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転生したら小田氏治の家臣だったので、滅亡の運命を変えます!  作者: 社長
第一部

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52話 江戸外交その2

 忠通殿が頷いたことで、その場の空気は大きく変わった。


 先ほどまでの探り合いから、一歩踏み込んだ話へ移ったのである。


「では情報共有について、まずはこちらから出そう」


 そう言って背後の家臣へ目配せする。


 すると一人の重臣が巻物を取り出した。


「これは?」


 勘助殿が尋ねる。


「我らが北方で集めた情報だ」


 忠通殿が答える。


 巻物が広げられる。


 そこには太田城周辺の街道、物資の流れ、兵の移動について記されていた。


 俺は思わず目を細めた。


 予想以上だ。


 かなり詳細である。


「これは……」


 風魔の忍びも僅かに驚いていた。


 どうやら江戸家も決して手をこまねいていたわけではないらしい。


 忠通殿は苦笑した。


「無論、これを得るために失った者も多い」


 その言葉に広間が静まる。


 戦場で死ぬだけが犠牲ではない。


 影で消える者達もいるのだ。


「だが」


 忠通殿は地図を指差した。


「ここ三ヶ月ほど、太田城へ向かう兵糧の流れが増えている」


「南ではなく北ですか」


 俺が尋ねる。


「うむ」


 忠通殿は頷いた。


「最初は我らも警戒した」


 江戸家の重臣が続ける。


「だが規模が妙だ」


「妙?」


「我らへ攻め込むには少ない」


 なるほど、それは重要な情報だった。


 忠通殿は腕を組む。


「恐らくは備蓄だろう」


「あるいは別の場所へ兵を動かす準備」


 俺は地図へ目を落とした。


「陸奥方面……」


 思わず呟く。


 忠通殿も頷いた。


「我らもそう考えた」


 確かに可能性はある。


 佐竹は常陸だけを見ているわけではない。


 北の動向も常に気にしているはずだ。


 そしてそこからしばらく、互いの持つ情報を交換した。


 だがどれも決定打ではない。


 だが断片を繋ぎ合わせることで見えてくるものもある。


 そして何より大きかったのは———


「思った以上に情報が噛み合うな」


 忠通殿が呟いたことだった。


 江戸家が掴んでいた情報。


 小田家が掴んでいた情報。


 別々に見れば価値は薄い。


 だが合わせると一つの流れになる。


「だからこそ同盟には意味があります」


 俺が言うと、忠通殿は小さく笑った。


「確かにそうだ」

 

 しばらく、誰も口を開かなかった。


 広間に広げられた地図。


 太田城。


 佐竹領へ続く街道。


 北へ向かう兵糧の流れ。


 そこにはこれから起こる戦の形が、まだぼんやりとではあるが、確かに浮かび始めていた。


 やがて、忠通殿はゆっくりと立ち上がる。


「政治殿、小太郎殿、そして菅谷政貞殿」


「はい」


「江戸家は」


 一度、息を吸う。


 そして確かに、彼はこう宣言した。


「小田家との同盟を、正式に受け入れる」


 一瞬、広間が静まり返った。


 俺も含めて、この場にいた者は全員その言葉を確かめていたのだろう。


 彼は確かに、俺達と同盟をしてくれると言ったのだ。


「……ありがとうございます」


 俺は深く頭を下げた。


 隣では勘助殿も、安堵したように息を吐いている。


 そして政治様も、忠通殿の返事に顔を綻ばせて言った。


「これで佐竹に対し、共に備えることができますな」


「うむ」


 忠通殿は頷いた。


「江戸は小田と情報を交わし、兵を出し、互いの領地と民を守る。佐竹が攻め来るならば、我らもまた、小田と共に戦おう」


「ははっ!」


 俺達は一斉に頭を下げた。


 これで小田と江戸家は、ただ利害が一致しただけの関係ではなくなる。


 佐竹という大きな敵へ立ち向かう同盟者となったのだ。


 だが俺には一つ、気になることがあった。


「忠通殿」


「何じゃ」


「何故、同盟を受け入れてくださったのですか」


 忠通殿は少しだけ目を細めた。


「……何故、か」


「はい。江戸家はこれまで佐竹へ従ったこともあれば、佐竹と争ったこともある。生き残るために、その時々で選んできたはずです」


 江戸家は、佐竹の南に位置する。


 逆らえば潰される。


 だが従い続ければ、いずれ全てを奪われるかもしれない。


 だからこそ時に頭を下げ、時に牙を剥き、生き残ってきたのだろう。


「小田と組むことは、佐竹を敵に回すことになります。それでも今、この時に決めた理由を聞かせてください」


 忠通殿は、しばらく何を言わなかったが、やがて話し始めた。


「……義篤殿はな」


 やがて、忠通殿は静かに口を開いた。


「それはもう恐ろしい御方だった」


 その声には、憎しみだけではないものが混じっていた。


「戦ではとにかく容赦がない。敵と見れば、容赦なく噛み砕く。常陸を一つにするためなら己の身も、家臣の命も、全てを賭ける、そういう男だ。だがな」


 忠通殿は、少しだけ笑った。


「民を苦しめることを、喜ぶような男ではない。家臣を捨て駒として笑うような男でもない。佐竹義篤という男は間違いなく、常陸を背負う器じゃ」


 俺は黙って聞いていた。


 忠通殿は義篤を敵として見ている。


 だが同時に、一人の武将として慕ってもいるのだ。


「だからこそ」


 忠通殿の表情が、僅かに曇る。


「義篤殿が病に倒れたと聞いた時、ワシは思った……もう、長くはないとな」


 広間の空気が、重くなった。


 やはり、義篤は病にかかっていたか。


 彼が死ぬのは一五四五年。


 まだ死ぬ年の三年前ではあるが、もう病に身体を蝕まれていてもおかしくはない。


「義篤殿が生きておられる間、佐竹は強い。だが義篤殿がいなくなった後の佐竹に、ワシは従う気はない」


 その言葉は、迷いなく告げられた。


「義篤殿のように常陸全てを見て、己の命を懸けられる者が次の佐竹にいるとは限らぬ。ならばその前に、江戸家が生き残る道を作らねばならぬ」


 忠通殿は拳を握る。


「正直に言えばなワシは義篤殿が亡くなった後、佐竹へ反旗を翻すつもりだった」


 勘助殿の目が僅かに細くなる。


「しかし」


 忠通殿は苦笑した。


「義篤殿は恐らく、それすら分かっておられる。ワシが佐竹へ完全には頭を下げぬことも、いつか牙を剥くかもしれぬことも……全てな」


 俺は息を呑んだ。


 義篤ならあり得る。


 江戸忠通という男をただ押さえ付けるのではなく、危険な独立勢力としてずっと見ているのだろう。


「ならば」


 忠通殿は、俺を見据えた。


「義篤殿が生きておられる今、小田と共に正々堂々と戦う。隠れて牙を研ぐより、その方が江戸家の者達も胸を張れるだろう。


 そして忠通殿は、どこか懐かしむように笑った。


「それにな、ワシは佐竹義篤という男に最後に勝ちたい」


 その言葉は静かだった。


 だが誰よりも強い意志が宿っていた。


「今まで生き残るために従った。生き残るために逃げた。生き残るために頭を下げた。だが最後くらいは、己の意志で義篤殿と戦いたい」


 そして忠通殿は並々ならぬ意思と共に告げた。


「そして———勝ちたいのじゃ」


 俺は、忠通殿を見つめた。


 この人はただ佐竹を恐れているわけじゃない。


 ただ小田の勢いに乗ろうとしているわけでもない。


 江戸家を守るために自ら選び、自らの足で、佐竹義篤へ挑もうとしている。


「……分かりました」


 俺は、ゆっくりと頷いた。


「忠通殿、小田家はこれより江戸家と共に歩みます。今こそ佐竹義篤を越える時、共に戦いましょう」


「おう」


 忠通殿は、力強く頷いた。

 

「小田家と江戸家で、常陸の未来を掴むぞ」


「はい」


 俺も強く答えた。


 佐竹義篤……常陸北部を支配する大大名。


 そして、常陸統一のために全てを賭ける男。


 いつか必ず、俺達はあの男と戦う。


 その時小田家だけではない。


 江戸家も大掾も島崎も、そしてこれから手を結ぶ者達も共に佐竹へ立ち向かうのだ。


 俺は地図の太田城へ視線を落とす。


 決戦の時は、近い。


 俺は心の中で、覚悟を決めるのであった。

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