるぞ!」
「おおおおおっ!!」
傷ついた兵達が、再び槍を握った。
氏治様の言葉に。
小田の旗に。
倒れた仲間達の名に。
彼らはもう一度、立ち上がった。
さらに、太い声が響いた。
「政貞!」
「父上!」
親父———菅谷勝貞が、血と泥に塗れた鎧のまま大槍を担いで現れた。
その周囲には土浦衆。
中央で佐竹を受け続け、既に疲れ切っているはずの者達だ。
それでも親父の背に従い、皆まだ槍を握っていた。
「真壁が出たか。あの男、最後まで機を狙っておったか」
親父は宗幹の旗を見ると、目を細めた。
「父上、無理は———」
「無理をするなと言われて聞く戦なら、そもそもここまで来ておらん」
親父は豪快に笑った。
だが、その笑みの奥には怒りがあった。
「宗幹め。味方の背を斬り、江戸殿の兵を失わせ、家臣の死にも繋がる罠を作った。真壁のためと言えば聞こえはよい。だが、裏切りは裏切りだ」
親父は大槍を地面へ突いた。
「その報いは、受けてもらう」
慶幹も槍を握り締める。
「政貞。今度は、俺達がお前の背を守る」
江戸殿も傷ついた肩を押さえながら笑う。
「真壁には、こちらも借りがある。返さねば、江戸の名が泣くわ」
胸が熱くなる。
俺達は傷ついた。
多くを失った。
それでも、まだここにいる。
皆が俺と共に立っている。
ならば俺はまだ、戦える。
「勘助殿、策はあるか?」
俺の言葉に、勘助殿はふっと笑った。
「ここに至っては、策はございませぬ。あるとすれば———」
勘助殿は静かに刀を抜いた。
「各々の持てる武技と力の全てを、ぶつけるのみです」
勘助殿の言葉に頷くと、俺は皆へ叫んだ。
「聞いたか皆!! ここからは策も何もない!! 自分の持てる全てをぶつけろ!! いいな!?」
「おうッ!!」
氏治様が槍を掲げる。
「小田の者よ! 政貞に続け! 勝貞に続け! わ、ワシにも続け!」
少しだけ笑いが起こる。
だが、その笑いが兵達の足に力を戻した。
親父も大槍を振り上げる。
「土浦衆! 最後の一押しだ! 真壁を押し返し、この戦を終わらせるぞ!」
「ははっ!!」
「よし、いくぞッ!!!」
「おおおォッ!!!」
鬨の声を上げ、俺達は真壁へと攻めかかる。
「小田に負けるな! ワシに続けェ!!!」
宗幹も刀を振り上げる。
「ははァッ!!!」
それに応じるように、真壁もこちらへと迫る。
正真正銘のぶつかり合い。
互いの力をぶつけ合う原始的な争いだ。
単純だが、だからこそ感情が昂る。
俺の最大の強み。
それは当然———。
「ぐあッ!?」
「ひっ!? あんなところから……がぁっ!?」
俺の放った矢が、次々と敵を射倒していく。
百発百中の弓。
この距離ならば、決して外しはしない。
「一郎太!」
「ははっ!」
「敵の旗持ちと、指揮を執っている者を狙え!」
「承知!」
俺の声に、一郎太はすぐに弓兵達へ指示を飛ばす。
「旗を倒せ! 真壁の目と耳を潰せ! 放てぇぇぇ!!」
再び、矢が空を覆う。
だが俺の狙いは、ただ兵を倒すことじゃない。
真壁軍を率いている者。
兵達へ進めと叫ぶ者。
その者達を狙う。
「はっ!」
弦を放つ。
ヒュンッ!!
矢は真っ直ぐに飛び、真壁軍の前列で槍を掲げていた武者の胸へ突き刺さった。
「ぐあっ!?」
「隊長がやられたぞ!」
真壁軍の前列が、一瞬だけ乱れる。
「次!」
俺はすぐに次の矢を番える。
旗を持つ兵。
法螺貝を吹こうとしている兵。
馬上で叫んでいる武者。
俺は一人ずつ、しかし確実に射抜いていった。
「何だ、あの弓は!?」
「近寄れんぞ!」
「怯むな!」
真壁軍の中から、宗幹の声が飛ぶ。
「小田は疲れ切っておる! 弓など恐れるな! 進め! 進めぇぇぇ!!」
宗幹の声に押され、真壁の兵達は再び前へ出てくる。
さすがだ。
何人も指揮役を倒されても、宗幹が前にいる限り、兵達は簡単には崩れない。
真壁宗幹は、真壁の兵達にとって信じるべき主なのだろう。
「なら」
俺は弓を背へ戻した。
「次は俺達が行く」
「政貞! よし、真壁を止めるよ」
葵が刀を構える。
「ああ」
俺も刀を抜く。
「皆、続けぇぇぇ!!」
「おおおおっ!!」
氏治様が槍を掲げる。
その姿を見て、小田兵が続く。
親父がその前へ出る。
大槍を振るい、真壁兵の前列を強引に押し割った。
「ぬうううんッ!!」
敵兵が盾ごと弾き飛ばされる。
「政貞! 道はワシが開く! お前は宗幹へ行け!」
「はい!」
親父の背中が、真壁の兵を割る。
その左右を、鹿島殿と大野殿が固める。
慶幹が兵をまとめ、真壁の横槍を押さえる。
江戸殿は残った兵を叱咤し、崩れかける後方を支えていた。
氏治様は、そのさらに後ろで槍を掲げ続ける。
「皆、止まるな! 勝貞が道を開いておる! 政貞を宗幹の元へ届かせるのじゃ! 小田はまだ負けておらぬぞ!」
「おおおおおっ!!」
氏治様の声に、兵達が再び前へ出る。
怖いと言いながら逃げない若君。
その姿に、兵達は力を貰っていた。
槍と槍がぶつかる。
刀と刀が交わる。
怒号が響き、血が飛び散る。
「押せぇ!」
「小田を崩せ!」
「真壁の名を常陸に刻めぇぇ!!」
真壁軍も必死だった。
宗幹の言葉を信じ、自分達の家を大きくするために戦っている。
だから強い。
だが、だからこそ俺達も負けられない。
「どけぇぇぇ!!」
俺は目の前の兵を斬り伏せる。
右から迫る槍を避け、左から来た刀を受け流す。
その横を、葵が駆け抜けた。
「政貞の前に出るな!」
葵の刀が閃く。
真壁兵が倒れる。
俺達は止まらない。
ただ一人。
真壁宗幹の元へ向かって進む。
「菅谷政貞!」
宗幹も馬を降りていた。
その手には抜き身の刀。
周囲には、まだ数人の近習がいる。
だが、その表情に怯えはなかった。
「ここまで来たか」
「終わりだ、宗幹」
「いや。まだ終わってはおらぬ。わしが立っている限り、真壁は終わらぬ」
宗幹が刀を構える。
「来い、政貞。お主を倒し、小田を倒す。真壁の未来のためにな」
「それは俺も同じだ。小田の未来のために、お前を止める」
俺は刀を構える。
次の瞬間。
俺と宗幹は同時に踏み込んだ。
ガキィン!!
刀がぶつかり合う。
宗幹の一撃は重い。
義篤ほどの技ではない。
だが迷いのない、真っ直ぐな剣だった。
「ぬぅっ!」
宗幹が刀を振るう。
俺は受け流す。
刀身を滑らせ、その勢いを外へ逃がす。
「くぅっ!? 義篤に使った技か!」
「ああ!」
俺は一歩、踏み込む。
宗幹の刀を受け流し、懐へ潜る。
「ぐっ!?」
俺は刀の峰を、宗幹の手首へ叩き込んだ。
宗幹の手から刀が落ちる。
カラン、と。
地面へ転がった。
「……っ」
宗幹は刀を拾おうとしなかった。
周囲を見た。
真壁の兵達は、既に押し返され始めていた。
氏治様が後方で鼓舞し、慶幹が真壁の兵を押さえ、鹿島殿、大野殿、江戸殿が各所で兵をまとめている。
そして親父が、大槍を構えたまま真壁兵の前に立ちはだかっていた。
「真壁の兵よ!」
親父の太い声が響く。
「宗幹は敗れた! これ以上戦えば、真壁の者を無駄に死なせるだけだ! 槍を置け! 命までは取らぬ!」
真壁兵の動きが止まった。
氏治様も続けて叫ぶ。
「降る者は討たぬ! 真壁の者も常陸の者じゃ! これ以上、無駄に血を流すな!」
その言葉に、真壁兵達の間に動揺が広がる。
宗幹は小さく息を吐いた。
「……わしの負けか」
その声に怒りはなかった。
ただ、全てを出し切った者の、静かな悔しさだけがあった。
「これで真壁は終わりか……卑怯者の末路など、こんなものなのかもな」
「宗幹殿……」
「さて、政貞殿。最後に問いたい。お主はなぜ裏切らなかった? お主と勝貞殿の器量があれば、小田家と佐竹家を取り込み、菅谷家を常陸の覇者にすることもできたはずじゃ。ワシには、それが分からぬ」
確かに、宗幹殿には分からないかもしれない。
この時代は忠義だ何だと言っても、結局は自分の家を大きくし、生き残らせる行動を取るのが正しい。
たとえ卑怯で他人に罵られるような行動をしたとしても、それで生き残ることができれば勝ち。
しかし、俺には自分の家を大きくすることよりも、ずっと大切なものがある。
「簡単ですよ」
俺は氏治様を見た。
氏治様は、驚いたように俺を見返している。
「俺は小太郎様が好きで、あの人に一生仕えるつもりで、そんな野心なんかなかったからです」
「ま、政貞……!」
氏治様が目を見開く。
照れているのか、泣きそうなのか、よく分からない顔だった。
親父が後ろで豪快に笑う。
「はははっ! 宗幹殿、そういうことだ! ワシの息子は、昔から妙なところで頑固でな。一度仕えると決めた相手を、裏切るような器用な真似はできん」
「父上……」
「もっとも」
親父は大槍を肩へ担ぎ直した。
「ワシも同じだ。小田政治様を主と仰ぎ、小太郎様を支えると決めた。ならば菅谷は、小田の槍であればよい。常陸の覇者など、欲しい者が欲しがればよい。ワシらは、守ると決めた者を守る」
宗幹はしばらく親父と俺を見ていた。
そして、突然大笑いした。
「はははははッ!! そうか、そういうことだったか!! なるほど、この上なく分かりやすいな!」
宗幹は氏治様へ視線を向ける。
「しかし、あの若殿は民心を掴むことは上手いが、それ以外はてんで駄目だ。苦労するぞ」
「なっ!? 今それを言うか!?」
氏治様が声を上げる。
「大丈夫です。それ以外のことは、俺が支えますから」
俺は笑った。
親父も頷く。
「足りぬところは、家臣が支えればよい。主君とは、一人で全てをやる者ではない。皆を立たせる者だ」
宗幹は、穏やかに笑った。
「……そうか。頼もしい家臣を持てて、若殿は幸せだな」
氏治様は唇を噛み、何も言わなかった。
だが、その目は潤んでいた。
宗幹は、首を差し出すようにして座った。
「……最後に一つ、頼んでもよいか」
「何ですか?」
「ワシの息子……久幹の助命を頼みたい」
真壁久幹。
後に鬼真壁と呼ばれる男。
彼は確か、政治様と共に宇都宮・結城攻めに向かっていたはずだ。
「久幹は、ワシが裏切ったことを知らん。だから、命だけは助けてやってほしい。虫のいい話ではあるがな」
確かに虫のいい話かもしれない。
だが、俺は宗幹殿の最後の願いを否定する気にはなれなかった。
久幹殿には罪がない。
少なくとも、この裏切りに加担していないなら、斬る理由はない。
俺が答える前に、親父が静かに言った。
「宗幹殿」
「何だ」
「久幹は、ワシも見ている。武勇も気概もある若者だ。裏切りに加担していないのなら、政貞だけでなく、ワシからも政治様へ助命を願おう」
宗幹は僅かに目を見開いた。
「勝貞殿……」
「ただし」
親父の声が低くなる。
「久幹が真壁の名を背負って生きるなら、今日のことから逃げることは許されぬ。父の裏切りも、真壁の罪も、その背に負うことになる。それでも生きるかどうかは、久幹自身の覚悟次第だ」
宗幹は目を閉じ、ゆっくりと頷いた。
「……それでよい。生きてさえいれば、背負うこともできよう」
俺も頷いた。
「分かりました。政治様には、俺からも頼みます。久幹殿の命は、守るように」
「感謝する……では、一思いに斬ってくれ」
「はい」
俺は刀を上段に構える。
「久幹殿は守る。真壁殿の願いは、俺が預かります」
宗幹は目を閉じ、小さく頷いた。
「……頼んだぞ、政貞殿」
「御免!」
刀が振り下ろされる。
宗幹の首は、地面へと転がり落ちた。
「宗幹様……」
「負けじゃ、ワシらの……」
それを見た真壁の者達は、次々と刀を、槍を落としていく。
氏治様が槍を掲げ、声を張った。
「降る者は討つな! 武器を置いた者は捕らえよ! これ以上、無駄に血を流すな!」
親父も頷く。
「小田の兵よ、追い討ちはならん! 勝った者には、勝った者の振る舞いがある!」
兵達が動きを止める。
怒りに任せて斬りかかろうとしていた者も、歯を食いしばりながら槍を下げた。
俺は、その光景を見て、ようやく確信した。
とうとう、この戦は終わったのだと。
佐竹義篤を討ち。
真壁宗幹を討ち。
多くのものを失いながら、それでも俺達は立っている。
小田の———。
俺達の勝利だ。
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