51話 江戸外交その1
その後も評定は続き、様々な話が行われたがその中で一つ最優先で進めるべきだと合意した内容があった。
それは江戸家との外交である。
理由は単純だ。
江戸家は常陸に残った小田家と佐竹を除くと唯一の独立勢力だからである。
この家を味方につけることができるかで勝敗が大きく左右されると言っても過言ではない。
石高についてもおおよそで十万石はある。
味方にすれば佐竹との差は一気に縮まり、逆に敵となれば更に差は大きくつく。
よって、江戸家は小田家にとって決して無視することができない存在なのだ。
この考えは家臣達と満場一致し、早速政治様に江戸家と同盟を結ぶのはどうかと書状を送る。
すると、書状が届くよりも早く政治様からの書状が届いた。
そこには江戸家と盟を結ぶようにと命じ、その役目は一任するという内容が書かれていた。
どうやら、政治様と考えていたことは同じようだ。
そして俺達は早速書状を江戸家へと送った。
その、数日後のことである。
「江戸家より返書が届きました!」
使番が広間へ駆け込んできた。
俺は手にしていた書類を置き、顔を上げる。
「早いな」
「はっ!」
返事はもう少しかかると思っていたのだがな。
それだけ江戸家もこの話を軽く見ていないということだろう。
氏治様も興味深そうに身を乗り出した。
「して、なんと?」
使番は恭しく返書を差し出す。
俺は封を切り中身に目を通した。
「どのような内容で?」
勘助殿が尋ねる。
「いや、予想以上に好意的だ」
その言葉に皆がざわついた。
「好意的、ですか?」
「江戸家当主、江戸忠通殿より会談の申し入れだ」
広間の空気が一気に明るくなる。
いきなり断られる可能性も十分あった。
それが会談まで漕ぎ着けたのだ。
第一関門は突破したと言える。
「場所はどちらに?」
「中立地を希望しているな」
俺は返書を読み進める。
「府中」
その一言に何人かが頷いた。
確かに妥当だ。
小田城では江戸家が警戒する。
逆も同じ。
ならば双方の中間に近い府中が丁度良い。
「つ、つまりまたここで話すのか、緊張するのぅ……」
「大丈夫ですよ、小太郎様はどっしり構えていてくださればそれで問題ありません」
不安気な氏治様に俺は笑いかける。
まあしかし、俺の方もこうした外交に慣れているわけではない。
今回は特に重要な内容だ。
正直、かなり緊張するというのが本音である。
だが、ここで臆していては話にならない。
江戸家との関係は今後の常陸の命運を左右するのだ。
そして俺はもう一つ返書の内容に目を留めた。
「……なるほど」
「何かありましたかな?」
「向こうも佐竹をかなり警戒しているらしい」
その一文を読み上げる。
家臣達は顔を見合わせた。
当然だろう。
佐竹は常陸最大勢力。
その圧力を最前線で受け続けているのが江戸家なのだから。
「これは思った以上に話が進むかもしれませんな」
勘助殿が言う。
だが俺は首を横に振った。
「いや、まだ分からん」
外交とはそんなに甘いものではない。
利害が一致している今ですら、互いに腹の探り合いは行われる。
まして相手は戦国大名だ。
油断は禁物である。
それに加えて、史実では佐竹義篤時代は佐竹家に従っていたという情報もある。
どうやら今は従属していないようだが、またいつ気が変わって佐竹に従属するか分からない。
次の会談、何としてでも成功させなければ。
その日の評定は間も無く終わった。
そして、会談の日を俺達は迎えた。
その日、府中城には朝から慌ただしい空気が流れていた。
城の掃除はもちろん、客間の整備、警備の配置、料理の準備に至るまで念入りに確認が行われる。
相手は常陸有数の大名家である江戸家。
失礼があってはならない。
「警備の配置はどうなっている?」
俺が尋ねると、風魔の忍びが即座に答える。
「城内外とも問題ございませぬ。江戸家の供回りが入れる場所と入れぬ場所も明確に分けております」
「よし」
外交とは信頼を示す場であると同時に、隙を見せてはならぬ場でもある。
警戒は怠れない。
そんな中。
「政貞!」
氏治様がやってきた。
そしてその後ろには、政治様の姿もある。
「お久しぶりでございます、政治様」
「うむ、久しぶりじゃのう政貞。それにしてもこの短期間で島崎と鹿島を攻略するとは驚いたわい。流石は勝貞の息子じゃ」
「勿体なきお言葉でございます」
「小太郎も良き話を聞いておるぞ。民と語らい、悩みを聞き、その民心を得ることに尽力しておると。よくやったな、小太郎」
「ありがとうございます、父上!」
政治様に褒められ、満面の笑みを浮かべる氏治様。
その光景はとても微笑ましいものだった。
だが、政治様は表情をすぐに切り替える。
「それにしても、また忠通殿と会談を行うことになるとはな」
「以前にも会ったことがあるのですか?」
「うむ。酒も兵も交わした仲じゃ。しかし、此度は盟を組むために会うこととなった。佐竹に抗するためにな」
政治様の言葉に、俺は頷く。
そうだ、この外交は佐竹と戦う上での大きな分岐点となる。
必ず成功させなくてはならない。
そして昼前。
「江戸家一行、府中城へ到着!」
城門から報告が入った。
広間の空気が一瞬で引き締まる。
来たか。
俺は静かに息を吐いた。
「では参りましょう」
やがて、広間へ江戸家の一行が通された。
先頭に立つ男を見て、俺は内心で頷く。
なるほどな。
年齢は三十代半ばほど。
体格は大柄ではない。
だが目には鋭さがあった。
江戸家当主、江戸忠通。
戦国乱世を生き残ってきた男の顔である。
忠通殿もまたこちらを観察していた。
まず政治様を見る。
次に氏治様と俺を見る。
そして常陸介、凝淵斉殿、勘助殿を見る。
一瞬で人物を値踏みしているのが分かった。
伊達にこの常陸で佐竹を相手に生き残ってきたわけではないというわけか。
「遠路ご苦労でござった。忠通殿、お久しぶりでござる」
「政治殿、お久しぶりですな。まさかお互い生きているうちにこうして顔を合わせることができようとは思わなんだ」
はっはっは、と豪快に笑う男。
その人物こそが江戸家当主、江戸忠通であった。
「全くですな。このような機会を得られたのもひとえに息子達の頑張りによるものでしょう」
その言葉を受けて、政治様と忠通殿の視線が氏治様へと向く。
すると、氏治様は落ち着き払った様子で答えた。
「小田政治が嫡男、小田小太郎でございます」
よし、教えた通りちゃんと言えてますね。
俺は心の中で頷くと、俺も一歩前へ出た。
「小田家家臣、菅谷政貞にございます。本日はお越しいただき感謝いたします」
忠通殿は静かに頷いた。
「うむ。江戸家当主、江戸忠通である」
短い挨拶。
だが、その視線はずっとこちらを観察していた。
特に俺に対してだ。
恐らく事前に調べているのだろう。
最近の小田家が急速に勢力を伸ばしていること。
その中心にいるのが菅谷政貞という若者であることを。
やがて双方が席に着く。
しばしの沈黙、最初に口を開いたのは忠通殿だった。
「近頃の小田家の躍進、見事なものですな」
穏やかな口調だった。
だが探りの色も感じる。
「新式農具に水車、街道整備に市場の活性化。常陸中で噂になっておりますぞ」
やはりそこまで伝わっているか。
まあ隠していることでもない。
むしろ広まってくれた方が移民は増える。
「はっはっは! やはり江戸領にも広まっておりますか」
「それは勿論。最初の頃、民達はそれはもう小田の農具を羨ましがりましてなぁ。思い切って大量に購入しましたが、中々高くつきましたわい」
「そうですか。ですが、民達もさぞ喜んだでしょう」
「はい。それはもう大層喜んでおりました。作業の時間も大幅に短縮され、新しい田畑の開発もいいことづくめですな」
二人はそう笑い合っていた。
だが、世間話はここまでと言わんばかりに忠通殿は表情を切り替える。
「さて、近年の小田家の躍進、見事でありますがそれ故に佐竹殿も穏やかではありますまい」
来たな、これが本題だ。
広間の空気が少しだけ重くなる。
だが、政治様はあえて返した。
「それは江戸殿も同じでは?」
忠通殿の眉が僅かに動く。
「ほう?」
「佐竹家にとって我らも江戸家も邪魔な存在じゃ。常陸統一を考えるならば、いずれどちらも潰さねばならない」
その言葉に江戸家の家臣達がざわつく。
だが忠通殿は静かだった。
「なるほど、率直ですな」
「遠回しに言っても仕方のないことであるからな」
政治はそう笑った。
すると忠通殿は小さく笑う。
「確かに」
その瞬間だった。
広間の空気が少し和らいだ。
恐らく、この男は腹芸ばかりする相手よりも、多少率直な相手の方を好むのだろう。
そして忠通殿は姿勢を正した。
「では率直にお聞きしましょう」
来た。
俺は内心で身構える。
「小田家は何を望んでおられる?」
その問いに、政治様は俺に視線を向ける。
まさか、俺に答えろということか。
忠通殿に視線を向けても、やはり興味深そうにこちらを見ている。
これは両方から試されているな……。
……ええい、ままよ!
その問いに、俺は迷わず答えた。
「小田家と江戸家との同盟でございます」
広間が静まり返る。
「佐竹家に対抗するための攻守同盟」
忠通殿は黙って聞いている。
「互いに独立を維持し、互いに領土を侵さない。そして佐竹がどちらかへ侵攻した場合、もう一方が支援する」
簡潔に、余計な飾りはいらない。
忠通殿は腕を組んだ。
「支援とは?」
「兵の派遣に兵糧の供給、情報の共有」
そして。
「必要ならば共同作戦も行う」
江戸家の家臣達が顔を見合わせる。
かなり踏み込んだ提案だからだ。
「それともう一つ」
だが俺は更に踏み込んだ。
「小田家と江戸家、この二家の間で貿易をしたいと考えております」
その言葉に、江戸家側の空気がわずかに変わった。
同盟だけならば軍事の話だ。
だが商いとなれば話は別である。
戦は負担が大きい。
だが利益は誰もが歓迎する。
忠通殿も興味を引かれたようで、僅かに身を乗り出した。
「貿易、ですかな」
「はい」
俺は頷く。
「江戸家は那珂川と久慈川を抱え、水運に優れております。一方、小田家は霞ヶ浦と鹿島の港を持つ」
そして地図を広げた。
「互いの強みを活かせば、今まで以上に物資の流通が活発になります」
忠通殿は地図へ視線を落とした。
周囲の家臣達も自然と身を乗り出す。
「例えば鹿島で獲れた魚や塩を江戸領へ流す」
「逆に江戸領の木材や鉄、その他の産物を小田領へ運ぶ。商人の往来を認めれば双方の市場も活性化するでしょう」
勘助殿も横から口を挟んだ。
「双方の関所も優遇すれば更に人の流れは増えますな」
忠通殿は腕を組む。
明らかに考えている。
悪い反応ではない。
むしろかなり良い。
「なるほど……」
忠通殿はゆっくり頷いた。
「戦だけではなく商いでも利益を分け合う、と」
「はい」
「それならば同盟もより強固になるでしょう」
戦国の同盟が長続きしない理由は単純だ。
利害が消えれば簡単に壊れるからである。
だが利益が継続的に生まれるなら話は別だ。
壊す理由がなくなる。
忠通殿はしばらく黙っていた。
やがて静かに口を開く。
「確かに面白い」
その言葉に小さく安堵する。
少なくとも門前払いではない。
「だが」
忠通殿は鋭い視線と共に言った。
「我らが佐竹と通じており、その利益や情報を流すということは考えませんでしたかな?」
その問いに、広間の空気が再び張り詰めた。
江戸家の家臣達もこちらを見ている。
試されている。
そう感じた。
だが俺は慌てなかった。
「もちろん考えました」
即答する。
忠通殿の目が細くなった。
「ほう」
「むしろ考えぬ方がおかしい」
俺は笑う。
「江戸家が佐竹へ情報を流す可能性もありますし、小田家が佐竹へ情報を流す可能性もある」
江戸家側が少しざわついた。
だが忠通殿は静かだ。
「ならば何故、そのような提案を?」
「理由は簡単です」
俺は地図の上を指でなぞった。
「裏切った方が損をする形を作るからです」
忠通殿の眉が僅かに動く。
「損をする形?」
「はい」
俺は頷いた。
「同盟というものは信義だけで成り立つものではありません」
戦国でそんなことを言えば笑われる。
だからこそ。
「裏切るよりも協力した方が儲かる」
「そう思わせる仕組みが必要なのです」
広間が静かになる。
忠通殿も黙って聞いていた。
「例えば貿易で双方が利益を得る。商人が往来し、市場が発展し、税収も増える。それを壊した瞬間、損をするのはどちらでしょうか」
忠通殿は少し考えた。
「双方だな」
「その通りです」
俺は頷いた。
「ならば裏切る理由は小さくなる。逆に佐竹へ情報を流したことが発覚した場合、その利益を失う」
そして少しだけ声を低くした。
「それだけでは済まぬでしょう」
忠通殿の口元が僅かに緩む。
「なるほど」
どうやら悪くない答えだったらしい。
すると今度は忠通殿の隣に座る家臣が口を開いた。
「しかし小田家は勢いがあります」
年の頃は四十代ほど、恐らく重臣だろう。
「数年後には我らより遥かに大きな勢力になるやもしれませぬ」
そして鋭く続けた。
「その時、江戸家を飲み込もうとは考えませぬかな?」
これも当然の疑問だ。
むしろ聞かれない方がおかしい。
俺は少しだけ笑った。
「それならばこちらからも一つお聞きしたい」
「何でしょう」
「江戸家は今、小田家を滅ぼそうと考えておられますかな?」
重臣は言葉に詰まった。
忠通殿が代わりに答える。
「考えてはおらぬな」
「何故です?」
「今そのようなことをすれば佐竹が喜ぶだけだからだ」
「その通りです」
俺は頷いた。
「我らも同じでございます」
広間が静まる。
「小田家にとって最も危険なのは佐竹、江戸家にとっても最も危険なのは佐竹、ならば今戦うべき相手は誰なのか」
答えは明白だった。
忠通殿も理解している。
だからこそ会談に応じたのだ。
「そして」
俺は更に続ける。
「仮に佐竹を退けた後であっても、我らは争うより商いをした方が利益になります」
忠通殿は面白そうに笑った。
「政貞殿は随分と商いを重視される」
「戦は金を失います」
俺は即答した。
「商いは金を生みます。ならばどちらを選ぶべきかは明らかでしょう」
勘助殿が横で小さく咳払いをする。
恐らく「戦国武将らしくない」とでも思ったのだろう。
だが忠通殿は違った。
「ははは!」
突然笑い出したのである。
広間の空気が一変した。
「面白い!」
忠通殿は実に楽しそうだった。
「確かにその通りだ」
そして氏治様へ向き直る。
「小太郎殿」
「は、はい!」
少し緊張した声で返事をする。
「良き家臣をお持ちだ」
「そ、そうでありましょう!」
氏治様がなぜか得意げになる。
それを見て双方の家臣から笑いが漏れた。
重苦しかった空気がかなり和らぐ。
忠通殿も微笑んだ。
「政治殿、小田の未来は明るそうですな」
「はははっ、忠通殿にそう言っていただけると安心できますな」
そして空気が和やかになったところで、忠勝通殿は咳払いをして言った。
「よろしい」
その一言で広間が静まる。
「同盟については前向きに考えたい」
氏治様の顔が明るくなる。
俺も内心で安堵した。
だが。
「ただし条件がある」
やはりそう来たか。
俺は姿勢を正す。
「お聞かせください」
忠通殿は真っ直ぐこちらを見た。
「まずは互いの信頼を示したい」
そして。
「佐竹に対する情報共有を直ちに始めたい」
広間の空気が再び引き締まった。
これはつまり。
口約束ではなく、実際に行動で示せということである。
忠通殿は続ける。
「佐竹に対する情報共有を直ちに始めたい」
広間の空気が再び引き締まった。
これはつまり。
口約束ではなく、実際に行動で示せということである。
忠通殿は続ける。
「我らも持っている情報は出そう。だがそちらも出していただきたい」
なるほど、確かに筋は通っている。
同盟を結ぶ前に、互いがどれほど本気なのかを見極めたいのだろう。
俺は少し考えてから口を開いた。
「承知いたしました」
忠通殿が頷く。
「ではまず小田家から聞こう」
そう言われ、俺は一度風魔の忍びへ視線を向けた。
忍びは静かに頷く。
事前に用意していた内容で問題ないということだ。
「現在確認できている佐竹家の動きですが———」
俺はゆっくりと話し始めた。
「北方において兵の再編を進めております」
「ふむ」
「また太田城周辺で兵糧の集積が行われている形跡があります」
江戸家側が真剣な表情になる。
忠通殿も黙って聞いていた。
「ただし」
俺はそこで言葉を切った。
「断定できる情報はそこまでです」
その言葉に江戸家の重臣が眉をひそめた。
「そこまで、とは?」
「正直に申し上げます」
俺は肩を竦めた。
「佐竹家の情報収集は極めて難しい」
広間が静まる。
忠通殿の目が少しだけ鋭くなった。
「ほう」
「我らも風魔の者達を使い、かなりの人数を送り込んでおります」
俺は隠さず話した。
「ですが奥深くまで入り込める者は限られる。城下で噂を拾うことはできても、評定の内容まではなかなか届かぬ」
風魔の忍びも無言で頷いていた。
実際その通りだからだ。
佐竹家は伊達や北条ほど有名ではないが、決して侮れる相手ではない。
常陸最大勢力として長年生き残ってきた理由がある。
「そもそも佐竹家は家臣団の統制が強い」
俺は続けた。
「不用意に口を滑らせる者が少なく、城下の者達も警戒心が強い」
忠通殿が腕を組む。
「我らも同じ印象だ」
やはりか。
「加えて」
俺は少し声を低くした。
「佐竹家にも独自の目耳がある」
忠通殿の家臣達が顔を見合わせた。
「忍びですかな?」
「名は分かりません」
俺は首を横に振る。
「ですが何度かこちらの者が動きを察知されております」
これは事実だ。
送り込んだ忍びが手傷を負って帰ってきたこともある。
そして逆に、こちらの動きを妙に正確に把握していたこともあった。
偶然とは思えない。
「佐竹家もまた情報戦に力を入れていると見るべきでしょう」
広間に重い沈黙が落ちる。
忠通殿はしばらく考えていた。
やがて小さく息を吐く。
「やはりか」
その言葉には妙な納得があった。
「江戸殿も心当たりが?」
俺が尋ねる。
忠通殿は苦笑した。
「ある」
そして少しだけ前へ身を乗り出した。
「実は三年前、我らも家臣を装った者を太田へ送り込んだ」
広間がざわつく。
忠通殿は構わず続けた。
「かなり優秀な男だった。だが半年後には消えた」
俺は思わず眉を上げる。
半年潜伏して消えたとなると、かなり腕の立つ者だったはずだ。
「生死も分からぬ、だが恐らく見つかったのであろう」
忠通殿の声には苦味が滲んでいた。
「それ以来、我らも無理に奥へ潜らせることはしておらぬ」
なるほど、やはり江戸家も相当苦労しているらしい。
常陸最大勢力は伊達ではない。
その事実を改めて実感する。
「とはいえ」
俺は話を戻した。
「全く情報が取れぬわけではありません」
地図を指差す。
「佐竹家は広い。広い領地を支配する以上、どこかで人は動く。兵糧も動き、商人も動く。そこから少しずつ積み上げるしかないのです」
忠通殿は頷いた。
「確かにな」
「だからこそ」
俺は真っ直ぐ忠通殿を見る。
「小田家と江戸家で情報を持ち寄る価値がある」
江戸家は北、小田家は南。
見えている景色が違う。
一つ一つは断片でも、合わせれば全体像が見える。
忠通殿の目が細くなった。
「なるほど、つまり互いの目を一つにするということか」
「その通りです」
俺は頷いた。
「佐竹家は強い。正面からぶつかれば我らは勝てません」
広間が静まる。
あえて言い切った。
事実だからだ。
「だが」
俺は続ける。
「強いからこそ、準備には時間がかかる。大軍を動かせば必ず痕跡が残る。それを先に掴めれば対抗できるでしょう」
忠通殿は静かに笑った。
「政貞殿」
「はい」
「どうやら貴殿は、佐竹家を恐れておるな」
その問いに、俺は迷わず答えた。
「恐れております」
即答だった。
広間が静まり返る。
「だからこそ侮りません」
忠通殿の口元が僅かに上がった。
「なるほど」
そしてゆっくり頷く。
「その答えは気に入った」
俺もまた小さく頷いた。
佐竹義篤。
今の常陸で最も危険な男。
あの家を甘く見た者から消えていく。
だからこそ、小田と江戸は手を組まねばならない。
この会談は、その第一歩だったのである。
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