58話 真壁現る
秋風が吹き始めた頃。
俺は府中城の馬場で兵達の訓練を見ていた。
「槍を下げるな!」
三平太の怒号が響く。
百人隊が一斉に槍を突き出し、地面を震わせる。
まだ数ヶ月訓練しただけだが、最初と比べると随分様になっている。
これから一年後には十分、佐竹と戦えるレベルまで成長しているだろう。
俺は彼らの訓練する様子を見て、自分も鍛錬を始めようとした。
その時であった。
「久しいな、政貞殿」
突然聞こえた声に驚き、振り向く。
「貴方は……!?」
するとそこには現真壁家当主、真壁宗幹がいた。
真壁殿とは土浦城での戦いで共に戦った中であるが、あれから言葉を交わす機会はなかった。
しかし、なぜ真壁殿がこんなところに……。
「おっと、驚かせてしまったようだな。なに、少しばかり栄えているという府中が気になって視察に参った次第だ」
なるほど、そういうことだったか。
「それにしても、この府中は本当に栄えているな。百姓達は皆生き生きしておるし、市場の活気もワシの領地とはな比べ物にならぬ。政貞殿はその若さで内政の才もあるようだな」
領地で見てきたことを語りつつ、真壁殿は俺にそう笑いかける。
褒められるのに慣れていないわけではないが、ほぼ知り合いレベルのこの人にそこまで褒められるのはむず痒い。
「はははっ、有難きお言葉です。しかし、ここまで栄えたのは民の協力のこの土地の持つ価値を活かしたが故のこと。私一人では成し遂げられませんでした」
「ふむ、その若さで謙虚さも身につけておるとはな。勝貞殿は良き倅を持った。全く羨ましいわい」
「羨ましい、ですか……しかし、真壁殿の嫡男である久幹殿も武勇に優れた武士であると聞いていますが……」
「確かに武勇はいずれ小田家一となり得る才がある。しかし、政の才は乏しい。武で功を立てることはできても、お主のように政で功をあげることはできぬよ」
「そうなのですか……」
鬼真壁って言うぐらいだから俺は元々、脳筋のゴリラ男を想像していたが、やはりそんな感じなのだろうか。
まあともかく、絶対に敵にしたくはない相手だな。
そして、そうして話しているとふと、真壁殿は兵達に視線を向けた。
「なるほど……百姓だった者共がこれほど揃って動くとはな。よく連携も取れている」
「時間は掛かりましたがな」
「それでも一年も経っておらぬではないか、十分だ」
真壁殿は感心したように頷いた。
「普通なら十年掛けてもここまでは育たぬ」
「買いかぶりですよ」
「いや政貞殿、お主は本当に面白い」
突然、そう言われた。
「面白い、ですか?」
「城を攻めるより田畑を耕し、武士より百姓を育てる」
くつくつと笑う。
「そんな若造は見たことがない。若武者は血気にはやり、政よりも武功に目を向ける者が多いからな」
「そうですね……ですが私がやっているこの準備も兵達を強化し、戦場で武功を立てるためにやっています。全ては戦のためです」
「なるほどな。国を豊かにするのも、その一環であると?」
「その通りです」
俺が頷くと、真壁殿はしばし何かを考えた後、空を見上げた。
「お主と若様が考えた新農具や水車、その他数々の政策により、確かに国は豊かになった」
そう呟く。
「今年の収穫は見事じゃった」
「ありがとうございます」
「兵も増えた」
「はい」
「鹿島も取った」
「ええ」
真壁殿は静かに頷く。
そしてこちらを見据えると、やがて口を開いた。
「……正直に言おう」
「はい」
「わしは最初、お主を侮っておった」
真壁殿はまっすぐ、そう言い切った。
「若造が好き勝手やっておるだけだと思っておった」
「そうでしたか」
またそう思われても仕方ない。
俺は実際に、この時代に存在しないこと、この時代では有名でないことをあれこれやっていたからな。
普通なら馬鹿にされたり、否定されてもおかしくはなかっただろう。
これまでのことを苦労せず実行に移せたのは、全て政治様の寛容さがあってのことである。
「じゃが違った」
真壁殿は首を振ると、俺を真っ直ぐ見る。
「あれだけ荒れていた領内を一年足らずでここまで立て直すとは、認めねばなるまい」
まさか、国人衆の中でも気位の高い真壁殿からそんな言葉が出るとは思わなかった。
「光栄です」
「ふっ」
氏幹は小さく笑う。
「じゃがな」
その時、少しだけ声色が変わった。
「政貞殿」
「何でしょう」
「お主はどこまで行く?」
「どこまで?」
真壁殿は頷く。
「鹿島を取り、兵を増やし、忍びまで抱えた」
氏幹はゆっくり歩きながら続ける。
「次は何を取る?」
俺は少し考えた。
「まずは、この国を守ることです」
「その先は?」
「その時にならねば分かりません」
「そうか」
真壁殿は意味ありげに笑った。
「わしなら違う」
「と、言いますと?」
「取れるなら全部取る」
即答だった。
「国も城も人も」
その目には野心が宿っていた。
「乱世とはそういう世じゃ」
俺は少しだけ黙った。
「……真壁殿らしいですね」
「はっはっは! むしろお主に野心がなさすぎるのだ! 武士たるもの、少しは胸に野心を秘めていても良いと思うぞ」
「野心、ですか……しかし俺にはどうにも……」
「なに、簡単に考えれば良い。目指すべき道、夢と言い換えてもいいかもしれぬな」
夢、夢か、夢ならばある、それは……。
「夢なら、あります」
「ほう、それは何だ?」
真壁殿は興味深そうな様子で聞く。
俺はその目を見て、真っ直ぐに答えた。
「この小田家を何者にも脅かされない家とする。それが俺の夢です」
そうだ、史実の小田家は国力で他家に負け、弱かったからこそ、それが小田城を失い、滅びる原因となった。
ならば、滅ぼされないほど強くなればいい。
勿論、民にいい生活をしてほしいという理由もあるが、全ては小田家を強くするため。
ただ、それだけなのだ。
それを聞いていた真壁殿はただじっと俺を見ていた。
「……大きいな」
そしてそう言うと、真壁殿は笑みを浮かべた。
「小田家を他家に脅かさせない。そのためであれば常陸……いや、関東を取ることも考えるか?」
「はい。必要とあらば」
「ぷっ! はははははっ!!」
即答したのが面白かったのか、真壁殿は突然大笑いし出した。
何だろう、笑いのツボが分からない。
「そうかそうか。無欲な男と思っていたが、その実欲深い男であったのだな。まこと、おもしろき男よ」
「褒めていただけるのであれば光栄です」
「ははははっ! ワシもお主のような者を仲間に持てて光栄だ。これからも、よろしく頼むぞ」
「はい!」
俺は真壁殿が差し出した手を掴み、握手を交わした。
すると真壁殿は手を離し、後ろに待たせていた馬へ乗った。
「さて、ワシはそろそろ行くとしよう。忙しいところ済まなかったな」
「いいえ、貴重な時間を過ごさせていただきました。今度は、私が真壁殿の領地を見学したいです」
「その時は歓迎するぞ! それではな!」
真壁殿は大きく手を振ると、馬を走らせ、去っていった。
いきなり来た時は驚いたが、何だかんだ楽しかったな。
しかし、野心か……武将なら皆んな持っているものなのだろうか。
まあ、それがなくても俺は今までやっていけているし、必要はないか。
さて、話していい気分転換になったし、気合い入れて鍛錬をしますか。
俺は弓を取ると、その場を後にするのだった。
帰り道、真壁宗幹は一人馬に乗り、遠くを見ていた。
「……政貞殿、ワシも己が野望を果たすため、動こうぞ」
誰にも聞こえないほど小さな声。
その視線は、豊かになり始めた小田領ではなく、そのさらに先———まだ見ぬ広大な領地へ向けられていた。
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