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転生したら小田氏治の家臣だったので、滅亡の運命を変えます!  作者: 社長


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38話 敗北の理由

 大掾慶幹は悩んでいた。


 菅谷政貞に敗れてから、彼は自分なりに変わろうとしていた。


 そのために、まずは菅谷政貞とその主、小田小太郎の行動を見習うところから始めた。


 百姓達の畑仕事を手伝った。


 荷運びもしたし、馬小屋の掃除もした。


 それまで大名の嫡男として決してやらなかった仕事を、自ら進んで行った。


 なぜ小太郎や政貞があそこまで民に慕われるのか。


 百姓達がどれほど苦労しているのか。


 その一端は理解できた気がする。


 だが。


「まだ足りぬ、と申されるのか……」


 慶幹は縁側に座りながら呟いた。


 向かいには山本勘助がいる。


「はい」


 勘助は即答した。


「慶幹殿は確かに変わられました。しかしまだ、政貞殿に敗れた本当の理由には辿り着いておりませぬ」


「何故だ!」


 慶幹は思わず声を荒げた。


「余は畑も耕した! 下働きもした! 百姓達と同じ飯も食った!」


「それでも足りませぬ」


 勘助は静かだった。


 だからこそ慶幹は余計に苛立った。


「では何が足りぬというのだ!」


「それを見つけるのは拙者ではなく殿自身にございます」


「……」


 慶幹は黙り込む。


 結局、その日も答えは見つからなかった。




 数日後。


 慶幹は城下を歩いていた。


 考え事をしたい時はこうして一人で歩くことが多くなっていた。


 すると前方に見覚えのある男を見つける。


 大柄な体格に日に焼けた顔、どこか豪快な雰囲気。


「確か……」


 慶幹は思い出した。


 菅谷政貞の家臣、三平太である。


「お主は政貞殿の家臣ではないか」


「ん?」


 三平太は振り返った。


「あれ? あんた確か大掾の若様じゃねえか」


「若様はやめよ」


「は?」


「今の余はただの慶幹でよい」


 三平太はしばらく呆然としていたが、やがて笑った。


「変わったなぁ」


「よく言われる」


 そうして成り行きで二人は近くの茶屋に入ることになった。



「へぇ、殿の家臣になった経緯か?」


「ああ」


 慶幹は頷く。


「少し興味があってな」


 三平太は頭を掻いた。


「別に、面白い話じゃねえぞ?」


「構わぬ」


「よし、なら話すか」


 三平太は湯飲みを置いた。


「俺の親父は百姓だったんだ」


「……」


「戦が起きた時にな、無理やり兵として連れていかれちまったんだ」


 慶幹は黙って聞く。


「そんでまあ、死んじまったわけだな」


 あまりにも短い言葉だった。


 だが重かった。


「だからよ、俺は武士が嫌いになった。ははっ、単純な理由だろ?」


 三平太は苦笑する。


「いや、嫌いどころじゃねえな。憎んでた」


 幼い頃の自分を思い出しているのだろう。


 目が少し遠くを見ていた。


「親父を殺したのは武士だって思ってた」


「……」


「だから暴れた。武士相手には特に暴れたな」


 三平太は笑った。


「村じゃ有名な悪ガキだったぜ」


 武士を見つけては喧嘩を売る。


 通りかかれば石を投げる。


 時には殴りかかる。


 その怪力ゆえに大人の武士でも苦戦したという。


「今思うと酷ぇ話だ」


「だが政貞は違ったのか?」


「ああ」


 三平太は即答した。




「俺が初めて会った時の政貞様は十一歳だった」


「十一……?」


 慶幹は思わず驚く。


 そんな幼い頃からか。


「俺は武士のガキだと思って殴りかかった」


 三平太は笑う。


「そしたらな」


 その顔が少し柔らかくなる。


「政貞様、抵抗しなかったんだ」


「何?」


「殴っても殴っても反撃しねえ」


 慶幹は目を見開く。


 理解できなかった。


「俺は腹が立った」


 三平太は続ける。


「だから叫んだんだ」


 武士は俺達を見下している。


 百姓を馬鹿にしている。


 どうせお前も同じだろう。


 そう怒鳴った。


 すると政貞は———


『見下したことなんてないさ』


 そう答えた。


「……」


『武士も百姓も役割が違うだけだ』


『どっちも同じ人間だ。違うか?』


「……」


 慶幹は息を呑んだ。


 その言葉はあまりにも自然で、あまりにも当たり前のようで、だが自分は一度もそう考えたことがなかった。


「それでな」


 三平太は笑った。


「散々殴った俺を見て」


『お前は強いな』


 そう言って笑ってたんだ。


「は?」


 慶幹は思わず声を漏らした。


「意味分かんねえだろ?」


 三平太も笑う。


「俺も意味が分からんかった」


 だが政貞は続けた。


『気に入ったよ、俺の家臣にならないか? 丁度お前のような力持ちを探していたんだ。俺に、お前の力を貸してくれないか?』


「その瞬間負けた」


 三平太は懐かしそうに笑った。


「俺は武士を憎んでた……なのに政貞様は俺を憎まなかった。怒りもしなかった」


 三平太は感慨深げな表情で続ける。


「ただ一人の人間として見てくれた」


 そして静かに言った。


「だから俺はこの人に仕えようと思ったんだ」


 慶幹は何も言えなかった。


 ただ呆然としていた。


 そして、ようやく気付いた。


 自分は畑仕事をした、百姓の苦労も知った。


 だが心のどこかで武士は上であり、百姓は下と、そう、思っていた。


 無意識に。


 当たり前のように。


 大名の嫡男として生まれたから。


 誰もそれを疑わなかったから。


「……そうか」


 三平太が不思議そうに首を傾げる。


「どうした?」


 慶幹は呟いた。


「俺は今まで百姓を理解しようとしていた」


「ああ」


「だが違った」


 慶幹はゆっくり立ち上がる。


「俺は百姓を理解する以前に」


 拳を握る。


「百姓を自分と同じ人間だと思っていなかったのだな」



 その日から慶幹は変わった。


 百姓と話す時、商人と話す時、職人と話す時。


 相手を下に見ることをやめた。


 一人の人として接した。


 最初は戸惑われた。


 だが少しずつ、少しずつ、人々の表情が変わっていく。


 その様子を遠くから見ていた勘助は。


「ようやく辿り着かれましたか」


 小さく笑った。


 そして満足そうに頷く。


「これで慶幹殿はまた一歩、強くなられた」


 政貞に敗れた理由。


 それは兵の数でも策でも、武勇でもなかった。


 人を人として見ていたか。


 ただそれだけの違いだったのである。

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