54話 菅谷隊とこれから
「さて、皆と集まるのは久しぶりだな」
七月の下旬、俺は久々に菅谷隊の面々達と会っていた。
最近は評定や領内の視察やらで忙しかったので、数ヶ月ぶりである。
勘助殿とはちょくちょく会っていたが、三平太や由兵衛と会うのは久しぶりだ。
ちなみに、今日は風魔衆頭目である霧丸とちよもいるが、なぜか葵までいる。
突然葵は菅谷隊に入ると言い出し、菅谷隊の精鋭5人を倒したら文句を言わずに入れろと言った挙句、その5人を容易く倒してしまったのである。
ちなみにその中には三平太や由兵衛もいた。
勿論、身体能力では負けていなかったが、葵の剣術の腕と身のこなしが圧倒的であったため、敗北してしまったのだ。
その動きは俺と戦っていた時よりもはるかに良くなっていた。
全く末恐ろしい奴である。
何でも暇な時にちよと稽古をしているらしく、強くなった理由としてそれも大きいだろう。
今の葵には俺も勝てるか分からないのが正直なところだ。
まあというわけで、今回は葵や風魔を加えた菅谷隊の面々と今後について話し合おうと思っていたわけである。
そしてまず、口を開いたのは由兵衛だった。
「まあ殿は忙しいんだからしょうがねえよ。しかし、俺らを呼び出したってことは久々に菅谷隊で動ける暇ができたってわけだろ?」
「ああ。政務の方は凝淵斉殿や常陸介に任せている。しばらくはこっちで動くつもりだ」
「そりゃあいい! やっぱり殿がいないと張り合いがありませんからね!」
三平太の言葉に、皆も同意するように頷いた。
「ははっ、俺も書面よりお前達の相手をしていた方が楽しいよ。それで、今後の事だが俺は常備兵を増やそうと思っている」
「常備兵、ですか?」
「何ですか、それ?」
三平太をはじめとする百姓上がりの者達はピンとこないのか首を傾げた。
それに対して、勘助殿が説明する。
「簡単に言えば、戦に応じて徴兵する農民兵でなく、銭で雇い、常に戦を行えるよう備え鍛えさせる専門の兵士のことだ」
その言葉に、皆が合点がいったのか頷く。
「なるほど、つまり俺らのことだな!」
その言葉に、俺と勘助殿は頷いた。
「そうだ、この菅谷隊は常備兵の前身。菅谷隊を参考にして戦を専門とする部隊を作るんだ」
「なるほど! それで、数はいくら集めるつもりなんですかい?」
「今年はまあ五百として……最終的には二千だ」
俺がそう言うと、皆はどよめいた。
「に、にせんですか!?」
「随分と多いですね!?」
はははっ、予想通りの反応だな。
俺は皆の反応が面白く笑っていると、葵が袖を掴んで引っ張ってきた。
葵は俺の方を見て、挑発するような笑みを浮かべている。
「でも、アンタのことだから集める算段はつけてるんでしょ?」
「ハハっ、勿論さ」
俺はまず、霧丸へと視線を向けた。
「霧丸。これからのためにも忍びを更に集めたいと思っている。当てはあるか?」
「あると言えばあるが、彼らが小田につくとは限らんぞ?」
「分かっている。できる限りの数を集めてくれないか?」
霧丸は腕を組み、しばらく考え込んだ。
風魔衆の頭目として、どこにどのような忍びがいるか把握しているのだろう。
「……まあ、やってみよう」
やがてそう言った。
「北関東には主を失った忍びも少なくない」
「戦で滅んだ家もあるし、食い扶持を求めて流れている者もおる」
なるほど、戦国というのは武士だけでなく、忍びにとっても厳しい時代だ。
「だが問題は金だな」
霧丸が言う。
「腕の良い忍びほど安くは動かん」
「そこは任せろ」
俺は即答した。
「今の小田なら払える」
市場の税収に商人からの通行税、新たに増えた農地。
以前とは事情が違う。
無駄遣いさえしなければ十分に賄える。
「相変わらず景気の良い話だ」
霧丸は苦笑した。
「ならば声をかけてみよう」
「頼む」
これで情報網はさらに強化できる。
佐竹と真正面から戦うつもりはない。
だが、情報戦で負けるつもりもなかった。
それに、忍びの強さは折り紙つきだ。
いざとなれば戦でも期待できる。
すると今度は勘助殿が口を開いた。
「常備兵二千という話ですが、それだけの兵を養うとなれば、武具も必要になりますな」
「その通りだ」
俺は頷いた。
兵は集めれば終わりではない。
槍に鎧、弓に馬と全てが必要だ。
「だからまずは五百だ」
地図を広げる。
「最初から二千を集めるつもりはない。まずは五百、その五百を精鋭として育てる」
三平太が腕を組む。
「俺達が教官になるってことですか?」
「そういうことだ」
俺が頷くと、三平太は嬉しそうに笑った。
「面白そうじゃねえか!」
「お前ならそう言うと思ったよ」
由兵衛もニヤリと笑う。
「つまり俺達の部下ができるわけだな」
「調子に乗るな」
勘助殿が即座に頭を叩いた。
広間に笑いが広がる。
だが、俺は真面目な顔に戻った。
「ただし、数を増やすだけでは意味がない」
全員の表情が引き締まる。
「今の戦は農民兵中心だ。それが悪いとは言わない。だが限界がある」
戦が終われば畑へ戻る。
訓練の時間も少ない。
経験も積みにくい。
「だから俺は変える」
そう言って地図を指差した。
「小田家はこれから常備兵を中心とする軍へ変わっていく」
戦国ではまだ珍しい考え方だ。
だが、俺は知っている。
後の時代を制するのは、訓練された常備軍だということを。
「……なるほどな」
勘助殿が静かに呟いた。
「殿は軍そのものを変えようとしておるのですな」
「ああ」
俺は頷いた。
「佐竹に勝つには必要だ」
その言葉に皆が黙る。
佐竹家、今の常陸最強。
その名は重かった。
しかし、その静寂を断ち切ったのは男達ではなかった。
「佐竹が何さ、私達だって坂東武者だよ。格の違いってやつを見せてやろうよ」
「そうですよ! 坂東武者に風魔、これが合わされば鬼に金棒です!」
葵とちよ、二人の少女は意気揚々とそう言ってのけた。
そんな二人の姿を見て、俺達の顔には思わず笑顔が浮かんだ。
「やれやれ情けねえ、姫様達はこんなに強気なのに俺達がビビってちゃいけねぇな」
「ははっ、全くその通りだな」
由兵衛が頭を掻きながら笑う。
三平太も負けじと胸を叩いた。
「佐竹だろうが何だろうが、殿の考えた兵なら負ける気はしねえ!」
「お前は単純すぎる」
勘助殿が呆れたように言う。
だがその口元は少し緩んでいた。
俺も苦笑する。
しかし、こういう空気は嫌いではない。
不安はある。
佐竹家は強い。
だが強敵だからといって萎縮していては勝てる戦も勝てなくなる。
「よし」
俺は皆を見渡した。
「まずは五百人だ」
「今年中に形を作る」
その言葉に皆が頷く。
だがそこで勘助殿がふと眉をひそめた。
「しかし殿」
「どうした?」
「常備兵を増やすなら、もう一つ考えねばならぬことがあります」
何だろう。
俺が首を傾げると、勘助殿は地図を指差した。
「城です」
「城?」
「はい」
なるほど、言われてみればその通りだ。
「兵が増えれば駐屯地が必要になる」
「訓練場も必要だ」
「武具の保管場所も必要」
勘助殿は続ける。
「今の府中だけでは足りなくなるでしょうな」
確かに、今は菅谷隊程度なら問題ない。
だが五百、さらに千、二千となれば話は別だ。
「……」
俺は地図を見る。
霞ヶ浦、土浦、府中、そして各地の支城。
「そろそろ本格的に城の整備も必要か」
「その通りです」
勘助殿が頷いた。
すると今度は霧丸が口を開く。
「それなら一つ気になる話がある」
全員の視線が向く。
「何だ?」
「最近、佐竹が城普請を増やしている」
空気が変わった。
先ほどまでの和やかさが消える。
「確かか?」
「風魔の者達が見ている」
霧丸は真顔だった。
「太田周辺だけじゃない。北部各地の城も補強されている」
やはりか、俺は小さく息を吐いた。
兵糧の買い集め、兵の招集、そして城の補強。
偶然ではない。
義篤殿は確実に何かを準備している。
「戦支度だな」
勘助殿が呟く。
「だろうな」
俺も同意した。
問題はどこへ向かうかだ。
北か、それとも南か。
そう考えていると、勘助殿が口を開く。
「佐竹がまだこちらへ攻めてくるには時期尚早でしょう。肝心の北をまだ抑えられていませぬ。とするならば」
「北への備えか」
俺がそう言うと、勘助殿は静かに頷いた。
「おそらくは」
広げられた地図の北方を指差す。
「佐竹家にとって最大の脅威は未だ北にあります」
勘助殿の言う通り、佐竹にとって北は大きな脅威だ。
常陸を統一したい佐竹家にとって、背後を脅かされる状態は好ましくない。
「つまり、今すぐ我らへ総攻撃を仕掛ける可能性は低いと」
三平太が確認するように尋ねた。
「低い」
勘助殿は即答した。
「だが全くないわけではない」
その一言に皆の表情が引き締まる。
そうだ、相手は佐竹義篤。
常陸随一の名将である。
こちらが考えることなど当然考えているだろう。
「むしろ怖いのは別だ」
霧丸が口を開いた。
「別?」
「戦そのものではない」
霧丸は細い目をさらに細めた。
「調略だ」
その言葉に、皆が黙った。
確かに、戦ならまだ分かりやすい。
兵を集め、迎え撃てばいい。
だが調略は違う。
いつ始まり、どこから手が伸びてくるか分からない。
「先日の評定でまとまったとはいえ、佐竹が完全に諦めたは限らない。また調略の手を伸ばしてくるのなら、むしろ今後はもっと巧妙になるだろうな」
それは俺も同感だった。
義篤殿が簡単に諦めるとは思えない。
一度失敗したなら、次は別のやり方を考える。
そういう男だろう。
「だからこそ忍びを増やす」
俺は言った。
「敵の動きを知り、こちらの内情を探らせない」
「そして何より、裏切りの芽を早いうちに摘む」
由兵衛が腕を組んだ。
「嫌な仕事だな」
「だが必要な仕事だ」
勘助殿が答える。
「戦は始まる前に勝敗が決まることも多い」
その言葉に、俺は思わず頷いた。
まさにその通りだった。
戦場で勝つ前に行った準備、その積み重ねこそが勝敗を決める。
「……よし」
俺は手を打った。
「方針は決まった」
皆がこちらを見る。
「常備兵五百の創設に忍び衆の拡充、支城と訓練場の整備、そして情報収集の強化」
一つ一つ確認するように言う。
「佐竹が動くなら、その前にこちらが準備を終える」
誰も反対しなかった。
むしろ、皆の目はどこか楽しそうだった。
「殿」
三平太がニヤリと笑う。
「つまり忙しくなるんですな?」
「なるな」
「よっしゃ!」
何故そんなに嬉しそうなんだ。
俺が呆れていると、由兵衛も笑った。
「暇よりずっといい」
「違いねえ」
二人は本当に似た者同士だ。
そして葵も笑いながら言った。
「どうせなら府中も北条の小田原ぐらいでっかくしようよ!」
また葵は突拍子もないことを言うなぁ。
しかし、それは中々魅力的な言葉だった。
「小田原か……今は無理でも、いずれは目指したいものだな」
「あれは日の本でも三本の指に入る名城です。一度見たことがありますが、その時は圧倒されましたな」
へぇ、勘助殿がそこまで言うなんてやっぱりすごいんだな。
この時代の小田原城か……一度はみたいものだ。
「まあとりあえず、霧丸には忍び衆を集めに行ってもらいたい。風魔の上忍に直接声をかけられたとなれば相手方も悪い気はしないだろう。受けてくれるな?」
「勿論だ」
「あっ! じゃあ私も行くよ兄さん!」
ちよは意気揚々と名乗り出るが、霧丸は手で制止した。
「駄目だ」
「えー、なんで!?」
「お前は葵様を守るという大事な役目があるだろう。今回のことは俺に任せておけ」
「むー、分かったよ〜……」
ちよは不満そうだったが渋々頷いた。
まあちよは腕はいいが、余計なことまで喋りそうだから当然と言えば当然である。
「次に兵をどう集めるかだが……その前に勘助、3週間前に始めた楽市楽座政策と関所の関税削減の効果はどうなっている?」
俺がそう尋ねると、勘助殿は懐から数枚の書付を取り出した。
「予想以上ですな」
その一言に皆が興味深そうに身を乗り出す。
「府中へ入る商人の数はおよそ三割増」
「三割!?」
三平太が目を丸くした。
勘助殿は頷く。
「元々、佐竹や宇都宮との境に近く、霞ヶ浦の水運も利用できる土地ですからな。関所の負担が軽くなれば商人が集まるのは当然です」
なるほどな。
俺も大体は予想していたが、三割という数字は想定以上だった。
「市も賑わっております」
勘助殿は続ける。
「新しく店を構えたいという者も増えておりますな」
「それは良いことだ」
俺は頷いた。
商人が増えれば税収が増え、兵を養い、領地を守ることができる。
全ては繋がっているのだ。
「それにもう一つ」
勘助殿は口元を僅かに緩めた。
「百姓達の評判も悪くありませぬ」
「ほう?」
「商人が増えれば農産物も売れますからな。特に野菜や果物を扱う者達は喜んでおります」
それは大きい。
百姓に利益が出れば田畑は増える。
田畑が増えれば石高も上がる。
石高が上がればさらに国力が増す。
好循環だ。
「つまり兵を増やす土台は出来つつある、と」
「左様」
勘助殿は力強く頷いた。
俺は地図の上に指を置いた。
府中、土浦、霞ヶ浦沿岸。
今後発展させるべき場所はいくらでもある。
従来の小田領内も、発展させる余地はまだまだあるはずだ。
「ならば兵の募集も急げるな」
その言葉に由兵衛が反応した。
「募集ってどうやるんです?」
「腕の立つ者を集める」
「そりゃ分かりますが」
由兵衛は苦笑する。
「どこから連れてくるんです?」
確かにもっともな疑問だ。
だが、それについても考えはあった。
「浪人だ」
俺は答えた。
「それと次男三男だな」
戦国の世には主を失った武士が溢れている。
また家督を継げない武士の子も多い。
そうした者達は仕官先を求めている。
「なるほど」
勘助殿が納得したように頷いた。
百姓兵ではなく、戦を生業とする者達を集める。
それが俺の目指す軍だった。
「ただし条件がある」
皆を見る。
「腕だけでは採らない」
「え?」
三平太が首を傾げた。
「腕が良くても素行が悪い者は採用しない」
俺は断言した。
「酒癖の悪い者、勝手な行動を取る者、命令を守らない者、そうした者は不採用とする」
軍というのは集団だ。
集団というのは統率が取れてこそ、その強みを発揮する。
それを乱されては軍の強みが薄れてしまうからな。
「確かにな」
由兵衛が頷いた。
「そういう奴は戦場でも面倒だからな」
「だから選抜する」
俺はそう言って三平太達を見る。
「お前達には教官だけでなく、その選抜も任せる」
「俺達が?」
「そうだ」
俺は笑った。
「お前達以上に現場を知る者はいないからな」
その言葉に三平太達は嬉しそうな顔をした。
特に三平太は分かりやすかった。
「任せてください!」
「厳しくやるぞ?」
「望むところです!」
全く、頼もしい限りだ。
すると、それまで黙っていた葵が不意に口を開いた。
「ねえ」
「何だ?」
「その五百人だけどさ」
葵は少し真面目な顔になっていた。
「ただ強いだけじゃ駄目なんでしょ?」
「ああ」
「だったら一つ提案」
全員の視線が葵へ集まる。
「隊を分けた方がいい」
「隊を?」
「うん」
葵は当然のように言った。
「槍が得意な人、弓が得意な人、馬が得意な人、全部同じ訓練じゃ効率悪いでしょ?」
俺は思わず目を見開いた。
勘助殿も少し驚いた顔をしている。
それはまさに俺が考えていたことだった。
「……お前、本当に頭が良いな」
「何それ」
葵は呆れたように言った。
「普通じゃない?」
いや、この時代でそれを自然に言えるのは普通ではない。
勘助殿も感心したように頷いている。
「確かに理に適っておりますな」
「ふふっ、でしょ?」
葵は得意げだった。
「私は剣術担当でいいよ」
「勝手に決めるなっての」
俺がそう言うと広間に笑いが起こる。
だが実際、葵の腕なら教官役も十分務まるだろう。
ちよも負けじと言った。
「じゃあ私は忍び担当!」
「それは風魔衆がやる」
「えー! 私もなんだけど!」
また笑いが起こる。
こうして見ると、本当に良い仲間に恵まれたと思う。
強く、忠実で、そして前向きだ。
佐竹は確かに強敵だ。
だが俺は一人ではない。
勘助殿がいる。
三平太や由兵衛、霧丸がいる。
風魔がいる。
葵やちよもいる。
そして領内には俺達を信じてくれる民がいる。
ならばやるべきことは一つだ。
準備を整え、力を蓄え、来るべき時に備える。
俺は地図を見下ろしながら静かに拳を握った。
佐竹義篤。
今はまだ及ばないかもしれない。
だがいずれ必ず、その背中に追いついてみせる。
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