30話 千葉会談
「なるほど、先手を打ってきたわけか……」
千葉家の行動に俺は1人呟く。
「船は軍船か? 兵は乗っておるか?」
「いえ、船もたった二隻で乗っている者も武装しておらず、少数でございます」
「ふむ、承知した。念の為に武器を持ち込んでいないか船の中を検めさせよ。そして問題がなく、要件がこちらと敵対するものでなければ城までお通しせよ」
「承知いたしました」
俺の言葉を受け、伝令の者は一礼し去っていった。
なるほど。
表面上は武装をしていないということは、恐らく外交とこちらの偵察が目的だろう。
まさかあちらから仕掛けてくるとは、中々に行動が早いな。
全く、心の準備もできていないのにいきなり来ないでもらいたいものだ……。
俺は心の中でため息を吐きつつ、氏治様へと振り向く。
「早速仕事が舞い込んできましたな、小太郎様」
「そ、そうじゃのう……」
俺は笑みを浮かべて振り向くが、氏治様は顔を青くしていた。
あれ、もしかして緊張しているのか?
「小太郎様、もしかして緊張しておられますか?」
「へ? ば、馬鹿を申すな! これは……そう、武者震いじゃ! 武者震い!」
「なるほど、緊張しておられるんですね」
「……うむ」
氏治様は素直に頷いた。
まあ当然といえば当然である。
外交なんて家の命運さえ決めかねない重要な仕事がいきなり降ってきたとなれば、そりゃあ動揺もしようというもの。
正直言って、俺も緊張していないといえば嘘である。
だがしかし、現在実質この城の2番手である俺が逃げるわけにはいかない。
「そうですね。では小太郎様は病に伏せっているということにしましょう。別に使者相手に必ず城主が会わなければならないというわけでもありませんし」
そもそも、城主が元服もしておらず幼い場合、側近や補佐役が代わりに外交を執り行うということも珍しくないはずだ。
わざわざ氏治様に無理をして参加してもらう必要もないだろう。
そう思っていたのだが、氏治様は大きく首を横に振った。
「そ、それは駄目じゃ! 確かに嫌じゃが、だといって逃げるわけにはいかん! ワシは城主じゃ、その役目を果たさねばならんのじゃ!」
と、先ほどの弱気が嘘と思えるほど毅然として言い放った。
その氏治様の姿に俺は驚くと同時に、感動を覚えた。
全く無理しちゃって……身体がぷるぷる震えてるの、見えてるんですよ。
まっ、そうやって無理しても役目を果たそうとする姿は格好いいですけどね。
決して完璧ではないが、こうして人のため民のために頑張ろうとする氏治様が俺は好きである。
怖い中この人も頑張ろうとしているんだ、俺も気合いを入れなければな。
氏治様の姿に元気をもらった俺は背筋を正し、氏治様を見据える。
「ははっ、流石は俺の主です。では城に戻りましょう、使者が来る前に備えなくては」
「うむ、そうしよう!」
そして俺たちは急ぎ、城へと帰還するのだった。
「おお、戻りましたかお二人とも!」
城主の間に戻ると、そこには常陸介をはじめとした数人の家臣達が既に集まっていた。
「おお、常陸介達! 話は既に聞いておるな!」
「ははっ! 千葉の船が港に現れたとの情報でございましょう。まさか昨日の今日で船を寄越してくるとは、予想外でしたな」
「うむ、しかしこうなった以上は備える他あるまい。まだ外交目的と決まったわけではないが、今の内に備え段取りを決めておこう。それでよろしいですか、殿?」
「うむ!」
俺の言葉に氏治様は頷く。
そして氏治様と俺が所定の位置につき、段取りを決めようとしたその時である。
城主の間に伝令が姿を現した。
「戻ったか! して、千葉の者達の用向きはどうであった?」
「ははっ! その者達は小田家との外交目的で訪れた使者と名乗り、武具の類も持ち合わせておりませんでした。彼らはこれより数刻の後、城に到着する予定です」
「承知した。大義である、下がって良いぞ」
「ははっ!」
伝令が去るのを見届けた後、俺は氏治様に視線を移す。
「残された時間はそれほどないようですな」
「う、うむ……そうじゃな」
氏治様の表情は不安気だ。
ああは言ったものの、やはりいざとなると不安は残るのだろう。
そして俺の方も段取りを決めると言ったものの、俺も外交は初めてである。
ここはやはり、我が家のベテランに任せるべきだな。
「凝淵斉殿、いかがするべきでしょうか?」
そう、頼れる我が小田家の重臣、赤松凝淵斉。
今回はベテランで経験豊富なこの人に任せることとした。
「そうじゃな……まず、政貞殿は外交は初めてであろう。ここは私と常陸介共に一任して、本日は学びに徹してもらいたい」
「承知いたしました」
「凝淵斉! それで、ワシは何をすればよいのだ?」
「小太郎様は城主として挨拶した後は、堂々と座っていていただければよろしいかと。若くして威厳ある姿を見せれば、千葉の者も小田の跡継ぎは侮りがたし者と考え、外交は優位に進みましょう」
「分かった! 凝淵斉の申す通りにしよう!」
氏治様は勢いよく頷いた……が、その声には若干の震えが混じっていた。
見ているこちらとしては、少し心配が残る。
まあ、無理もないな。
俺は心の中で小さく息を吐く。
初陣が戦ではなく外交の場というのは、ある意味で戦よりも胃に悪い。
刃は飛んでこないが、言葉一つで領地が揺れる世界だ。
「では配置を確認いたします」
常陸介が地図のように頭の中で場を組み立てながら言う。
「上座に氏治様、その右に政貞殿、左に私と凝淵斉殿。使者は正面に通す」
「異議なし」
凝淵斉殿も短く頷く。
無駄がない。さすが経験者というところか。
「政貞殿」
凝淵斉殿が俺を見る。
「政貞殿には、一つ心しておいていただきたい」
「何でしょうか」
「相手は千葉家。霞ヶ浦南岸を押さえる水運の主です」
言葉は静かだが重い。
「こちらの出方次第で、敵にも味方にもなる」
「……つまり、第一印象でほぼ決まると」
「左様」
短い沈黙。
俺は小さく頷いた。
「了解しました」
要するに気を抜くな、というわけだな。
やれやれ、胃が少し痛くなってきた。
そこへ———。
「殿!」
再び伝令が駆け込んできた。
「千葉の使者、城下に到着!」
一気に空気が締まる。
氏治様の肩が、ほんのわずかに跳ねたのを俺は見逃さなかった。
「……来たか」
凝淵斉が静かに言う。
常陸介も表情を引き締める。
そして俺は一歩前に出た。
「では予定通り、迎えましょう」
その瞬間だった。
城門の方角から、別の報告が重なるように届く。
「使者、門前にて待機!」
「……通せ」
俺が即座に命じる。
しばらくして———。
重い足音が廊下に響き始めた。
カツ、カツ、と一定の間隔。
余計な音がない。
無駄な緊張もない。
それだけで分かる。
慣れているようだな、相手の使者は。
やがて襖の向こうに影が映る。
「……千葉家使者、参上仕り申した」
声は低く、落ち着いている。
だがその一言だけで、この場の空気を外側から切り替えてくるような圧があった。
俺は小さく息を吐いた。
さて、始まるか。
氏治様が、ぎゅっと拳を握る。
凝淵斉殿が一瞬だけ視線で合図を送る。
常陸介は微動だにしない。
そして俺は、静かに口を開いた。
「——通れ」
襖が、ゆっくりと開く。
千葉との最初の外交が、いま始まった。
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