48話 1542年、府中評定その1
「よし、ではこれより評定をはじめる」
「「ははっ!」」
氏治様の言葉を受け、評定は開始した。
現在は7月の初頭、そして今回の評定は夏に入って初めての評定である。
参加している者はいつも通りであるが、今回はいつもとは違う内容を話すつもりだ。
「では政貞、任せたぞ」
「ははっ!」
氏治様の言葉を受け、俺は一歩前に出る。
「それでは評定を始める。我ら小田家が府中を治めてからあと数ヶ月で1年が経とうとしている。まずはこの1年の成果を皆に共有しよう。常陸介、まず検地と新農具、水車の導入はどれほど進んでいる?」
まあ、水車については初めて作ったのが4ヶ月前だからそれほどの数にはなっていないだろうがな。
「はっ!」
常陸介は立ち上がると、用意していた帳面を広げた。
「まず検地についてですが、府中周辺はほぼ完了しております」
広間がざわつく。
おや、思ったより早いな。
「現在は土浦、大野方面へ範囲を広げており、小田城周辺でも検地が進められております」
「どれほど違いが出たんだ」
「正直に申し上げれば、予想以上でございます」
「ほう」
「隠し田が大量に見つかりました」
常陸介の報告に、家臣達から苦笑が漏れた。
あちゃあ、やっぱり皆さん隠してましたね。
まあ気持ちは分かるけどな、でもこれからはちゃんと取り立てさせてもらいますよ。
「年貢収入は?」
「二割ほど増える見込みです」
広間がどよめく。
二割か、かなり大きいな。
戦をせずにこれだけ増えるのなら十分過ぎる成果だ。
「続いて新農具でございます」
常陸介は別の帳面を開く。
「千歯こきは既に府中・土浦では広く普及しております。唐箕も順調、備中鍬も評判が良く、特に開墾で重宝されております」
氏治様が上機嫌に頷く。
「良いではないか」
「すこっぷや運び車についても好評でございます」
常陸介は帳面をめくりながら続ける。
「特に運び車は商人達からの評判が非常によろしい」
「ほう」
「荷運びに必要な人手が大幅に減ったとのこと」
氏治様が感心したように頷いた。
「確かに城下でもよく見かけるのぅ」
「はい。また土浦では港から倉までの荷運びに積極的に利用されております」
商人達は賢く、めざといからな。
便利なものにはすぐに食いつき使用を始め、だからこそ広まるのも早い。
彼らも楽ができる、俺達は儲かる。
まさにWin-Winの関係というわけだ。
「そして水車でございます」
常陸介の言葉に皆の視線が集まる。
恐らく一番気になる話題だろう。
俺も腕を組んで続きを待つ。
「現在完成した水車は十四基」
広間がざわつく。
思ったより多いな。
「内訳を申します」
常陸介は指を折りながら説明する。
「府中に四基、土浦に三基、鹿島に二基、大野に二基———そして、小田城下に三基」
氏治様が目を丸くした。
「小田にもか!」
「はい、城下の川筋を利用し設置いたしました」
俺も思わず頷く。
良い判断だ。
小田城は本拠なのだから当然優先されるべきである。
「用途は?」
勘助殿が尋ねる。
常陸介は即答した。
「二基は精米用、一基は製粉用でございます」
「なるほど」
勘助殿も納得したように頷く。
小田城下の人口も今となってはかなり多くなったからな。
その分、精米需要も高い。
先に設置する価値は十分あるな。
「また」
常陸介は続けた。
「小田城下の水車小屋には見物人が絶えませぬ」
広間から笑いが起きる。
「おおっ! 見物人か!」
氏治様も笑った。
「はい。特に農民達は熱心でございます。自分の村にも欲しいと口々に申しております」
当然だろう。
人力で行っていた作業を水が勝手にやってくれるのだ。
驚かない方がおかしいというものである。
「能力はどうだ」
俺が尋ねると、常陸介は少し興奮した様子で答えた。
「人夫十数人分ほどかと」
広間が静まった。
その数字の意味を理解したのだろう。
「い、一基でか?」
氏治様が聞き返す。
「はい。休まず働き続けますから、実際にはそれ以上かと」
確かにそうだ。
水は疲れず、飯も食わず、文句も言わず、休みを必要としない。
水車の真価はそこにある。
「なるほど」
勘助殿が腕を組む。
「兵十人を増やすより、水車一基の方が安上がりかもしれませぬな」
その言葉に皆が苦笑した。
極端だが間違ってはいない。
俺は少し考えてから言った。
「少なくとも、来年までに倍にする」
広間がざわついた。
「倍でございますか」
「ああ」
俺は頷く。
「十四基では足りない。最低三十基は欲しいな」
常陸介が真剣な顔になる。
「可能か?」
「……やってみせます」
うんうん、良い返事だ。
まあ常陸介なら任せておけば大丈夫だろう。
「それと」
俺は続ける。
「今後は精米だけではない」
皆が首を傾げる。
「製材にも使う」
「製材?」
勘助殿が反応した。
「木を切るのでございますか」
「ああ」
水車の力で鋸を動かす。
そうすれば建築速度が一気に上がる。
船も作れるし、橋も作ることができ、城下も発展する。
それに対して、常陸介は感心したように言った。
「次々と思い付かれますな」
「まだまだあるぞ」
俺は笑う。
実際まだまだある。
揚水に鍛冶に搾油、用途は様々だ。
いくらでも応用できる。
だが、その時だった。
勘助殿がふと口を開く。
「殿」
「何だ」
「佐竹も水車に興味を示しているようです」
広間が静まる。
俺は目を細めた。
なるほど、ついに目をつけたか。
まあ14基も作ったとなれば、他国にも情報が流れるのは当然だな。
「ほう」
「最近、佐竹領から水車見学を希望する者が増えております」
それに対して、氏治様が喜んだ表情で言った。
「おお! 佐竹の者達も我らの水車の凄さに気付いたわけだな! はははっ!!」
全くもうお気楽なんだからこの人は、それだけで済むわけないでしょうに。
俺は心の中でため息をつきつつ、氏治様に言った。
「ただ見学しにくるわけじゃないですよ。水車を実際に見て作り方を調べるためでしょう」
「な、なんじゃとぉ!? つまり、我らから水車の作り方を盗みに来たというわけか!?」
「そうです」
動転する氏治様に俺は頷く。
広間の空気が引き締まる。
皆、明らかに佐竹の動きを警戒しているのだろう。
そして静まる中、元大掾家臣の若い武士が発言する。
「では、全て断るべきでしょう。せっかくの水車を佐竹に真似されてはたまりません! これからは佐竹からの偵察にも気をつけなければなりませんな!」
若い武士の言葉に何人もの家臣が頷いた。
「その通りです」
「せっかくの利を自ら手放す必要はございませぬ」
「見学など認めるべきではないでしょう」
皆の意見は概ね同じだった。
だが。
「いや」
俺は首を横に振った。
広間の視線が集まる。
「見学は認める」
「なっ!?」
若い武士が目を見開く。
「殿!?」
勘助殿も少し驚いた顔をした。
だが俺は続ける。
「どうせ止められん」
広間が静まる。
「水車は城の奥に隠しているわけではない。川沿いに建っている以上、見ようと思えば見られる」
これは事実だ。
水車は鉄砲や秘薬とは違う。
巨大な構造物である以上、隠しようがない。
「ならば堂々と見せればいい」
「ですが!」
若い武士が食い下がる。
「作り方を盗まれます!」
「盗まれるだろうな」
「では!」
「だが」
俺は笑った。
「真似できることと使いこなせることは別だ」
家臣達が顔を見合わせる。
俺は続けた。
「水車だけ作っても意味はない」
指を折る。
「水車を作る大工、歯車を作る職人、維持する人足、利用する仕組み、それら全部が揃って初めて役に立つ」
実際そうだ。
水車はただの道具でしかない。
重要なのはその先にある。
「それに」
俺は少し笑った。
「佐竹が水車を作るなら作ればいい」
広間がざわつく。
「殿?」
「水車が増えれば田が増え、田が増えれば米が増え、米が増えれば民が豊かになる」
俺は肩を竦めた。
「別に悪いことじゃない」
勘助殿が苦笑した。
「殿らしい考えですな」
だが、俺はそこで言葉を切る。
「ただし」
皆の表情が引き締まる。
「佐竹が水車を真似するなら」
俺は続ける。
「我らはその先へ進む」
広間が静まった。
勘助殿の口元が僅かに上がる。
意味を理解したのだろう。
「つまり、そういうことだ」
俺は頷く。
「水車を守るのではなく、常に先を行く」
これが一番確実だ。
技術はいつか真似される。
ならば真似される頃には次の技術へ進めばいい。
「次の技術……でございますか」
常陸介が尋ねる。
俺は頷いた。
「まず揚水水車だ」
「おお」
勘助殿が反応する。
まだ試作段階だが、完成すれば田へ水を送れる。
水不足の土地でも稲作が可能になる。
「さらに」
俺は続けた。
製材水車、鍛冶水車、搾油水車、それぞれの名を挙げていく。
それに対して家臣達は目を丸くした。
「そ、そんなにあるのですか」
「ある」
正確にはもっとある。
だが今はこれで十分だろう。
勘助殿が腕を組む。
「なるほど。佐竹が精米水車を作った頃には我らはその先にいるということですな」
「そういうことだ」
俺は頷いた。
発展競争というやつだ。
そして、この競争には小田の方が向いている。
なぜなら、俺がいるからだ。
すると氏治様が急に笑い出した。
「はっはっは!」
広間の皆が驚く。
「さすが政貞よ!」
氏治様は上機嫌だった。
「佐竹が真似するなら、その先へ行けば良いのだな!」
「そういうことです」
「簡単な話ではないか!」
いや、本当は全然簡単じゃないんですけどね。
まあ任せといてくださいよ、氏治様。
「まあかといって何もしないわけではない。見学料はたっぷりいただくさ」
俺がそう笑いながら言うと、周囲にも笑いが起きる。
ウチの水車は俺達が手塩にかけて作った物だ、ただでそれを盗ませるわけにはいかないからな。
そして次に、勘助殿が口を開いた。
「殿、もう一つございます」
その声音が少し真面目だった。
「何だ?」
「最近」
勘助殿は報告書を開く。
「新農具の売れ行きが異常です」
「異常?」
俺は眉を上げた。
常陸介も頷く。
「はい、ここ二ヶ月ほどで急増しております」
「買い手は誰だ」
俺が尋ねる。
すると、常陸介は苦々しげな表情で言った。
「ほぼ佐竹です」
広間がどよめく。
「また佐竹か」
氏治様が呆れたように言う。
「はい」
常陸介は帳面を見ながら続けた。
「千歯こき、唐箕、備中鍬、運び車……全て大量購入しております」
俺は腕を組んだ。
予想以上だな、ここまで本格的に買い付けてくるとは。
「値段は?」
「当然吊り上げております」
「どれくらいだ」
「通常の三倍でございます」
おやまぁ、かなり思い切りましたなぁ。
その値段の大きさに、家臣達の表情も緩む。
「三倍でございますか!」
「わははっ、さすが常陸介!」
氏治様まで笑っている。
もはやとやかく言うまい。
それにしても、それだけ釣り上げても買うんだな。
「それでも買うのか」
俺が尋ねる。
「はい」
常陸介は即答した。
「飛ぶように売れております」
俺は少し考えた。
つまり、佐竹は本気だ。
ただの好奇心ではない。
農業改革を本格的に進めるつもりなのだろう。
そして、その背後には義篤がいる。
北方対応に追われながらも着実に力を蓄えようとしている。
「勘助」
「はい」
「やはり始まったな」
勘助殿が静かに頷いた。
「ええ」
「発展競争です」
広間の者達はまだ意味を理解していない。
だが、俺と勘助殿には分かる。
これからの約一年は戦ではない。
田畑、技術、商いに人や金、それら全てを巡る戦いになる。
そしてその先には、必ず佐竹がいる。
義篤という常陸最大の名将が、こちらを見ている。
俺は静かに笑った。
「面白い」
広間の者達が顔を上げる。
「ならば受けて立とう」
佐竹が農具を買うなら売る。
水車を真似するなら次を作る。
田を増やすならこちらはさらに増やす。
戦はまだ始まっていない。
だが常陸の覇権を巡る勝負は、既に始まっていたのである。
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