63話 佐竹戦その1
恋瀬川東岸、付城築城二日目。
朝靄が晴れ始める頃には、工事は既に始まっていた。
「土をもっと盛れ!」
「杭を運べ!」
「木柵は南側から組め!」
大工衆と兵達が一斉に動く。
昨日一日で空堀はほぼ掘り終え、土塁も胸の高さまで築き上がっていた。
今日は木柵と櫓、門を仕上げれば第一の付城は完成する。
俺は土塁の上から全体を見渡した。
「……順調だな」
「ええ」
隣に立つ勘助殿も頷く。
「予想以上でございます。兵達の動きに無駄がありません」
それもそのはずだ。
この一年、戦だけでなく土木工事も訓練に組み込んできた。
堀の掘り方に土塁の築き方、木柵の組み方。
最初は文句ばかりだった兵達も、今では慣れた手つきで作業を進めている。
戦は刀だけではない。
城を築ける兵は、それだけで大きな戦力なのだ。
「政貞!」
霧丸が駆け寄ってくる。
「どうした」
「南方二里ほど先で土煙、兵数はおよそ七百」
やはり来たか。
築城中を狙うのは当然だ。
「旗印は?」
「佐竹だ」
「先遣隊でしょう」
俺は静かに頷いた。
「全員、配置につけ」
「工事中止!」
その声が響くと、作業していた兵達は一斉に道具を置いた。
誰一人慌てる者はいない。
鍬を槍へ、木槌を弓へ、先程まで工事をしていた男達が、瞬く間に兵へと変わる。
勘助殿が思わず感嘆した。
「……見事ですな」
「一年鍛えた成果さ」
やがて佐竹兵が姿を現した。
槍を揃え、鬨の声を上げながら街道を進んでくる。
先頭には一人の武将。
「小田の付城など、築き終える前に叩き潰せ!」
なるほど。
本隊到着前に潰すつもりか。
考えとしては悪くない。
だが――。
「弓隊」
俺は静かに右手を上げた。
「まだ撃つな」
佐竹兵は勢いのまま距離を詰めてくる。
百五十間、百間、八十間。
「……今だ、放て!」
次の瞬間、数百の矢が一斉に空を覆った。
「ぐあっ!」
「ぎゃあ!」
先頭の兵が次々と倒れる。
しかも高所からの射撃。
土塁の上から放たれる矢は、平地から撃つより遥かによく届いた。
「怯むな!」
「突撃しろ!」
敵将が叫ぶ。
だがその時。
「十字弓隊! 前へ!」
土塁の後ろから二十人ほどの兵が一斉に前へ進み出た。
その手には、和製クロスボウこと十字弓が握られていた。
敵将が怪訝そうに眉をひそめた。
「……何だ、あれは」
「知らぬ!」
「構うな! 突撃せよ!」
佐竹兵は勢いを緩めず駆けてくる。
俺は静かに右手を振り下ろした。
「放て」
ガシュッ!
乾いた音と共に、一斉に矢が飛び出した。
和弓ほどの射程はない。
だが、その分狙いは正確だった。
「ぐぁっ!」
「胸に……!」
「何だこの矢は!」
前列の兵が次々と倒れる。
しかも和弓のように熟練を必要としない。
訓練を積んだ常備兵ならば、誰でも一定以上の精度で撃つことができる。
「第二列!」
兵達は素早く後退する。
代わって後ろで装填を終えた第二列が前へ。
「放て!」
ガシュッ!
再び二十本の矢が飛ぶ。
「ぐああっ!」
「まだ来るぞ!」
佐竹兵は完全に勢いを削がれた。
勘助殿が感心したように頷く。
「やはり、命中性能は段違いですな」
「ああ。和弓ほどの威力はないが、兵の腕に左右されず、短期間で扱える。常備兵向きの武器と言えるだろう」
「見事です」
勘助殿は静かに笑った。
一方、敵将は焦り始めていた。
「怯むな! たかが二十人ではないか! 押し切れ!」
その命令と共に佐竹兵が再び前へ出る。
しかし、その頃には弓隊も射撃を再開していた。
頭上から降り注ぐ矢。
正面から飛んでくる十字弓。
二方向からの攻撃に、敵の隊列は次第に乱れていく。
「今だ」
真壁殿が俺を見る。
俺は頷いた。
「槍隊、前へ!」
門が軋む音を立てて開く。
「槍を揃えよ!」
百五十の槍兵が整然と歩み出た。
前列が膝をつき、後列が槍を構える。
何度も何度も訓練した槍衾。
「進め!」
ゆっくりと前進する槍の壁、乱れた佐竹兵はそれを受け止めきれなかった。
「ぐっ!」
「押される!」
「下がれ!」
槍衾は一歩、また一歩、確実に敵を押し返していく。
「何だこいつら!」
「本当に小田兵なのか!」
敵兵の叫びが聞こえた。
俺はその声を聞きながら、小さく息を吐く。
これが、この一年の成果だ。
もはや、野盗相手にも苦戦していた兵ではない。
日々鍛錬を積み、規律を叩き込まれ、互いを信じて動ける兵。
俺が目指した常備兵の姿が、今ここにあった。
「敵、退き始めたぞ!」
霧丸が叫ぶ。
見ると佐竹兵は完全に戦意を失い、街道を南へと退却していく。
「追撃はせぬのか?」
真壁殿が問う。
俺は首を横に振った。
「追いませぬ。我らの役目は敵を討つことではなく、この付城を完成させることです。深追いして兵を失えば、佐竹の思う壺です」
「分かった。兵達よ、下せ!」
兵達は一斉に槍を下ろした。
やがて戦場には静寂が戻る。
戦死はなし、負傷者は七人。
対する佐竹兵は、死傷およそ七十。
十分すぎる戦果だった。
兵達の間から歓声が上がる。
「勝ったぞ!」
「佐竹兵を追い返した!」
「俺達でもやれる!」
その声は工事をしていた大工衆にまで伝わり、現場全体が活気づいた。
俺はその様子を見て微笑む。
兵は勝って強くなる。
この勝利は、彼らに大きな自信を与えた。
そして俺自身もまた、心のどこかで思っていた。
———これなら、いける。
あと数日。
予定通り時間を稼げば、政治様達は必ず結城・宇都宮を破って合流してくる。
その時までは、この付城が佐竹を止めてくれる。
そう信じて疑わなかった。
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