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転生したら小田氏治の家臣だったので、滅亡の運命を変えます!  作者: 社長
第一部

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70話 佐竹戦その8

「殿、生きておられましたか!!」


「手当致します!! 少しだけお待ちを!!」


 付城へ辿り着いた俺達を見た兵達は、一斉に駆け寄ってきた。


 俺と葵はその場へ降ろされると、傷の手当を受けながら城内へ運ばれていく。


 辺りを見渡せば、そこには傷ついた兵ばかりだった。


 腕を失った者。


 肩を貫かれた者。


 横たわったまま動かぬ者。


 城内は負傷兵で溢れ返っていた。


 それでも皆、俺達の姿を見ると安堵したように笑ってくれる。


「殿が帰って来られたぞ!」


「まだ戦える!」


 その声を聞いているだけで、胸が締め付けられた。


 俺は生きて帰ってきた。


 葵も生きている。


 だが、三平太は———。


「政貞殿」


 低い声が聞こえた。


 振り向くと、そこには血に塗れた鎧姿の勘助殿が立っていた。


「勘助殿……!」


「ご無事で何よりです」


 勘助殿は珍しく、安堵したような笑みを浮かべた。


 その背後には、鹿島殿、大野殿、江戸殿、由兵衛、霧丸、ちよらの姿もあった。


「皆……!」


 生きていた。


 それだけで胸が熱くなる。


「政貞殿!」


「大将!」


「政貞」


「殿ッ!」


 俺の姿を見るなり、由兵衛達はこちらへ駆け寄ってきた。


「無事で何よりだ、政貞殿」


「江戸殿こそ、真壁殿に裏切られた時はどうなることかと……本当に生きていてくださって良かった」


「ははは……確かに生き残ることはできたが、重臣や兵を多く失った。もう残っている兵は二百もおらんよ」


 忠通殿はいつもの豪快な笑みを浮かべようとしていた。


 だが、その顔には隠しきれない翳りがある。


「……そう、ですか」


 無理もない。


 背後を突かれた。


 味方と思っていた真壁宗幹に斬り掛かられた。


 命からがら逃げることはできたとしても、家臣や兵達を多く失ったのだ。


 その胸中の苦しみは、計り知れない。


「大将!!」


 由兵衛が、俺の肩を掴む。


「生きてて本当に良かったぜ!! あの時はもう、本当に駄目かと思ったぞ!!」


「由兵衛、お主も無事で良かった。仲間達は?」


「野盗時代の奴らはな。けど、他の奴らは……」


 由兵衛はそこで言葉を詰まらせた。


 やはり、由兵衛達も兵をほとんど失っていた。


 霧丸も同じだろう。


「大将とは、ままならぬものだな」


 霧丸が、静かに言った。


「自分一人なら、逃げることは容易い。だが、仲間達もと思うと……途端に難しくなる」


 霧丸は拳を握り締めていた。


 普段は感情をあまり見せない男だ。


 だが今は、悔しさが顔に滲んでいる。


「助けられた命は、ほんの僅かだった」


「霧丸……」


「殿……」


 ちよが、目に涙を溜めながら近づいてくる。


「私達だけで逃げるのが精一杯だった。でも、殿や葵様が生きていたのが、せめてもの救いだよ」


「ちよちゃん……貴女も無事で良かった」


 葵が、ちよを抱きしめる。


 ちよは堪えきれなくなったのか、葵の胸に顔を埋めて泣いた。


 被害は、想像以上に大きかった。


 ここを出発した時よりも、明らかに半数以上が減っている。


 兵を失ったということは、仲間を失ったということだ。


 俺達は、かけがえのないものを多く失った。


 その時だった。


「殿」


 勘助殿が、静かに尋ねた。


「それで、三平太は……」


 その一言で、場の空気が凍り付いた。


 俺は俯き、小さく首を横へ振る。


「……橋を落とし、俺達を逃がしてくれた」


 沈黙。


 誰一人、言葉を発さない。


 だが、その静寂を破った者がいた。


「クソッ!! あいつ、何カッコつけて死んでやがるんだ!! 馬鹿野郎が!!」


 由兵衛だった。


 由兵衛は悔しさに顔を歪ませ、地面を何度も蹴りつけた。


 由兵衛は、この二年間を三平太と共に過ごしてきた。


 荒っぽく。


 馬鹿で。


 だが礼儀正しいところもある。


 そして誰よりも前に立つ三平太を、由兵衛は気に入っていた。


 だからこそ、その死を受け入れきれないのだろう。


 それは、他の菅谷隊の者も同じだった。


 古参の者ほど。


 彼といた時間が長い者ほど。


 その死を悲しみ、涙を流していた。


 霧丸もまた、俯いたまま肩を震わせている。


「……そうですか」


 勘助殿も、それ以上は何も言わなかった。


 だが、その顔を見れば分かる。


 勘助殿もまた、三平太の死を悼んでいた。


 皆、理解していた。


 三平太が自ら残ったことを。


 そして、その覚悟を。


 だからこそ、誰もその死を軽々しく口にはできなかった。


 


 ———その時だった。


「殿!!」


 一人の見張り兵が、城壁の上から駆け下りてきた。


「南方より味方の軍勢が接近しております!」


「味方?」


 勘助殿が眉をひそめる。


「旗印は……大掾家と、小田家です!」


 城内がどよめいた。


 慶幹達だ。


 だが、見張り兵の顔は青ざめていた。


「……後ろに佐竹軍もおります!」


 その報告に、勘助殿の表情が険しくなる。


 俺達はすぐに城壁へ駆け上がった。


 その先には、無数の松明が見える。


 先頭には慶幹。


 その後ろには武士や民兵達。


 だが、さらにその後方から、佐竹軍が追撃してきていた。


「慶幹殿……!」


 あの人達は、俺達を助けるために来てくれた。


 そして今、佐竹に追われている。


「城門を開け!」


 兵が叫ぶ。


「待て!」


 勘助殿の一喝が響いた。


「今開けば、敵まで雪崩れ込む!」


 その言葉に、皆が息を呑む。


 確かにその通りだ。


 あと少しの距離。


 しかし、その少しが届かない。


「勘助」


 俺は前へ出た。


「迎えに行こう」


「……危険です」


「それでもだ」


 俺は慶幹達を見据えた。


 今度は、こちらが助ける番だ。


「城門をただ開くのではない。門を開く前に、敵を押し返す」


 勘助殿は数瞬だけ考えた。


 そして、静かに頷く。


「……よろしい」


「鹿島殿!」


「応!」


「大野殿!」


「任された!」


「由兵衛、霧丸!」


「ああ!」


「承知」


 俺が声を張ろうとした、その時だった。


 城壁の上から、別の兵が叫んだ。


「お待ちください! 東方より、さらに味方の軍勢!」


「何だと!?」


 皆が一斉に東を見る。


 朝霧の向こう。


 土煙を上げながら、騎馬と歩兵の一団がこちらへ向かっていた。


 先頭に翻る旗は、菅谷の旗。


 土浦衆。


 そして、その先頭で大槍を担ぐ大柄な武者。


 見間違えるはずがない。


「父上……!」


 菅谷勝貞。


 俺の親父であり、土浦城主。


 小田家中一の猛将。


 その人が、戦場に戻ってきたのだ。


「菅谷勝貞だぁぁぁぁっ!! 政貞はどこだ! 小田の兵はどこだ! 生きている者は、声を上げろぉ!」


 親父の声が、戦場に轟いた。


 その声を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。


 親父は、宇都宮・結城方面へ向かっていたはずだ。


 政治様達と共に敵を押さえていたはずだ。


 そこから離脱して、ここまで来たのか。


 勘助殿が、驚きと安堵の混じった声で呟く。


「勝貞殿……間に合われたか」


「なぜ父上が……」


 俺が呟くと、霧丸が短く答えた。


「宇都宮・結城が崩れた後、すぐに兵を返したのだろう」


「いや、普通なら無理だ」


 由兵衛が呆れたように言う。


「ありゃあ、無茶して走ってきたんだよ」


 その通りだった。


 親父の兵は皆、疲れている。


 鎧には泥が付き、馬も泡を吹いている。


 それでも、足は止まらない。


 親父は追撃している佐竹兵の横腹へ、まっすぐ突っ込んだ。


「邪魔だぁぁぁぁっ!!」


 大槍が振るわれる。


 佐竹兵がまとめて吹き飛んだ。


「何だ!?」


「菅谷だ!」


「土浦の菅谷勝貞だ!」


 佐竹兵に動揺が走る。


 無理もない。


 慶幹達だけを追っていたところへ、横合いから菅谷勝貞の猛攻を受けたのだ。


 親父は大槍を振るいながら、前へ、前へと進む。


「政貞ぁぁぁっ! 生きておるなら返事をせい!」


 親父の声が響く。


 俺は、思わず城壁から身を乗り出した。


「父上! 俺はここです!」


 喉が裂けるほど叫ぶ。


 親父がこちらを見た。


 そして、にやりと笑った。


「何だ、生きておったか! ならば泣くのは後だ! まずは敵を叩き潰すぞ!」


 その言葉に、城内の空気が一変した。


 傷ついた兵達の目に、再び光が戻る。


 菅谷勝貞が来た。


 小田家中一の猛将が来た。


 それだけで、折れかけていた心が支えられる。


「殿!」


 勘助殿が俺を見る。


「今です。勝貞殿が外から敵を乱している。我らが内から出れば、慶幹殿達を救えます」


「ああ」


 俺は頷いた。


「動ける者、全員出撃! 城門を開け! ただし、敵を中へ入れるな! 門前で押し返す!」


「おおおおおッ!!」


 城門が開く。


 俺達は一斉に飛び出した。


 佐竹軍も、まさかこの状況で付城から打って出るとは思っていなかったのだろう。


「小田軍だ!」


「正面からも来るぞ!」


「隊列を整えろ!」


 敵が慌てて向きを変えようとする。


 だが、その背には親父の土浦衆が食い込んでいる。


 さらに慶幹達が外側から押す。


「今だァ!! 民達よ! あと一押しだ!!」


 慶幹が叫んだ。


「おおおおおッ!!」


 外側からは慶幹隊。


 横腹からは親父の土浦衆。


 内側からは俺達。


 三方向からの猛攻に、佐竹軍の包囲が大きく揺らいだ。


「突破しろ!!」


 俺も槍を振るい、包囲網を切り裂いていく。


 傷が痛む。


 腕も重い。


 だが、止まっている暇はない。


 鹿島殿が敵将を討ち取り、大野殿が槍隊を押し崩す。


 由兵衛は吠えるように槍を振るい、霧丸は隙間を縫うように敵の急所を断つ。


 勘助殿は後方から声を張り、退く者、押す者、守る者を的確に動かしていた。


「政貞!」


 親父が、敵兵を吹き飛ばしながらこちらへ近づいてくる。


「随分と派手にやられたな!」


「返す言葉もありません!」


「よい! 生きておるなら、それでよい!」


 そう言うと、親父は俺の前へ出た。


 大きな背中。


 幼い頃から何度も見てきた背中だ。


 その背中が、佐竹兵の前に立ちはだかる。


「菅谷勝貞が通る! 道を開けい!」


 大槍が唸る。


 敵兵が崩れる。


 その隙を、慶幹達が逃さなかった。


「道が開いたぞ!!」


「急げ!」


 慶幹が武士達を導き、続いて民達が一斉に城門へ雪崩れ込む。


「負傷者を先に!」


「子供と女を中へ!」


「急げ!」


 城内では、兵達が必死に民を引き上げていた。


 最後尾を守っていた慶幹も飛び込み、城門を潜る。


「全員入った!!」


「城門を閉めよォ!!」


「父上!」


 俺は叫んだ。


「父上も中へ!」


「分かっておる!」


 親父は最後に一人、追いすがる佐竹兵を槍で弾き飛ばす。


 そして、土浦衆を引き連れて城門へ駆け込んだ。


 重い音を立てて城門が閉ざされる。


 その直後。


 ドンッ!!


 佐竹軍が門へ激突した。


 だが、間に合わなかった。


     ◇


 俺達は息を切らしながら、城壁へ寄り掛かった。


 門の内側では、兵達が閂を押さえ、土嚢を積み上げている。


 そのすぐ近くで、慶幹達に連れられてきた民達が、傷ついた身体を休めていた。


 小田の民。


 大掾に従った旧臣達。


 武士。


 百姓。


 皆、傷だらけだった。


 それでも、その瞳だけはまだ死んでいない。


「政貞」


 低い声がした。


 振り向くと、親父が立っていた。


 血と泥に塗れた鎧。


 疲れ切った兵達。


 それでも親父は、いつものようにどっしりと立っていた。


「父上……なぜ、こちらへ」


「宇都宮と結城は、政治様が押さえた。ならばワシが残る必要は薄い。それに、嫌な胸騒ぎがしてな」


「胸騒ぎ、ですか」


「ああ」


 親父は俺を見下ろし、ふっと笑った。


「お前は賢い。だが、賢い者ほど、一度勝つと自分の読みを信じ過ぎることがある」


 その言葉が、胸に刺さった。


 何も言い返せなかった。


 親父は、俺の頭を乱暴に掴んだ。


「生きて戻ったならよい。失敗は後で悔やめ。今は、残った者を守ることを考えろ」


「……はい」


「よし」


 親父は頷くと、すぐに勘助殿へ向き直った。


「兵数は?」


 勘助殿は、城内を見渡しながら答えた。


「慶幹殿の兵と民兵、勝貞殿が連れて来られた土浦衆、こちらの残兵、合わせて、およそ三千二百」


 その言葉に、城内がざわめく。


 壊滅寸前だった小田軍に、再び立ち上がるだけの兵が集まった。


 だが同時に、城壁の向こうには、なお七千近い佐竹軍が陣を敷き始めている。


 戦いは、まだ終わっていない。


 親父は城壁の外を見つめ、豪快に笑った。


「三千二百か、悪くない」


「七千を相手にするには少ないですが」


 俺が言うと、親父は肩を揺らして笑った。


「何を言う。城があり、川があり、政貞がいて、勘助がいて、まだ槍を握れる者が三千もおる。ならば戦える」


 その言葉に、城内の兵達が顔を上げた。


 失ったものは大きい。


 三平太は戻らない。


 多くの仲間も戻らない。


 だが。


 親父の声は、沈みかけた心を無理やり引き上げる力があった。


「政貞」


 親父が俺を見る。


「泣くなとは言わん。悔やむなとも言わん。だが、それは勝ってからにせい」


 俺は息を呑んだ。


 そして、ゆっくり頷く。


「はい」


 城壁の向こうで、佐竹の陣太鼓が鳴る。


 こちらの付城は傷つき、兵は疲れ、多くの仲間を失った。


 それでも、菅谷勝貞が合流した。


 慶幹達も民を連れて戻った。


 生き残った者達は、まだ槍を握っている。


 戦いは、まだ終わっていなかった。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

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