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27話 府中会議その3

 さて、次は本日の締めとなる内容だ。


 といっても、特別なことを話すわけでもないがな。


「田畑については以上だ。次に目を向けるのは府中の港、そして霞ヶ浦だ」


 俺がそう告げると、家臣達は再び姿勢を正した。


 田畑や検地の話であれば理解しやすい。


 だが港や商いとなると、武士達には少々縁遠い話である。


 案の定、何人かは不思議そうな顔をしていた。


「港、でございますか?」


 常陸介が代表して問い返す。


「ああ」


 俺は頷いた。


「皆に聞こう。今回の戦で我らが得たものは何だと思う?」


 突然の問いに家臣達は顔を見合わせる。


 やがて一人が答えた。


「府中城にございます」


「うむ」


 別の者が続く。


「大掾家の領地でございましょう」


「それも正しい」


 さらに別の者。


「民心にございます」


「それも大事だな」


 どれも間違いではない。


 だが俺が聞きたかった答えはまだ出ていない。


「慶幹、お主はどう思う?」


 突然名を呼ばれた慶幹は少し驚いた顔をした後、静かに答えた。


「……常陸国府でございますか」


 俺は思わず笑みを浮かべた。


「流石だ」


 評定の間がざわつく。


「国府……?」


「そうだ」


 俺は頷く。


「府中はただの城下町ではない」


 そしてゆっくりと言葉を続けた。


「この地は古くより常陸国の中心として栄えてきた」


 国府、総社、大掾氏。


 長年に渡って政治と経済の中心であり続けた土地だ。


「人が集まり、物が集まり、銭が集まる」


 俺は周囲を見回す。


「つまり府中最大の価値は田畑でも城でもない」


 一呼吸置く。


「市場だ」


 その言葉に評定の間が静まり返った。


 多くの者にとって予想外の答えだったのだろう。


「市場……でございますか」


 常陸介が呟く。


「ああ」


 俺は頷いた。


「例えば農具を作ったとしよう」


 皆が耳を傾ける。


「紙でもいい。醤油でもいい」


 そして問いかける。


「作っただけで銭になるか?」


「……なりませぬな」


「その通り」


 俺は笑う。


「売って初めて銭になる」


 当たり前の話だ。


 だが、その当たり前が重要なのである。


「そして物を売るには買う者が必要だ」


 武士に商人、職人から寺社の者達に百姓まで。


 人が多いほど売れる。


「府中にはそれが揃っている」


 だからこそ価値がある。


「なるほど……」


 常陸介が納得したように頷いた。


「確かに府中には古くから商人が集まっております」


「そういうことだ」


 俺はさらに続ける。


「今までの小田領にも市場はあった」


 土浦にも、小田にもあった。


 だが。


「規模では府中に及ばぬ」


 これが現実だった。


 だからこそ小田家は府中を欲したのである。


 すると一人の家臣が口を開いた。


「しかし殿」


「何だ?」


「市場が重要ならば、土浦の港はそれほど価値がないのでしょうか?」


 良い質問だ。


 むしろここからが本題である。


「いや、逆だ」


「逆?」


「土浦もまた極めて重要だ」


 俺は地図を広げた。


 そして土浦と府中を指差す。


「皆は土浦の強みが何だと思う?」


「港にございますな」


「その通り」


 俺は頷く。


「土浦の強みは市場ではない」


 一拍置く。


「物流だ」


 聞き慣れない言葉に首を傾げる者もいた。


「荷を運ぶ力と言い換えても良い」


 俺は説明を続ける。


「例えば米百俵を土浦から運ぶとしよう」


「はっ」


「陸路なら荷車を何台も用意し、人足も馬も必要になる」


 しかも時間がかかる。


 道も悪い。


 雨が降ればさらに遅れる。


「だが船ならどうだ?」


 家臣達の目が開かれる。


「一度に運べますな」


「その通り」


 俺は笑った。


「大量に、早く、安く運べる」


 これこそ水運の力である。


 前世では当たり前だったが、この時代ではまだ十分に活用されているとは言い難い。


「つまり府中は売る場所」


 俺は府中を指差す。


「土浦は運ぶ場所」


 続いて土浦を指差した。


「そして霞ヶ浦はその二つを結ぶ道だ」


 その瞬間、何人もの家臣達が息を呑んだ。


 点だったものが線として繋がったのだろう。


「まさか……」


 慶幹が呟く。


「ようやく分かったか」


 俺は笑みを深めた。


「港だけあっても荷は売れぬが、市場だけあっても荷は運べぬ」


 そして力強く言う。


「だから土浦と府中、その両方を手に入れたことに意味があるのだ」


 評定の間がどよめいた。


 家臣達もようやく理解したらしい。


 俺が府中攻略をここまで重視した理由を。


「府中で紙を売り、醤油を売り、農具を売る」


 そして。


「余った物は土浦へ集める」


 霞ヶ浦を使い、各地へ運ぶ。


 鹿島へ、潮来へ、さらに利根川流域へと。


「商人達は利益のある場所へ集まる」


 俺は言った。


「商品が集まる場所に商人が来る。商人が来る場所に船が来る。そして、船が来る場所に市ができる」


 そして最後に。


「市ができる場所が栄える」


 静寂。


 誰も口を開かない。


 皆、俺の言葉を噛み締めているようだった。


「殿」


 やがて常陸介が口を開く。


「もしそれが実現すれば……」


「ああ」


 俺は頷いた。


「府中は常陸最大の市場となるだろう」


 そして。


「土浦は常陸最大の物流拠点となる」


 農業だけではなく、産業だけでもない、ましてや商業だけでもない。


 その全てが噛み合った時、領地は飛躍的に豊かになるだろう。


「農具を配り、紙や醤油を作らせる理由も全てここへ繋がる」


 民を豊かにしわ市場を育て、港を栄えさせる。


 そしてその結果として銭を生む。


 それこそが俺の描く未来だった。


「戦で奪うだけでは国は豊かにならぬ。民が働き、物が流れ、銭が巡る」


 その仕組みを作って初めて国は強くなる。


 評定の間は静まり返っていた。


 そして。


「……お見事にございます」


 そう言ったのは慶幹だった。


「某は長年この府中を見て参りましたが、府中と土浦をそのように見たことはございませんでした」


「私もですな」


 常陸介も苦笑する。


「港と市場を別々に考えておりました」


「それが普通だ」


 俺は笑った。


「だが俺は両方持っている以上、両方使う」


 その言葉に家臣達から小さな笑いが起こる。


 そして氏治様が大きく頷いた。


「うむ! 実に面白い!」


 その一言で場の空気が和らいだ。


 俺はそんな彼らを見ながら思う。


 府中を得た。


 土浦もある。


 今ならできる。


 常陸に、誰も見たことのない豊かな国を作ることが。


 そのための第一歩が、今まさに始まろうとしているのだ。

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