61話 菅谷隊軍議
評定を終えたその日の夕刻。
俺は菅谷隊の面々を府中城内の一室へ集めていた。
集まったのは勘助殿、三平太、霧丸、鼠、それに各隊長達である。
机の上には街道と河川を書き込んだ地図が広げられていた。
「さて」
俺は皆を見回した。
「ここからは菅谷隊だけの話だ」
部屋の空気が引き締まる。
「評定でも話した通り、俺達はまず城を建てる。この三日間でな」
皆が静かに頷いた。
しかし、最初に口を開いたのは三平太だった。
「殿、一つ聞いていいですか?」
「何だ?」
「俺ぁ城のことは詳しくねぇんですが……」
三平太は頭を掻きながら言う。
「何で今なんです? 一年も準備する時間があったんでしょう? だったらもっと前から砦でも城でも造っときゃ良かったじゃねぇですか」
その疑問に、部屋の者達も頷いた。
「確かに」
「今から三日で築くなんて無茶では?」
「一年前ならもっと立派な城が造れたでしょうに」
当然の疑問だった。
俺は地図へ視線を落とす。
「理由は二つある。一つ目はな」
俺は街道を指でなぞった。
「一年前では、佐竹がどの道を通るか分からなかった」
皆が「あっ」と小さく声を漏らす。
「城ってのは、造った場所に敵が来なければ意味がない」
当たり前だ。
何百人も動員して築いても、敵が別の街道を通れば終わり。
逆に守る兵まで分散してしまう。
「今なら違う」
俺は街道の交差点を指差した。
「結城・宇都宮軍が西から動いた以上、佐竹はこれに呼応する必要がある。つまり進軍路が限られる。奴らは時間を合わせる必要があるから、最短でこの街道を進むと考えられる」
勘助殿が頷いた。
「確かに。敵の動きが読める今だからこそ、付城の場所を決められるということですな」
「その通り」
俺は笑った。
「そして二つ目、これが一番重要だ」
俺は皆を見回した。
「一年前から城を築いていたら、佐竹はどうする?」
一瞬静まり返る。
やがて霧丸が答えた。
「……迂回する」
「そうだ」
俺は頷く。
「あるいは完成する前に攻めて壊す。もっと言えば、佐竹だって馬鹿じゃない。一年もあれば、こちら以上の準備をしてくる」
今築くから意味がある。
完成した時には敵が目の前まで来ている。
だから壊す暇も迂回する余裕もない。
「つまり」
勘助殿が言葉を継ぐ。
「敵に考える時間を与えぬためですな」
「そういうことだ」
すると今度は三平太が首を傾げた。
「でもよ殿、三日で城なんか出来るんですか? 普通は何か月もかかるんじゃ?」
今度は皆が俺を見る。
俺は頷きながら言った。
「普通の城ならな」
地図の横へ簡単な絵を描く。
「今回築くのは立派な天守を持つ城じゃない。戦うためだけの付城だ。必要なのは三つ」
一本目の指を立てる。
「土塁」
二本目。
「空堀」
三本目。
「木柵」
「これだけだ」
俺は続ける。
「石垣は積まない。櫓も最低限。建物も兵が雨露をしのげる程度」
勘助殿が興味深そうに身を乗り出す。
「つまり防御施設だけを急造するわけですな」
「そう」
「しかも今回は」
俺は机の端から別の帳面を取り出した。
「この一年、無駄にしてたわけじゃない」
帳面には大量の資材が記されている。
「丸太三千本に板材、縄、杭、鍬、鋤、全部府中に集めてある」
三平太が目を丸くした。
「え?」
「いつの間に?」
「去年から少しずつ集めてたのさ」
俺は笑う。
「戦が始まってから集めてたら遅いだろ?」
さらに続ける。
「組み立て式だ。木柵も櫓も、一度加工しておけば現地では組み上げるだけで済む」
三平太が感心したように唸る。
「なるほど……材木を現地で切るのではなく、既に加工済みってことですか」
「そういうこと」
そして最後に俺は指を一本立てた。
「最大の理由は人手だ。兵八千、そのうち半分を築城、半分を警戒に回す。交代しながら昼夜ぶっ通しで働けば三日は十分だ」
静まり返る部屋。
やがて三平太が大きく笑った。
「はっはっは! 殿らしい! 城まで力業で生やしちまうってわけか!」
「力業じゃない」
俺も笑う。
「段取りだ。段取りさえ良ければ、人は驚くほど動く」
その時だった。
部屋の隅で黙っていた鼠が初めて口を開いた。
「殿」
「何だ?」
「佐竹にも忍びはおります。付け城を築けば、必ず探りに参りましょう」
「もちろんだ」
俺は即答した。
「だからこそ霧丸と鼠に頼みがある」
二人へ視線を向ける。
「築城場所は最後まで秘匿する。工事開始直前まで、偽の築城地を三か所流せ」
霧丸の口元が僅かに吊り上がる。
「撹乱か」
「そうだ。奴らが本物に気付いた時には、もう土塁が出来上がってる」
鼠も静かに頷いた。
「承知致しました」
「では、佐竹の忍びには存分に踊って頂きましょう」
その言葉に部屋の空気が少し和らぐ。
俺は最後に全員を見渡した。
「この付け城が、この戦の要になる。佐竹を止めるのは兵だけじゃない。土も木も、そして俺達の準備そのものが武器だ」
誰も口を開かなかった。
だが、その瞳には決意が宿っていた。
そして三日後、常陸の大地に、新たな城が姿を現すことになる。




