69話 佐竹戦その7
「こたろう……さま?」
何だ、何が起こっている?
なぜ、常陸介や慶幹がここにいる。
なぜ、府中の民達がここにいる。
なぜ———氏治様がここにいるんだ?
「全軍、突撃せよ!!」
「「おおおォッ!!」」
民達は慶幹の号令を受けて鬨の声を上げると、一気呵成に攻めかかった。
よく見ると、その中には鎧を見に纏った武士もおり、見た事がない者も多かった。
「こ、こいつらッ!!」
「怯むな!! 迎え撃つのだァッ!!」
それに対して佐竹の兵達も動揺を見せつつも応戦する。
そしてたちまち佐竹の兵達は俺達から離れ、大掾の軍勢と佐竹の軍勢はぶつかり合った。
「な、何が起こってるの……?」
「わ、分からない……」
分からない、そう、分からないが……。
「行こう!!」
「わっ!?」
俺は葵の手を引くと、すぐさま走り出した。
逃げるなら今しかない。
俺は悲鳴を上げる体に鞭打ちながら走ると、氏治様の元を目指す。
「ま、政貞が逃げる!!」
「どこを見ているんだ!!」
「ぐあァッ!?」
民達のおかげで俺達は敵に襲われる事なく、進むことができた。
「政貞ァッ!! 葵ィッ!!」
「政貞殿!! 奥方様!!」
そして足がもう動かなくなろうという頃、氏治様と常陸介がこちらに駆けつけてくれた。
氏治様はすぐさま馬から降りると、前に倒れ落ちるほどの勢いでこちらへと駆けてくる。
そして俺達のそばまで辿り着くと、勢いよく俺達を抱きしめた。
「ふたりともぉ……無事で……無事でよかったぞぉ……!!」
「小太郎様……」
氏治様、本当に氏治様だ。
今まで幼い頃からずっと一緒にいたんだ。
雨と涙でぐしゃぐしゃになっていても、その姿を見間違うわけがなかった。
「小太郎様、なぜ……」
「殿、説明は後です」
すると、常陸介が現れ俺の身体を掴み、担ぎ上げた。
「話は馬に乗りながらしましょう。まずはここから離脱します」
「常陸介……分かった」
俺は常陸介の馬に、葵は氏治様の馬に乗せられるとそのままその場から離脱。
「クソッ、政貞が!! ぐあァッ!?」
「おめぇらの相手はおら達だ!!」
俺は振り返る。
すると、同じくこちらに振り向いた慶幹と目が合った。
その時、慶幹は俺の顔を見て微笑んだ。
助けられて良かった。
まるで、そう言っているような気がした。
そして佐竹の兵達を慶幹と民達に押し留めてもらいながら、俺達は逃げるのだった。
「それにしても、よくここが分かりましたね」
俺は常陸介の背に寄りかかり、馬に乗ってひたすら駆けていた。
どこへ向かっているかは分からないが、次第に見覚えのある景色になってくるのが分かった。
「しらみ潰しで探しておったのだが、見つけられて本当によかった!! ワシは今日ほど心の臓が苦しくなったことはないぞ!!」
どうやら、随分と心配をかけてしまったようだ。
それは反省をしないといけない、いけないが……。
「ですが、なぜ小太郎様達がここにいるんですか? 府中で待っているよう伝えておいたはずなのに……」
「お主が戦っているのに待っていられるわけがなかろう!! ワシはなぁ!!」
「コホン!!」
と、興奮する氏治様を静止するように常陸介は大きく咳払いをした。
「ここからは、私が話しましょう。まず、殿達を助けに参ろうと言い出したのは小太郎様でした」
「まあ、それは分かるが……」
こんなことを考えるのなんて、氏治様しかいないからな。
「まず小太郎様が相談したのは私と慶幹様でした。私は最初、やめるべきだと進言したのですが、小太郎様に強く同意したのが慶幹様だったのです」
「慶幹殿が……」
「それから小太郎様達は民達に殿を一緒に助けてもらえるよう協力を仰ぎに行きました。民達は小太郎様と殿に恩義があることから皆参加の意思を見せましたが、しかし肝心の武士達は難色を示していました」
武士達……元は大掾の者達のことか。
まあ、慶幹ならまだしも後から来た城主のために命をかけられるか、と思うのは分かるな。
「しかし、慶幹様は彼らを必死に説得し、殿を助けてくださるよう頼み込みました。その中には小田に仕えることを嫌い、浪人や地侍に戻った者達もいました。彼らは元々の主である慶幹様の言葉を聞き、援軍に参加してくれたのです」
「……」
それに対して、俺は何も言えなかった。
まさか慶幹が俺のためにそこまでしてくれたなんて。
彼は実質、俺に府中を奪われたようなものだ。
だというのに、彼は古い家臣に頭を下げてまで俺を助けに来てくれたのか。
俺は思わず目を閉じた。
胸の奥が熱くなる。
言葉にしようとしても、何も出てこなかった。
「……慶幹殿はこう仰いました」
常陸介は前を見据えたまま、静かに続ける。
「政貞殿は命を懸けてこの国を守ろうとしている。ならば今度は我らが政貞殿を守る番だと」
「……」
「もし政貞殿がここで討たれれば、大掾も小田も終わる。民も家も、何もかも失われる。それだけは絶対にあってはならぬ、とも」
慶幹……そこまで考えてくれていたのか。
俺は唇を噛んだ。
「もちろん、全員が納得したわけではありません」
常陸介は苦笑する。
「命を捨てる気か、佐竹軍相手に勝てる訳がない、と反対する者も大勢おりました」
「……だろうな」
「ですが慶幹様は最後にこう言われました」
常陸介は一拍置いた。
「勝てるから行くのではない。恩を返すために行くのだ、と」
その言葉を聞いた瞬間だった。
胸の奥に溜め込んでいた何かが、堰を切ったように込み上げてくる。
恩を返す。
そんな言葉を、俺に向けてくれる人がいたのか。
「……政貞」
後ろから葵の優しい声が聞こえた。
振り返ることはできなかった。
振り返れば、きっと涙を見られてしまうからだ。
俺はただ、小さく頷いた。
「そうか……」
それしか言えなかった。
すると今度は、氏治様が馬上から大きな声を上げた。
「当然であろう!」
いつもの調子だった。
「お主はワシの大事な家臣じゃ! 命を懸けてでも助けるに決まっておる!」
「小太郎様……」
「それにな!」
氏治様は胸を張る。
「ワシだけならまだしも、民まで助けに行くと言い出したのじゃ!」
「民が……?」
「そうじゃ!」
氏治様は嬉しそうに笑った。
「政貞様がいなければ今の暮らしはなかった、今度は私達が政貞様を助ける番だ、と言ってな!」
「……」
「年寄りも若い衆も女衆もじゃ! 皆が武器になりそうな物を持って集まってきたのだ!」
思わず息を呑む。
民が、自ら。
「流石に女子供まで戦わせる訳にはいかぬからな。戦える男衆だけを連れてきたのじゃ」
氏治様は豪快に笑う。
「いやぁ、止める方が大変だったぞ!」
「殿」
常陸介が静かに口を開く。
「あなたは思っている以上に、多くの者から慕われています」
その言葉が、胸に深く刺さった。
俺はずっと、自分が皆を守ってきたつもりでいた。
皆の期待に応えなければならない。
誰も死なせてはいけない。
俺だけが背負わなければならない。
そう思い込んでいた。
だが違った。
俺が皆を守ろうとしていたように。
皆もまた、俺を守ろうとしてくれていたのだ。
それが、こんなにも嬉しくて。
こんなにも苦しい。
……三平太。
お前も、きっと同じ気持ちだったんだな。
俺は静かに目を閉じた。
必ず生き残る。
お前達が命懸けで繋いでくれたこの命を、絶対に無駄にはしない。
そう心の中で誓った。
やがて馬は森を抜け、小高い丘を越える。
雨はいつしか小降りとなり、夜明け前の薄明かりが空を白ませ始めていた。
「あれを見よ!」
氏治様が前を指差す。
視線を向けると、そこには見慣れた旗印が翻っていた。
幾重にも築かれた土塁、柵。
そして、未だ煙を上げながらも立ち続ける付城。
「付城だ……!」
思わず声が漏れる。
落ちていなかった。
まだ、守り切ってくれていたのだ。
その瞬間、城上から見張りの兵が叫ぶ。
「殿だ!!」
「政貞様がお戻りになられたぞォ!!」
その声を合図に、付城の中が一斉に騒がしくなった。
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