26話 府中会議その2
26話
俺の言葉に、皆が静まり返る。
皆の表情を見ると検地という言葉にあまりピンと来ていない様子だった。
それもそのはず、本格的に検地を行ったのは豊臣秀吉が初めてだと聞く。
だとすれば、彼らが検地と言われて何をするか思い至らないのも当然というものだ。
俺は家臣達を見回しながら説明を続ける。
「検地とは簡単に言えば、田畑の広さと収穫量を正確に調べることだ」
「田畑の広さを……?」
常陸介が首を傾げる。
「そうだ。今この府中には『この村は何百石』『あの村は何十石』という記録があるだろう」
「ございますな」
「だが、その数字は本当に正しいのか?」
その言葉に、何人かの者達が顔を見合わせた。
「昔は百石だった田畑が、今は百五十石になっているかもしれぬ。逆に洪水や荒廃で八十石になっているかもしれぬ」
戦国時代の記録など案外いい加減なものだ。
まして長年続いた争乱の中で、正確な数字が残っている保証などない。
「まずは領内の実情を知る。それが検地だ」
すると慶幹が口を開く。
「なるほど。しかし政貞殿、それは大事なことでしょうが、かなりの手間がかかるのではございませぬか?」
「かかる」
俺は即答した。
「正直に言おう。もう非常に、面倒だ」
評定の間に小さな笑いが起きる。
「村々を回り、田畑を測り、一つ一つ記録せねばならん」
「それほどまでにして行う価値があるのですか?」
別の家臣が尋ねる。
俺は大きく頷いた。
「ある。大いにな」
そして指を一本立てた。
「まず第一に、隠し田を見つけられる」
「隠し田……!」
その言葉に何人かの家臣の顔色が変わった。
無理もない。
隠し田とは年貢を逃れるため申告されていない田畑のことである。
どこの領地にも少なからず存在する。
「百姓だけではない。地侍や国人の中にも、実際より少なく申告している者はおるだろう」
そう言うと何人かが気まずそうに視線を逸らした。
おやおや、どうやら心当たりのある者もいるらしいですなぁ。
「検地を行えば本来の石高が分かる。そうなれば年貢も適正になる」
続いて二本目の指を立てる。
「第二に、新たな田畑を把握できる」
「新たな田畑?」
「ああ。百姓達は生活のため、少しずつ田畑を広げていることがある」
開墾そのものは良いことだ。
むしろ奨励したい。
だが領主側がそれを把握していなければ意味がない。
「どこにどれだけ田畑があるか分かれば、今後の開発計画も立てやすくなる」
「なるほど……」
常陸介が感心したように頷く。
そして俺は三本目の指を立てた。
「第三に、家臣達への恩賞を正しく行える」
これには家臣達が反応した。
「恩賞でございますか?」
「そうだ」
俺は彼らを見渡した。
「例えば百石の土地だと思って与えた場所が、実は二百石だったらどうなる?」
「それは……」
「逆に二百石だと思ったら百石しかなかったら?」
家臣達は黙り込む。
どちらも問題だ。
前者は与え過ぎであり、後者は不満を生む。
「正しい石高が分からなければ、正しい恩賞も与えられぬ」
これは戦国大名にとって死活問題である。
家臣の不満はそのまま反乱の火種になり得るからだ。
だが、それだけではない。
俺はさらに続けた。
「そしてもう一つ重要なことがある」
「何でございましょう?」
「軍勢だ」
その言葉に、家臣達の表情が変わった。
「軍勢……ですか」
「ああ」
俺は頷く。
「石高が分からねば、どれだけの兵を動員できるかも分からぬ」
戦国の世において石高とは、そのまま国力である。
国力とは兵であり、兵とは国力なのだ。
「百石の土地なら何人の兵を出せるのか。千石なら何人なのか」
俺は家臣達を見渡した。
「正しい石高を知ることは、正しい軍勢の数を知ることでもある」
今度は誰も反論しなかった。
武士である彼らにとって、それが最も分かりやすい利益だったのであろう。
「故に検地は民のためだけではない。家臣達のためであり、小田家そのもののためでもある」
その言葉に家臣達の表情が引き締まった。
すると常陸介が慎重に尋ねる。
「しかし政貞殿」
「何だ?」
「検地を行えば、民達は年貢を増やされるのではないかと不安になるかと」
鋭い指摘だった。
実際、それが最大の問題である。
下手をすればせっかく得た民心を失う。
だが俺は既に答えを用意していた。
「その心配は分かる」
俺は静かに頷いた。
「だから今回の検地では、いきなり年貢を増やしたりはしない」
「……何と?」
評定の間がざわつく。
「まずは調べるだけだ」
俺は断言した。
「どこにどれだけ田畑があり、どれほど収穫できるのか。それを知ることが目的である」
すると別の家臣が思わず口を開いた。
「ですが殿」
「何だ?」
「税を増やさぬのであれば、何のためにそこまで手間をかけるのでしょうか」
当然の疑問だった。
家臣達も同じことを思っていたらしい。
俺は小さく笑った。
「今は増やさぬ」
「今は……?」
「うむ」
俺は頷く。
「今の府中に必要なのは、民から搾り取ることではない」
そしてゆっくりと言葉を続けた。
「民を増やし、田畑を増やし、収穫を増やすことだ」
家臣達は静かに耳を傾ける。
「考えてみよ。百石の村から無理に税を取るより、十年後に百五十石の村へ育てた方が得ではないか?」
「それは……」
「税率を変えずとも収入は増える」
俺がそう言うと、家臣達の表情に理解の色が浮かんだ。
そうだ。
無理に取り立てる必要はない。
まずは国そのものを大きくする。
それが最も効率が良い。
「急いては事を仕損じる、というやつだ」
すると慶幹が口を開いた。
「では隠し田についてはいかがなさるので?」
評定の間が静まり返る。
皆が気になっていたのだろう。
俺は迷わず答えた。
「今回は不問とする」
「不問……」
「ああ」
俺は頷いた。
「今までのことまで遡って罰するつもりはない」
家臣達の間に安堵の空気が流れる。
だが俺は続けた。
「ただし」
その一言で空気が引き締まった。
「検地が終わった後は別だ」
俺は静かに言う。
「以後は正しく申告してもらう」
それが領主としての最低限の筋である。
「今回は許す。だが次はない」
家臣達は無言で頷いた。
厳しすぎず、甘すぎず。
それが今の府中には丁度良い。
「まずは民達に安心してもらう。そして豊かになってもらう。その上で領地全体が豊かになった時に、改めて制度を整える」
評定の間は静まり返っていた。
だが先程までの不安や警戒はない。
皆がこの政策の意味を理解し始めていた。
すると氏治様が満足そうに笑った。
「うむ、実に政貞らしい考えじゃな」
「恐れ入ります」
「しかし面白い」
氏治様は家臣達を見回した。
「農具を配り、産業を育て、検地を行う。どれもすぐに成果が出るものではない」
そして楽しそうに笑う。
「だが十年後、この府中は見違えるほど豊かになっておるやもしれんな」
その言葉に、家臣達も少しずつ未来を想像し始めたようだった。
荒れた田畑、疲弊した村々、戦で傷ついた府中。
それらが少しずつ立て直され、栄えていく光景を。
俺もまた心の中で頷く。
戦に勝っただけでは意味がない。
本当の勝負はここからだ。
この府中を、常陸一豊かな土地へ変える。
そのための第一歩が、今まさに始まろうとしていた。
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