56話 一か月の成果
あれから更に一か月が経ち、九月の下旬となった。
今日はこの一か月で集まった兵の数を合算する日であり、霧丸が連れてきた忍び達が知り合いの忍びを連れてくる日でもある。
朝から評定の間は慌ただしかった。
この一か月、募集は予定通り七日に一度行われた。
最初こそ物珍しさで集まった者も多かったが、回を重ねるごとに噂が広まり、志願者の数はむしろ増えていった。
城下の者達の間では、
『小田は飯を食わせてくれる』
『働けば身分を問わず取り立てられる』
『訓練は厳しいが銭払いは確かだ』
などと語られているらしい。
良い噂も悪い噂も広がっていたが、人が集まるという意味では成功していた。
「さて」
俺は評定の間で姿勢を正した。
「結果を聞こうか」
すると勘助殿が書付を広げる。
「はっ」
その声に皆の視線が集まった。
「まず、これまでの募集で集まった志願者総数は三千百七十二名」
「ほう……」
思わず声が漏れる。
想像以上だった。
三平太も目を丸くしている。
「そんなに来てたのかよ」
「ただし」
勘助殿はそこで言葉を切った。
「全員を採用したわけではございませぬ」
「まあ当然だな」
「選抜の結果、正式に訓練兵となった者が千二百四十六名」
かなり削ったな。
だが妥当だろう。
志願者の中には最初から兵に向いていない者もいた。
腕力も体力も足りない者、規律を守れない者、途中で逃げ出した者。
そうした者は容赦なく落とした。
「さらに一か月の訓練で脱落した者が二百八十三名」
「多いな」
「怪我、病、逃亡、規律違反などですな」
勘助殿が淡々と答える。
俺は頷いた。
むしろ想定より少ない。
現代の感覚なら厳し過ぎるかもしれないが、今は戦国時代だ。
兵糧も銭も限りがあるし、戦場に出せない兵を抱える余裕はない。
「現在残っている訓練兵は九百六十三名」
九百六十三。
まだ千にも届かない。
「十分だ」
だが、俺はそう言った。
数だけならもっと集められる。
だが大事なのは質だ。
「訓練の進み具合は?」
俺が尋ねると、三平太が前に出る。
「上出来ですぜ」
「ほう?」
「最初は隊列も組めねぇ連中ばっかりでしたが、今じゃ百人単位で動かせます」
その言葉に少し嬉しくなる。
隊列行動、これが意外と難しい。
戦国の兵は個人で戦うことには慣れている。
だが集団で動く訓練はほとんど受けていない。
だから最初は酷かった。
歩幅は揃わない、勝手に前へ出る、命令を聞き逃す、とまぁ散々だった。
だが一か月毎日叩き込んだ結果、少しずつ形になってきた。
そして俺は、この前目をかけたあの青年のことを聞くことにした。
「一郎太は?」
「弓ですな」
三平太が答える。
「槍は相変わらず駄目ですが、弓は筋が良い」
「ほう」
「まだまだですけど、伸びますぜ」
俺は頷いた。
やはり人は分からない。
槍が駄目でも弓がある。
弓が駄目でも別の役割がある。
それを見極めるのも指揮官の仕事だ。
「殿」
その時だった。
霧丸が口を開く。
「忍びの件だ」
待っていた話だ。
俺は姿勢を正す。
「聞こう」
「この一か月で増えた忍びは二十三名」
「二十三?」
思ったより多い。
「抜け忍、野伏り、流れ者、様々だ」
霧丸は続ける。
「使える者だけ選んだ」
「質は?」
「悪くない」
短い。
だが霧丸がそう言うなら信頼できる。
「その中でも面白いのがいる」
「面白い?」
「来い」
霧丸が声をかける。
すると障子の向こうから一人の男が現れた。
年は三十前後。
背は低く、痩せている。
どこにでもいそうな顔だった。
だが気配がない。
評定の間に入ってきたのに、存在感がまるでない。
気を抜けば見失いそうになる。
明らかに只者ではない男だった。
「……誰だ?」
俺が聞くと男は一礼し答えた。
「鼠と申します」
「本名は?」
「忘れました」
さらりと言った。
評定の間が静まり返る。
「忘れた?」
「はい」
鼠は平然としている。
「長く忍びをやっておりますので」
ほう、なんかいかにもって感じの忍びだな。
創作物だとこういう手合いは大体できる奴だ。
「ちなみに、潜入なら俺より上だ」
霧丸はさらりとそう言った。
その一言で空気が変わる。
霧丸より上、それは尋常ではない。
何せ、霧丸は風魔の元上忍。
それよりも格上ということだからだ。
「……なるほど」
俺は鼠を見つめる。
男は微笑んでいた。
だが目は笑っていない。
「よろしくお願い致します、殿」
柔らかな声だった。
それなのに何故か寒気がする。
この男、敵に回したくない類の人間だ。
だが同時に、それは味方にすれば頼もしい相手だということだ。
霧丸が連れて来た相手だしこちらに害をなす者ではないだろう。
少し苦手だが、頼りにさせてもらおう。
そして兵九百六十三に忍び二十八、現在の菅谷隊の面々と合わせれば兵は約千五百に忍び衆は四十人、いっぱしの数である。
といっても、質に関してはまだまだこれからではあるがな。
「で、殿。そろそろお楽しみのあの時期ですな」
「ああ、俺たちにとっても民達にとってもな」
三平太の言葉に俺は頷く。
そう、九月の下旬を迎えた今もうすぐあれが行われる。
そう、この一年丹精を込めて育てた稲を刈り集める収穫祭が。
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