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転生したら小田氏治の家臣だったので、滅亡の運命を変えます!  作者: 社長
第一部

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76話 佐竹戦その14

 恋瀬川を背に、菅谷政貞は決戦に臨んだ。


 前方には迫る佐竹の大軍。


 既に退路はない。


 進むべき道はただ一つ。


 敵が迫る、その先であった。


     


「放てぇ!!」


 一郎太の号令と共に、無数の矢が朝霧を切り裂いた。


 空を覆うように放たれた矢は、佐竹軍の先鋒へと降り注ぐ。


「うわあっ!?」


「盾を上げろ!」


 数人の兵が矢を受けて倒れ、隊列に小さな乱れが生まれた。


 だが、佐竹軍は止まらない。


 倒れた仲間を飛び越え、後方から次々と兵が前へ出てくる。


 その数は、まるで果てがないように見えた。


「弓兵、次矢を用意! 急げ!」


 一郎太の声が後方から響く。


 弓兵達が次々と矢を番え、再び弦を引き絞った。


「槍隊、前へ!」


 勘助殿の号令が飛ぶ。


 俺達中央の兵は、一斉に槍を構えた。


 そのさらに前。


 最前面には、親父の姿があった。


 菅谷勝貞。


 土浦城主。


 小田家中一の猛将。


 その大きな背中は、朝霧の中でもはっきりと見えた。


「土浦衆!」


 親父の太い声が響く。


「まずはワシらが受ける! 槍を揃えよ! 押されてもよい! だが折れるな! この勝貞の横に穴を作るな!」


「「おおおおおっ!!」」


 土浦衆が槍を構える。


 その姿を見て、中央の兵達にも力が戻った。


 親父が前にいる。


 それだけで、兵達は踏み止まれる。


 隣では氏治様も槍を握り、迫る佐竹軍を睨みつけていた。


 顔は少し強張っている。


 だが、逃げようとはしていない。


「小太郎様」


「な、何じゃ?」


「俺の合図までは、絶対に前へ出過ぎないでくださいよ」


「う、うむ!」


「敵を倒しに行くんじゃない。敵を、前へ引きずり込むんです」


「分かっておる!」


 氏治様は大きく頷いた。


 そして、震える手で槍を握り直す。


「小田の兵よ!」


 氏治様が声を張り上げた。


「今日、この恋瀬川を越えて退く者はおらぬ! ならば、前へ進むしかない! 佐竹を討ち破り、生きて常陸を歩くのじゃ!!」


「「「おおおおっ!!」」」


 兵達の叫びが、朝霧を吹き飛ばすように響いた。


 その直後。


「来るぞぉぉぉ!!」


 佐竹軍の先鋒が、槍を掲げて突撃してきた。


 地面を揺らす無数の足音。


 鎧と鎧がぶつかる音。


 怒号と血の匂い。


 あらゆるものが、一瞬で戦場を埋め尽くした。


「構えろ!」


「槍衾を崩すな!」


 次の瞬間。


 佐竹兵が、親父率いる土浦衆の槍衾へぶつかった。


 ガンッ!!


 鈍い衝撃音が響く。


 最前列の兵達が足を踏ん張る。


 槍の穂先が敵兵の胴へ突き刺さる。


 だが、倒れた敵の後ろから、さらに次の兵が押し寄せてくる。


「押せぇ!!」


「小田を川へ叩き落とせ!」


 佐竹兵達の叫びが響く。


 数の圧力が、少しずつ俺達の陣を押していた。


「ぬうんッ!!」


 親父の大槍が唸った。


 佐竹兵の盾ごと槍を弾き飛ばし、その後ろにいた兵まで押し倒す。


「どうした佐竹! 小田の旗へ届きたくば、まずこの勝貞を越えてみせよ!」


 親父の咆哮が戦場に響く。


 だが、佐竹も退かない。


 むしろ菅谷勝貞という大きな目印に兵が集まり、中央前面への圧がさらに増していく。


「政貞様!」


 勘助殿の声が飛ぶ。


「まだ耐えられます!」


「ああ!」


 俺は歯を食いしばりながら答えた。


 今は退かない。


 まだ、佐竹を誘い込むには早い。


 敵は慎重だ。


 こちらの策を警戒している。


 ならば、警戒を捨てるほどの勝ちを見せなければならない。


「一郎太!」


「ははっ!」


「中央の左へ矢を集中させろ!」


「承知致しました!」


 俺が指したのは、佐竹の先鋒が最も勢いよく押し込んでいる場所だった。


 そこへ矢を集めれば、敵は中央の一部だけが崩れかけていると見るだろう。


「弓兵!」


 一郎太が弓を掲げる。


「中央左へ集中! 放てぇ!!」


 矢が降る。


 佐竹兵の勢いが、ほんの少しだけ鈍った。


 その隙を見て、俺は声を張り上げる。


「中央左、半歩下がれ! 槍衾を崩すな! 半歩だけだ!」


 兵達が、わずかに後ろへ下がる。


 だが、それは敗走ではない。


 次の槍を突き出すための、計算された後退だった。


 しかし、佐竹から見れば違う。


「小田が下がったぞ!」


「押せ! 押し込め!」


 敵兵達の声が大きくなる。


 慎重だった佐竹の先鋒が、少しずつ前へ出始めた。


 それを見た勘助殿が、僅かに目を細めた。


「……よし」


 小さな声だった。


 けれど、その声には確かな手応えがあった。


「政貞様」


「はい」


「予定通りです」


 勘助殿は戦場を見据えたまま言う。


「敵は、餌に食いつき始めております」


 俺は迫る佐竹軍を睨んだ。


 まだだ。


 もっと前へ、もっと深く、恋瀬川の前まで。


 俺達の牙が届く場所まで来い。


「中央!」


 俺は槍を握り締め、叫んだ。


「次は一歩下がる! だが、絶対に崩れるな! 佐竹を、ここまで引きずり込むぞ!!」


「「「おおおおっ!!」」」


 小田軍は退く。


 さらに後方へ下がった小田を見て、佐竹の兵はすかさず好機と見て攻めかかった。


「今だ!」


「小田は崩れるぞ!」


「押し込めぇぇ!!」


 佐竹軍中央左翼から、ひときわ大きな怒号が上がった。


 これまで慎重に進んでいた兵達が、堰を切ったように前へ出てくる。


 倒れた味方を乗り越え、槍を振るい、我先にと小田軍の中央左へ殺到してきた。


「来たぞ!」


「押されるな!」


「槍を上げろ!」


 小田の兵達が必死に槍衾を維持する。


 だが敵の勢いは、先程までとは明らかに違った。


 半歩、また半歩、こちらの兵が、押し込まれていく。


「ぐっ……!」


 中央左にいた兵の一人が、佐竹兵の槍を受けて倒れた。


 その瞬間、生まれた隙間へ敵兵が雪崩れ込む。


「左が崩れるぞ!」


「埋めろ! 穴を埋めろ!」


 計画通りに退くのとは違う。


 これは本当に危険だ。


 佐竹は俺達が下がったことで、完全に勝てると思い始めている。


 だが同時に、こちらの中央左がこのままでは本当に食い破られる。


「政貞様!」


 勘助殿の声が飛ぶ。


「中央左の押され方が、想定以上です!」


「分かってる!」


 俺は前方を睨んだ。


 佐竹軍中央左翼。


 そこには、馬上から兵を叱咤している一人の将がいた。


 黒塗りの具足。


 背には大きな旗指物。


 周囲の兵へ、何度も槍を振り上げて叫んでいる。


「押せ!」


「今こそ小田を崩す時ぞ!」


「あの旗だ!」


 俺は叫んだ。


「一郎太! あの中央左の将が見えるか!」


「見えます!」


 一郎太もすぐに敵将の姿を見つけた。


「ですが、かなり遠いです!」


 確かに遠い。


 槍で届く距離ではない。


 だが、弓なら届く。


「弓を貸せ!」


「政貞様!?」


 一郎太が目を見開く。


 俺は近くの弓兵から弓を受け取った。


 手に馴染む重さ。


 弦を引く感覚。


 戦場の喧騒が、ほんの少しだけ遠のいていく。


「政貞様、自ら射るおつもりですか!?」


 勘助殿の声が聞こえた。


「あの将を落とせば、中央左は止まる!」


 俺は答えた。


「止まった一瞬で、槍衾を立て直せる!」


 敵将はまだ気付いていない。


 小田軍が崩れかけていると信じ、自ら前へ出て兵達へ進撃を命じ続けている。


 風は横から。


 距離は遠い。


 狙うなら、一度だけ。


 外すな。


 三平太の顔が浮かぶ。


 葵の笑顔が浮かぶ。


 氏治様の声が浮かぶ。


 皆で生きて帰ると言った、あの約束が胸を過る。


 ここで止める。


 必ず成功させる。


 俺は息を止めた。


 敵将が槍を掲げる。


 その脇腹、胴丸と草摺の隙間が一瞬だけ見えた。


「———今だ」


 弦を放つ。


 ヒュンッ!!


 放たれた矢は、朝霧を裂いて飛んだ。


 一瞬、戦場の全てが止まったように見えた。


 そして。


「がっ……!?」


 敵将の身体が大きく仰け反った。


 矢は脇腹へ深々と突き刺さっていた。


 将の手から槍が落ちる。


 馬上で身体を支え切れず、そのまま地面へと叩き落とされた。


「備え大将が討たれたぞ!!」


「大将が……!?」


 佐竹軍中央左翼に、動揺が走る。


 前へ出ていた兵が足を止める。


 後方から押していた兵は、何が起きたのか分からないまま前へ押し寄せる。


 進む者。


 止まる者。


 退こうとする者。


 隊列が、みるみる乱れていった。


「今だ!」


 俺は弓を手にしたまま叫ぶ。


「中央左! 槍衾を立て直せ! 倒れた者の穴を埋めろ! 佐竹を押し返すな! 止めるだけでいい!」


「「「おおおおっ!!」」」


 小田の兵達が、再び槍を揃える。


 乱れた隊列が、少しずつ、確かに形を取り戻していく。


 敵の勢いは止まった。


 いや、止めた。


「見事です、政貞様!」


 勘助殿の声が響く。


「これで中央左は持ち直します!」


 だが、安堵する暇はなかった。


「右翼が危ない!」


 大野殿の兵が叫ぶ。


 右を見る。


 佐竹の別働が、林際から強引に回り込み、右翼の大野・慶幹隊の継ぎ目へ食い込もうとしていた。


「大掾の旗が押されております!」


「右翼だけではない!」


 別の兵が叫ぶ。


「中央正面! 勝貞様の左脇に敵が食いついております!」


 さらに。


「左翼、鹿島勢も押されている!」


「敵が三箇所から同時に来るぞ!」


 その報告に、全身が冷たくなった。


 佐竹は中央左の混乱を見て、さらに兵を押し込んできた。


 だが、それだけではない。


 中央左。


 中央正面。


 右翼。


 左翼。


 一度に複数箇所を食い破りに来たのだ。


 佐竹義篤。


 やはり、ただの将ではない。


 こちらの誘いに乗りながらも、一点だけに兵を集めていない。


 複数の場所で圧を掛け、こちらが一つを支えた瞬間、別の場所を破ろうとしている。


「まずい……!」


 勘助殿の顔にも焦りが浮かんだ。


「一箇所ならば支えられます。しかし、同時に四箇所は……!」


 その言葉の途中で、中央正面から轟くような声が響いた。


「ぬううううんッ!!」


 親父だった。


 大槍を横薙ぎに振るい、食い込んできた佐竹兵をまとめて押し返す。


「土浦衆、左を締めよ! 穴を空けるな! 政貞の後ろへ一兵たりとも通すでない!」


「「おおっ!!」」


 親父が支えている。


 だが、それでも敵は多い。


 親父の前にも、右にも、左にも、佐竹兵が殺到している。


 菅谷勝貞がどれほど強くとも、全ての穴を一人で塞げるわけではない。


「政貞!」


 葵の声が飛ぶ。


「右翼、本当に抜かれる!」


 見る。


 右翼では、慶幹が必死に槍を振るい、大野殿が兵を叱咤していた。


 しかし敵の勢いが強い。


 林際の狭い隙間から、佐竹兵がまるで水のように流れ込んでくる。


 このままでは右翼が裂ける。


 左翼では鹿島殿が踏み止まっている。


 だが、そこにも敵の旗が迫っていた。


 中央左は立て直しかけている。


 だが、また新たな指揮役が前に出て、兵をまとめ直そうとしている。


 中央正面は親父が支えているが、敵の圧は強い。


 一つを助ければ、別の場所が破れる。


 一箇所でも本当に抜かれれば、背水の陣は終わる。


 川を背にした俺達は、逃げることすらできずに押し潰される。


「……弓を」


 俺は呟いた。


「政貞様?」


 一郎太がこちらを見る。


「弓をこのまま使う」


 俺は息を整えた。


 槍では間に合わない。


 馬で走っても間に合わない。


 伝令を飛ばしても遅い。


 今、この瞬間に、複数の場所へ手を届かせる方法は一つだけ。


 弓だ。


 俺の弓だけだ。


「一郎太!」


「はっ!」


「矢を寄越せ!」


「それと、俺の狙う先を全弓兵へ伝えろ!」


「俺が射た場所へ、すぐ矢を重ねる!」


「は、はい!」


 俺は弓を握り直した。


 戦場の音が遠くなる。


 目の前の全てが、線になる。


 風。


 距離。


 旗。


 敵将の動き。


 馬の足。


 兵の流れ。


 全てが、弓の先に集まっていく。


 一射目。


 右翼。


 林際から食い込む佐竹兵の先頭で、赤い旗指物の武者が槍を振っていた。


 あいつが突破口を広げている。


 俺は弦を引く。


 放つ。


 矢は朝霧を裂き、赤旗の武者の喉元へ吸い込まれた。


「がはっ……!」


 武者が倒れる。


「右翼、赤旗の将が落ちた! そこへ矢を重ねろ!」


 一郎太が叫ぶ。


「弓兵、右翼林際へ! 放てぇ!」


 矢が集中する。


 右翼の佐竹兵が足を止めた。


 二射目。


 左翼。


 鹿島勢へ迫る敵の中で、太鼓役が激しく撥を振っていた。


 その音に合わせて、佐竹兵が前へ出ている。


 太鼓を止める。


 俺は狙いを移した。


 放つ。


 矢は太鼓役の胸を貫いた。


 太鼓の音が途切れる。


 左翼の佐竹兵が一瞬、動きを失った。


「左翼、太鼓が止まったぞ!」


「鹿島殿を支えろ!」


 三射目。


 中央正面。


 親父の左脇へ食い込もうとする敵の旗持ち。


 大きな旗が揺れ、その下へ兵が集まっている。


 あの旗を落とす。


 弦を引く。


 放つ。


 矢は旗持ちの腕を貫き、そのまま旗竿を弾いた。


 旗が倒れる。


「旗が倒れた!」


「勝貞様の前の敵が乱れたぞ!」


 親父がその隙を逃すはずがなかった。


「今だ! 土浦衆、前へ半歩! 押すな! ただし、敵を詰まらせろ!」


 親父の大槍が唸る。


 中央正面の佐竹兵が、倒れた旗を踏み越えようとして詰まった。


 そこへ土浦衆の槍が突き出される。


 四射目。


 中央左。


 先ほど討った将の後に、別の武者が兵をまとめようとしていた。


 予備の指揮役だ。


 佐竹の層は厚い。


 一人を討っても、すぐ次が出る。


 だが、次も討てばいい。


 俺は息を止める。


 敵武者が兜を上げ、叫ぶために顎を晒した。


 そこへ射る。


 矢は顎下へ突き立った。


 敵武者が声を失い、馬から落ちる。


「また将が討たれたぞ!」


「どこから射ている!?」


「小田の弓だ!」


「菅谷政貞だ!」


 佐竹兵の間に、ざわめきが広がった。


 今度は一箇所ではない。


 右翼。


 左翼。


 中央正面。


 中央左。


 次々と指揮役や旗が落ちた。


 それも、朝霧の向こうから。


 まるで戦場全てを見渡している何者かが、一つ一つ急所を射抜いているように。


 その恐怖が、佐竹兵の足を止めた。


「大将が射られた!」


「いや、こっちもだ!」


「旗が倒れたぞ!」


「太鼓が鳴らぬ!」


「命令はどうなっている!」


 佐竹軍の複数箇所で、同時に混乱が起こった。


 前へ進もうとする兵。


 指揮を待つ兵。


 倒れた旗を立て直そうとする兵。


 太鼓の代わりに法螺貝を探す兵。


 その全てが絡み合い、佐竹の勢いが鈍る。


「……神業か」


 勘助殿が呟いた。


 その声には、驚嘆と、そしてどこか恐ろしさが混じっていた。


「政貞様」


「まだだ」


 俺はさらに矢を受け取る。


「まだ止めただけだ」


 手が熱い。


 腕が痛む。


 だが止められない。


 ここで止めなければ、全てが終わる。


 五射目。


 右翼の法螺貝持ち。


 六射目。


 中央正面で親父を狙う弓足軽。


 七射目。


 左翼で鹿島殿の旗へ迫る槍頭。


 八射目。


 中央左で兵を押し戻そうとする馬廻り。


 次々に射る。


 外さない。


 外せない。


 一射ごとに、佐竹の声が乱れる。


 一射ごとに、小田の兵が息を吹き返す。


「右翼、押され止まった!」


「左翼、持ち直すぞ!」


「勝貞様の前、敵が詰まっている!」


「中央左、穴を塞ぎました!」


 報告が次々と飛ぶ。


 絶体絶命だった戦線が、ぎりぎりのところで繋がっていく。


 親父が振り返らずに叫んだ。


「政貞、よく射った! だが、そこで満足するな! 敵はまだ多いぞ!」


「はい!」


 俺は弓を下ろさずに答えた。


 親父は大槍を振るい、再び佐竹兵を押し止める。


 その背中は、今も中央の壁であり続けていた。


 氏治様も声を張る。


「皆、見たか! 政貞の矢が佐竹を止めたぞ! まだ我らは崩れておらぬ! 槍を上げよ! 小田はまだ戦えるぞ!!」


「「「おおおおおっ!!」」」


 小田兵の声が戦場に響く。


 先程まで死にかけていた士気が、一気に燃え上がった。


 佐竹兵は逆に足を止め、周囲を見回している。


 指揮役が倒れた場所。


 旗が落ちた場所。


 太鼓が止まった場所。


 複数の混乱が同時に起こったことで、どこへ進めばよいのか分からなくなっているのだ。


「政貞様」


 勘助殿が戦場を見据えながら言った。


「今ので、敵は混乱しました。ですが同時に、佐竹はさらに兵を押し出すでしょう。こちらを崩せると見たはずですからな」


「ああ」


 俺は荒く息を吐きながら、佐竹軍の奥を見る。


 敵は止まった。


 だが退いてはいない。


 むしろ、さらに後方から新たな兵が前へ出ようとしている。


 そうだ。


 来い。


 もっと前へ出て来い。


 佐竹義篤がどれほど慎重でも。


 目の前で小田が何度も崩れかけ、大将を討てる好機が見えれば、兵達は止まれない。


 そして、その兵達が前へ出れば出るほど。


 佐竹の大軍は、恋瀬川の前にある、この狭い戦場へ深く沈んでいく。


「勘助」


「はい」


「もう少しだ」


 俺は迫る敵軍を睨みながら言った。


「佐竹は、もう俺達の罠の中に入っている」


 勘助殿は静かに頷く。


「ええ。後は、牙を閉じる時を待つだけです」


 そして、その時が———。


 俺は弓を握り締めたまま、佐竹本陣を見据えるのだった。

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