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29話 千葉、来たる

29話

 評定が終わった翌日、俺は氏治様と共に町や農村を回っていた。


 つまり挨拶回り、新しく城主になる氏治様を民に紹介しているのである。


 しかし、その反応は決して全てが良いものではなかった。


 勿論、新しく府中を治める小田家の嫡男が直々に城主を務めるということで安心し、喜ぶ者が多かったのは事実だ。


 しかし、それと同時にまだ元服前の若者が城主であることに不安を見せる者も少なくなかった。


 まあそれも当然のこと、前の城主である慶幹もそれより一回り若いのだから不安に思っても仕方ないだろう。


  評定が終わった翌日、俺は氏治様とと共に町や農村を回っていた。


 つまり挨拶回り、新しく城主になる氏治様を民に紹介しているのである。


 しかし、その反応は決して全てが良いものではなかった。


 勿論、新しく府中を治める小田家の嫡男が直々に城主を務めるということで安心し、喜ぶ者が多かったのは事実だ。


 しかし、それと同時にまだ元服前の若者が城主であることに不安を見せる者も少なくなかった。


 まあそれも当然のこと、前の城主である慶幹もそれより一回り若いのだから不安に思っても仕方ないだろう。


 もっとも———


「心配するでない!」


 そんな声を上げたのは当の本人だった。


「確かにワシは若い! じゃが、その分皆と同じ目線で考え、同じ目線で歩いていくつもりじゃ!」


 市場の真ん中で胸を張る氏治様。


 それを見て俺は思わず額に手を当てた。


 この人、本当にこういうところだけは肝が据わってるんだよな。


 普通なら不安の声を聞けば多少は気後れするものだ。


 だが氏治様は違う。


 不安ならば直接話して解消すれば良い、と本気で考えている。


「それにじゃ!」


 氏治様は俺の肩をばんばん叩いた。


「政貞がおる!」


 氏治様、力強いです。


「この者は皆もよう知っておろう! この者は何と、千歯こきをはじめとした農具の開発に貢献した立役者じゃ! これからも小田領と同じように府中を豊かにしてくれようぞ!」


 わっはっはと笑う氏治様。


 いや、それだと俺ばかりに注目がいってアンタに注目がいかないじゃないですか。


 俺はため息を吐きつつ、補足をする。


「確かに俺は提案こそしたが、農具の開発ができたのは百姓に信頼されていた小太郎様がいてこそ。つまり、農具の開発をしたのは小太郎様と言えるだろう」


 結構盛ってはいるが、こう言っとけば百姓達の氏治様を見る目は変わるはずだ。


 実際に百姓達に目を向けると、彼らの氏治様に向ける視線は変わっていた。


「こ、このお方があの農具を開発したのか……」


「若いのに大したお方だ、こりゃあ期待できるかもな……」


 と、氏治様に対してプラスな発言が増えていくのが分かる。


 よしよし、これで農民達の心も少しは掴めただろう。


 そうして安堵していたところで、1人の老人が口を開いた。


「殿様、1つお聞きしたいことがございます」


「うむ!」


「我らの年貢は本当に増えぬのでございますか?」


 周囲が静かになる。


 やはり皆が気にしているのはそこか。


 農具や検地の話は既に村々へ少しずつ伝わり始めていた。


 検地というものは百姓達にとっても馴染みがない、だからこそ彼らにとって気になるのは結局、年貢が増えるか増えないのか、その一点だ。


 俺は老人の前に歩み出た。


「約束しよう」


 老人が顔を上げる。


「少なくとも検地を理由にいきなり年貢を増やすことはしない。今まで通りの量で構わない」


「……本当に?」


「ああ」


 俺は頷いた。


「まずは田畑を調べ、そして村を豊かにする。その後のことは、その成果を見てからだ」


 老人はしばらく俺の顔を見つめていた。


 やがて深々と頭を下げる。


「ならば信じまする」


 その言葉に周囲の百姓達も少し安堵したようだった。


 やはり言葉だけでなく、直接顔を見せることは大事だな。


 そんなことを考えていると、今度は市場の商人が声を上げた。


「政貞様!」


「何だ?」


「農具を売るという話は本当ですかい?」


「ああ」


「紙も醤油も作ると聞きました」


「それも本当だ」


 すると商人達がざわつく。


 百姓達と違い、商人達は不安よりも期待の方が大きいらしい。


「ということは府中で売るんですかい?」


「うむ、そのつもりだ」


 俺が答えると商人達の目の色が変わった。


 なるほど。


 彼らは彼らで商機を嗅ぎ取っているのか。


「面白くなりそうだ」


「小田家が来てから話題に事欠かねぇな」


「府中もまだまだ賑やかになるかもしれん」


 そんな声が聞こえてくる。


 民と商人、同じ領民でも見ているものは違う。


 だがどちらも未来に関心を持ち始めている。


 それは良い兆候だった。


 

 そうして町を回り終えた頃には日も傾き始めていた。


 俺達は府中城へ戻るため街道を歩いていた。


「どうじゃ政貞」


 氏治様が尋ねる。


「何がです?」


「府中の者達じゃ」


 俺は少し考えた。


「思ったより元気ですね」


「ほう?」


「戦には負けました。大掾家も滅びました」


 だが。


「それでも皆、生き生きとしている」


 田畑を耕し、商いをし、家族を養っている。


 戦国の民というのは本当に逞しい。


「だから俺達がやることは簡単です」


「簡単?」


「彼らの邪魔をしない、させないことですな」


 氏治様が首を傾げる。


 俺は笑った。


「勿論、仕事は山ほどありますよ」


 農具に検地、港に市場。


 やるべきことはいくらでもある。


「ですが結局のところ、領主の役目は民が働きやすい環境を作ることです」


 民自身が豊かになる力を持っている。


 ならばそれを邪魔しない、させない。


 むしろ後押しすること、それが一番大事だ。


「ふむ……」


 氏治様は腕を組む。


 そして少し考えた後、笑った。


「やはり政貞の考えは面白いのう」


「そうですか?」


「普通の大名なら民を使うことばかり考えるじゃろう」


 だが。


「お主は民を助けることばかり考えておるのう」


 そう言われると少し照れ臭い。


 前世の知識があるだけなのだが。


「やはり、お主とワシは気が合うようじゃなぁ!」


 氏治様は豪快に笑った。


 その時だった。


「殿!」


 前方から一騎の騎馬武者が駆けて来る。


 その顔には明らかな焦りが浮かんでいた。


 俺と氏治様の表情が引き締まる。


「何事じゃ!」


 氏治様が声を上げる。


 武者は馬から飛び降りると、息を整える間もなく叫んだ。


「ご報告にございます!」


「申せ!」


「霞ヶ浦南岸より急報!」


 その言葉に俺は思わず目を細めた。


 霞ヶ浦南岸。


 つまり———。


 千葉領である。


「千葉家の家紋を掲げた船が迫っております!」


 その一言に、その場の空気が一変した。


 どうやら俺達が府中の整備に取り掛かるよりも早く、向こうもこちらを見始めたらしい。

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