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転生したら小田氏治の家臣だったので、滅亡の運命を変えます!  作者: 社長


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37話 宴、花酒と

1542年 府中城下 農村部


 本日は待ちに待った、水車が完成したことを祝う宴の日である。


 会場を訪れると、既に百姓達は今か今かと宴の始まりを待ちかねており、楽しみにしてくれていることがよく分かった。


 そして今日は葵と氏治様も来てくれている。


 特に葵は水車の完成に立ち会えなかったことを残念がっていたからな。


 今日はその分、思い切り楽しんでもらおう。


 と、そんなことを考えていると百姓達は俺に気づき、次々に近づいてきた。


「殿!」


「菅谷様だ!」


「おおーい!」


 百姓達は笑顔で手を振りながら駆け寄ってくる。


 その顔には期待と喜びが満ち溢れていた。


 俺も思わず笑顔になる。


「皆、今日は来てくれてありがとうな」


「何言ってるんですかい!」


「こっちこそお礼を言いてぇくらいだ!」


「水車のおかげで仕事がずいぶん楽になりましただ!」


 口々に感謝の言葉を述べる百姓達。


 中には深々と頭を下げる者までいる。


 そんな大袈裟なと思いつつも、彼らの生活が少しでも良くなったのなら苦労した甲斐があった。


「今日は祝いの日だ。遠慮せず楽しんでくれ」


「「おおっ!!」」


 歓声が上がる。


 すると、聞き馴染みのある元気な声が近づいてきた。


「はっはっはっ! 相変わらず人気者だのう政貞!」


 氏治様である。


 その手には串焼き魚が握られている。


「氏治様、食べるの早いですよ。まだ宴始まってないのに……」


「はははっ、硬いことを言うな! それに、仰々しい挨拶は抜きにしてもう宴を始めてはどうだ? 皆、腹ペコで待ちかねておるぞ」


 まあ氏治様の言う通りといえば言う通りだ。


 俺は皆の方を向くと、高らかに叫んだ。


「よし、ではこれより宴を始める!! 皆、盛大に楽しんでくれ!!」


「「おお〜〜っ!!」」


 こうして俺の合図を受け、宴は始まった。


 宴が始まるや否や、百姓達は我先にと料理へ群がった。


 とはいえ奪い合いになるようなことはない。


 今日は皆が腹いっぱい食べられるよう、かなりの量を用意しているからだ。


「おおっ、白米だ!」


「真っ白じゃねぇか!」


「祭りでも滅多に食えねぇぞ!」


 百姓達は目を輝かせながら白米を頬張る。


 そして。


「う、うめぇ……」


「やっぱ白米は格別だなぁ……」


「これだけでも涙が出そうだべ……」


 感動したように呟く者までいた。


 この時代、白米は贅沢品だ。


 普段は雑穀や粟、稗が中心。


 白米を好きなだけ食べられる機会など滅多にない。


 だからこそ彼らの反応も大きいのだろう。


 魚の方も好評だった。


「この焼き魚もたまらねぇ!」


「脂が乗ってるべ!」


「酒が欲しくなるなぁ!」


「もう飲んでるぞ!」


「はっはっは!」


 会場のあちこちで笑い声が響く。


 皆本当に嬉しそうだ。


 その様子を見ているだけで、こちらまで幸せな気持ちになってくる。


「喜んでくれてよかったねぇ、政貞」


 隣にやって来た葵が微笑む。


 その手にも茶碗が握られていた。


「そうだな」


「皆、笑顔でいっぱい。心から笑ってるが分かるよ」


「そうだな、俺も嬉しいよ」


 水車を作るために苦労した日々が脳裏をよぎる。


 時には失敗し、試行錯誤、百姓達との議論をしてその果てに完成に至った。


 それらが報われた気がした。


 すると。


「政貞ぁ!」


 氏治様が上機嫌でやって来た。


「この魚もうまいし白米もうまい! 実に素晴らしい宴だ!」


「それは良かったです」


「うむ! じゃがな!」


 氏治様はニヤリと笑う。


「お主の顔を見る限り、まだ何か隠しておるじゃろ?」


「……ほほう、鋭いですなぁ」


 流石は氏治様、こういうよく分からないところで謎の勘の良さを発揮してくれる。


「やはりか!」


 氏治様が大笑いする。


 実際、その通りだった。


 今日の宴には目玉がある。


 そしてそれは、今まさに準備が終わったところだった。


 俺は立ち上がる。


「皆、少し聞いてくれ!」


 すると百姓達は食事の手を止め、一斉にこちらを見る。


「どうしたんですだ?」


「何かあるんで?」


 俺は大きく息を吸った。


「今日は水車完成の祝いの日だ!」


「おお!」


「だからこそ!」


 俺は声を張る。


「今まで誰も食べたことのない料理を振る舞おうと思う!」


 一瞬の静寂。


 そして。


「えぇ?」


「誰も食べたことない?」


「そんな料理あるんですかい?」


 当然の反応だった。


 この時代、料理の種類は限られている。


 誰も知らない料理などそうそう存在しない。


 しかし俺は不敵に笑った。


「あるんだなぁ、これが!」


 そう言って調理場へ向かう。


 皆の視線が集まる中、俺は準備しておいた材料を並べた。


 白米、酢、塩、魚。


「それで政貞、何作んの?」


 葵が興味津々で覗き込む。


「寿司だ」


「すし?」


「そう、寿司」


 もちろんこの時代にそんな名前は存在しない。


 正確にはなれずしの原型はあるが、俺が作ろうとしている握り寿司に近いものはまだない。


 まず炊き立ての白米に酢と塩を混ぜる。


 そして冷ます。


「米に酢を入れるんですかい!?」


 百姓達が驚く。


「もったいねぇ!」


「本当だべ!」


 だが俺は構わず続ける。


 酢飯を小さく握る。


 その上に炙った魚を乗せる。


 完成だ。


 非常にシンプル。


 しかし後世では世界中に広がる料理である。


 俺は最初の一つを葵へ差し出した。


「まずは葵からだ」


「おおっ、私から食べていいの!?」


「ああ」


 葵はワクワクした様子で寿司を受け取る。


 そして勢いよく口へ運んだ。


 もぐもぐと咀嚼する葵。


 すると……。


「……っ!」


 葵の目が大きく見開かれた。


「お、美味しい〜〜ッ!? 何これ!? こんな美味しいもの食べたことないんだけど!!」


 その声に会場がざわつく。


「本当か?」


「本当本当! 魚の旨味と酢飯がすごく合ってる!」


「ほう!」


 氏治様も興味を示した。


「ならば次は儂だ!」


 そう言って一口。


 そして。


「なんじゃこれは!!」


 大声が響く。


「うまいぞ政貞!!」


 会場がどっと沸いた。


「小太郎様があそこまで言うとは……」


「いや、小太郎様は割となんでもうまいうまい言うだろ」


「本当に美味いんで?」


 次々と配られていく寿司。


 百姓達も恐る恐る口へ運ぶ。


 そして。


「うめぇ!!」


「なんだこれ!」


「魚なのに全然違う!」


「米と魚がこんなに合うなんて!」


 大絶賛だった。


 あっという間に会場中へ笑顔が広がる。


 俺は思わず胸を撫で下ろした。


 どうやら成功したらしい。


 しかし、まだ誰も気づいていない。


 更にここからもう一段上があることを。


 そして俺はあらかじめ用意しておいた醤油をさらりと出す。


 すると皆の視線が、一斉に俺の手元へ集まった。


「政貞様、それは何ですだ?」


「黒い汁……?」


「薬じゃねぇですよな?」


 百姓達が不思議そうな顔をする。


 まあ無理もない。


 百姓が醤油を見ることなんてまずないだろうからな。


 この時代、醤油は高級品だ。


 この府中でも一部の百姓は醤油の製造に携わっているためその存在を知っているが、それ以外の者達は知らないだろう。


 だが、それも今日までの話だ。


 俺は木椀に入れた黒い液体を掲げた。


「これは俺が作らせた調味料だ」


「ちょうみりょう?」


「料理の味を変えるためのものだな」


 そう説明しながら、俺は寿司へほんの少しだけ垂らす。


 そして氏治様へ差し出した。


「もう一度食べてみて下さい」


「ふむ?」


 氏治様は首を傾げながら寿司を口へ放り込む。


 もぐもぐ、もぐもぐと咀嚼する。


 そして———。


「…………」


 あれ、固まっちゃった?


 氏治様が固まったんだけど。


 その様子に皆が不安そうになる。


「ど、どうしたんですだ?」


「まずかったんで?」


 だが次の瞬間。


「政貞ぁぁぁぁ!!」


 氏治様が絶叫した。


「なんじゃこれはぁぁぁぁ!!」


 会場がびくりと震える。


「うまい!! うますぎるぞ!!」


「えぇ!?」


「魚の旨味が何倍にもなっておるではないか!!」


 氏治様は目を輝かせながら次の寿司へ手を伸ばす。


「もう一つ!」


「氏治様、落ち着いて下さい」


「落ち着いておれるか!!」


 全然落ち着いていなかった。


 その様子を見た百姓達も我慢できなくなったらしい。


「俺にも!」


「こっちにもくれ!」


「早く!」


 大騒ぎである。


 俺達は急いで寿司へ醤油をつけて配っていく。


「うっま!?」


「何だこの黒い汁!」


「魚が何倍もうめぇ!」


「止まらねぇ!」


「酒! 酒持ってこい!」


 会場は大混乱になった。


 もちろん良い意味でだ。


 普段は大人しい年寄りまで目を輝かせて寿司を頬張っている。


 子供達など競争するように食べていた。


「これ全部食っていいんか!?」


「食い過ぎるなよ!」


「無理だべ!」


 笑い声が絶えない。


 葵も夢中になっていた。


「美味しい、美味しいぃ……!!」


 ぱくっ。


「美味しいよおぉ……!」


 無限に食べている。


「葵、少しは落ち着け」


「無理!」


 即答だった。


 まあ食べて蕩けてる顔が可愛いのでいいか。


「殿、これはまた見事なものを作られましたな」


「全くだぜ! 殿には敵わねえよ!」


 そして三平太と勘助殿もまたとても美味しそうに食べている。


 その横で由兵衛も負けていない。


「大将!」


「何だ?」


「これ売ったら絶対儲かりますぜ!」


「お前、食ってる時まで金の話かよ」


「いやでも本当に!」


 由兵衛の言葉に俺は苦笑した。


 だが実際、その通りかもしれない。


 寿司も醤油も、この時代では革新的な食べ物だ。


 上手く広めれば大きな商いになるだろう。


 もっとも今はそんなことより———。


 俺は宴を楽しむ人々を見渡した。


 百姓達は笑っている。


 子供達も笑っている。


 葵も、氏治様も、皆が心から楽しそうだった。

 

 水車が完成した。


 それによって農作業は楽になった。


 そして今日こうして祝いの宴を開くことができた。


 俺が目指しているのはこういう光景なのだろう。


 誰もが腹いっぱい食べられて。


 笑って暮らせる世の中。


 戦ばかりのこの時代では難しいかもしれない。


 だが。、少しずつでも前へ進んでいる。


 そう思えた。


 すると隣に来た葵が、にこりと笑う。


「政貞」


「ん?」


「今日は本当にいい日だね」


「ああ」


 俺も笑った。


「最高の日だ」


 そして宴は夜遅くまで続いた。


 その締めとして、氏治様があることを提案した。


「ようし! 今日は百姓も武士も関係ない! 皆で蓮歌をやろうぞ!」


「「れんが?」」


 百姓達が一斉に首を傾げた。


 無理もない。


 蓮歌など武士や公家の嗜みであり、百姓達には縁遠いものだ。


 だが氏治様は寿司によって上機嫌になっているせいか、まるで気にしていなかった。


「なぁに難しいことはない! 思ったことを口にすればよいのだ!」


「いや絶対違うと思いますが……」


 俺が思わず突っ込むと、


「細かいことは気にするな!」


 そう一蹴された。


「面白そう!」


 この手のことには真っ先に乗り気になるのが葵ちゃんである。


「私もやる!」


「よし! ではまず葵からじゃ!」


 こうして即席の蓮歌会が始まった。


 最初は遠慮がちだった百姓達も、酒が入っていることもあり次第に盛り上がっていく。


 葵が考え込んだ末に、


「春風に 揺れる菜の花 きれいだな」


 と詠むと、


「おお〜!」


「上手い!」


 と歓声が上がる。


 実際、歌などほとんど詠んだことはなかったはずだが中々上手いのではなかろうか。


 続いて氏治様。


「花見寿司 食べ過ぎたけど まだ食える!」


「それただの食いしん坊じゃないですか!」


 会場は大爆笑だった。


 そして百姓達も負けていない。


「白米を 腹いっぱい食い 夢みてぇ」


「いいぞ!」


「それが本音だな!」


 誰もが思わず笑ってしまうような句ばかりである。


 蓮歌として正しいかはさておき、宴としては大成功だった。


 そんな中。


「さて!」


 氏治様が立ち上がった。


「いよいよ最後じゃ!」


 そして満面の笑みで俺を指差す。


「本日の主役! 政貞の番だ!」


 一瞬、会場が静まった。


 そして。


「おおーっ!!」


「政貞様ならすごいの詠めるべ!」


「寿司も作れるし水車も作れるんだ!」


「きっと天才みてぇな句が出るぞ!」


 期待値が凄いことになっていた。


 ちょっと、待って。


 何かおかしい。


 俺は寿司を作っただけであって、蓮歌の才能まであるわけじゃない。


 だが既に逃げられる雰囲気ではない。


 皆が期待の眼差しを向けている。


 葵まで。


「頑張って政貞!」


 無邪気な笑顔だった。


 やめてぇ、その期待が重いんですよ本当に。


「殿ならきっとすげぇ句を……」


「流石は政貞様だって言わせてくだせぇ!」


 百姓達も期待満々である。


 俺は冷や汗を流した。


 俺、転生してからほとんど蓮歌なんてやったことないんだよなぁ。


 今までだって氏治様の歌を聞いたりするばかりだったし。


 まあしかし、これまでも大体何とかなってきたんだ、蓮歌もどうにかなるだろう。


 そして数十秒後。


 俺は歌を組み立て終わった。


「では……詠む」


 皆が固唾を飲む。


 そして俺は高らかに言った。


「寿司食べて」


 一同が頷く。


「うんうん」


「いい出だしだ」


「続きは?」


 俺は続けた。


「酒も飲んだら」


 皆が真剣に聞く。


 そして最後。


「腹いっぱい」


 …………。


 沈黙。


 静寂。


 風の音だけが聞こえる。


 あれ?


 何だこの空気。


 すると由兵衛がぽつりと呟いた。


「……ただの感想では?」


 その瞬間。


「ぶはははははははは!!」


 氏治様が腹を抱えて爆笑した。


「なんじゃそれはぁぁぁ!!」


「蓮歌ですらないではないか!」


 葵も吹き出した。


「ちょ、ちょっと政貞! 何それぇ!」


 百姓達も耐えきれなくなった。


「ははははは!」


「殿にも苦手なものあったんだ!」


「なんか安心したべ!」


「寿司は天才なのになぁ!」


 会場中が笑いに包まれる。


 俺は顔を覆った。


 恥ずかしい。


 何これ、滅茶苦茶恥ずかしいんだけど。


 すると氏治様が涙を拭きながら言った。


「いやぁ……今日一番面白かったぞ政貞!」


「嬉しくないっすよ」


「はははっ!」


 葵も笑いながら俺の肩を叩いた。


「でも安心したよ」


「何がだ?」


「政貞にもちゃんと弱点があったんだなって」


「……」


 否定できなかった。


 あれこれ作って、水車を作って、戦働きもして。


 色々やってきたせいで、周囲から万能人間みたいに思われていたのかもしれない。


 だが実際には違う。


 苦手なものはある。


 それがたまたま蓮歌だっただけだ。


「殿でも苦手なもんあるんですなぁ」


「なんか親近感湧くだ」


「俺達と同じ人間だべ!」


 百姓達は笑っていた。


 だがその笑いに馬鹿にするような色はない。


 むしろ親しみを感じているようだった。


 それを見て俺も苦笑する。


 まあいいか。


 今日一日、皆がこれだけ笑ってくれたのだから。


「よし!」


 氏治様が立ち上がる。


「これにて宴はお開きじゃ!」


「「おおーーっ!!」」


 歓声が夜空へ響く。


 水車完成を祝う宴。


 寿司と醤油に皆が驚き。


 最後は俺の壊滅的な蓮歌で締めくくられた。


 こうして大成功のうちに、宴は幕を下ろしたのであった。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

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