25話 府中会議その1
25話
「これからの府中城における政策方針について、お聞かせ願いたい」
常陸介の質問は予想通り、小田家が今後府中をどのように治めていくかについてであった。
無論、これについては想定済みだ。
なので、俺は迷うことなく答えた。
「まず第一に、民を豊かにする。これは彼らとも約束したことだからだ」
その言葉に皆が頷く。
民を豊かにし、民心を得る。
これがいかに大事か、先の戦で痛いほど理解したからであろう。
「まず行うのは新農具の導入だ。民が最も期待していることだからな」
「千歯こきをはじめとした農具の数々でございますね」
流石は常陸介、既に農具に関しても把握済みのようだな。
「その通り。まずは小田領から持って来た農具を農村へ平等に分配し、また農具の製法を職人達に伝え、これを量産する。これによって百姓全員に農具が行き渡り、余った農具を売りに出すこともできるだろう」
俺がそう説明すると、疑問に思った1人の武士が挙手をした。
「恐れながら申し上げたきことがございます」
「申してみよ」
「ははっ! 農具を売りに出すとのことですが、他家に売ってしまえば他家の強化を招いてしまいます。ここは我らで独占して使用するべきではないでしょうか?」
武士の言葉に、何人かの者達が「確かに」と頷いた。
戦国の世である。
自領だけが豊かになれば、その分だけ他家との差をつけられる。
ならば技術は秘匿し、独占した方が良い。
ごく自然な考えであった。
だが、俺は首を横に振る。
「いや、それはしない」
「何故にございましょう?」
「理由は二つある」
俺は指を一本立てる。
「一つは、どうせ隠しきれないからだ」
「隠しきれない……ですか?」
「ああ。農具というものは戦の兵法とは違う。一度市場に出れば形を見ただけで真似される」
実際、前世でも優れた道具というものはあっという間に広まった。
ましてこの時代だ。
職人が一人見れば大まかな構造は理解できるだろう。
「仮に売らなかったとしても、商人が持ち出すかもしれぬ。職人が他国へ移るかもしれぬ。いずれ必ず真似される」
俺の言葉に、先程の武士も黙り込む。
「ならば無理に隠そうとするより、こちらが先に売って利益を得た方が良い」
「なるほど……」
そして俺は二本目の指を立てた。
「もう一つは、銭だ」
「銭、でございますか?」
「そうだ」
俺は周囲を見回した。
「皆も知っての通り、戦には銭がかかる」
兵糧に武具、馬に城の修繕から街道整備に兵の補充、どれも莫大な費用が必要だ。
「農具を売れば銭が入る。その銭で更なる農具を作り、田畑を開き、職人を育てる」
俺は笑みを浮かべた。
「儲かるうちに儲ける。それが大事だ」
評定の間に小さな笑いが広がる。
しかしこれは冗談ではない。
技術というものは独占している間が最も利益を生む。
その期間にどれだけ稼げるかが重要なのだ。
常陸介も腕を組みながら頷いていた。
「確かに。農具を売れば商人も集まりましょうな」
「その通りだ」
俺はさらに続ける。
「そして商人が集まれば市場が栄える。市場が栄えれば税収も増える。税収が増えれば民を助ける余裕も生まれる」
「なるほど……」
家臣達の表情が少しずつ変わっていく。
単なる農具の話ではなく、領地経営全体の話であることを理解し始めたのだろう。
「だが忘れるな」
俺は少しだけ真剣な声音になった。
「農具を売ることが目的ではない」
全員の視線が集まる。
「目的は民を豊かにすることだ」
その言葉に評定の間が静まり返った。
「民が豊かになれば税は自然と増え、兵も集まり、領地は安定はしてゆく」
俺はゆっくりと言葉を重ねる。
「しかし逆に民を苦しめて搾り取れば、一時的に銭は増えても長くは続かぬのだ」
それは大掾家が身をもって証明してしまったことでもある。
慶幹がわずかに目を伏せた。
俺もそれ以上は触れない。
「故に俺はまず民を豊かにする。その結果として小田家も、我らも豊かになる」
戦国の領主としては少々甘い考えに聞こえるかもしれない。
だが俺は本気だった。
すると常陸介が静かに口を開く。
「殿」
「何だ?」
「その方針、誠に結構かと存じます」
彼は深く頭を下げた。
「先の戦にて民達が小田家を支持した理由が、今ようやく分かりました」
その言葉に周囲の家臣達も次々と頷く。
どうやら皆には納得してもらえたらしい。
しかし、少し脱線したが話はまだ続いている。
俺は農具の話へと戻り、再び話し出した。
「そして農具を百姓達に行き渡らせる1番の利点は彼らの農作業の時間を大幅に短縮し、空いた時間に他の作業を行わせることができる点だ」
「そしてその空いた時間に田畑を新たに増やし、田畑の整備を行い石高を高めることができる。そういうことだな、政貞」
「その通りでございます、小太郎様」
氏治様の言葉に、俺は頷く。
「その他にも、小田領内では百姓達は空いた時間に紙や醤油を作らせている。百姓達に作らせたこれらを売ることで、さらに銭を得ることができるわけだ」
俺の言葉に、周囲はざわめく。
「紙や醤油まで作っていたのか……」
「そりゃあ豊かなわけだ……」
また彼らが驚くのも無理はない。
この時代、紙や醤油を作っている場所はこの日の本でも限られた場所だけなのだからな。
「現在、府中での大豆の生産量はどの程度だ?」
俺がそう尋ねると、常陸介がすぐに答えた。
「はっ。米ほどではございませぬが、それなりに作られております。特に畑作地帯では大豆を育てている農家も少なくありませぬ」
「ならば問題ないな」
俺は頷いた。
府中では土浦と同様に港から塩を得ることができる、醤油作りには困らないだろう。
「ではこの府中でも醤油作りを始める。だが、それより前にまずは味噌作りを増やす」
「味噌を?」
「醤油は味噌作りと通じるところが多い。まずは味噌を安定して作れる村を育て、その後に醤油へ広げる」
前世の知識では、いきなり高度な技術へ飛びつくより段階を踏んだ方が成功率が高い。
急いで失敗するより、遠回りでも確実に進める方が良いからな。
そして新しい事業というものは、最初から大規模に行うべきではない。
これは前世でも変わらない鉄則である。
小さく始め、上手くいけば広げる。
その方が失敗した際の損失も少ない。
「紙作りも同様だ。幸い霞ヶ浦周辺には水が豊富にある」
紙漉きには大量の水が必要だ。
その点、この土地は恵まれている。
「職人を育て、いずれは府中産の紙として売り出す」
「ふむ……」
常陸介は感心したように頷いている。
一方で何人かの武士達は難しい顔をしていた。
無理もない。
彼らは武士であり、商売について学んできたわけではないのだから。
そんな中、一人の家臣が口を開いた。
「恐れながら」
「何だ?」
「それほど多くの事業を行うとなれば、人手が足りなくなるのではございませぬか?」
良い質問だった。
実際、それが最大の問題でもある。
俺は笑みを浮かべた。
「だからこそ農具なのだ」
「……は?」
「農具によって百姓一人あたりの仕事量を減らす」
俺はゆっくり説明する。
「例えば十人で十日かかっていた仕事が五日で終わるようになれば、残りの五日は別の仕事ができる」
「あっ……!」
家臣達にも理解が及んだらしい。
「農具は収穫量を増やすだけの道具ではない」
俺は指を立てる。
「人手を生み出す道具でもあるのだ」
前世で言う生産性向上というやつだ。
人が増えなくても、できる仕事は増やせる。
それこそが技術の力である。
「だからまず農具を広める。全てはそこから始まる」
家臣達は感心したように頷いていた。
すると今度は慶幹が口を開いた。
「殿」
「何だ?」
「そのお考えは良いと思います。しかし、民に農作業に加えて醤油や紙を作らせるとなると、反感を買うのではないでしょうか?」
その言葉に周囲の家臣達は、確かに、と同意したように頷く。
まあもっともな考えである。
「確かに、農作業に加えて新たな仕事をさせられれば反感も買うだろう」
しかしそれは、ただ仕事を増やされればの話である。
「だが、その新たな仕事に報酬が与えられるとなれば話は別だ。醤油や紙を作るたびに、彼らに銭を与える。作れば作るほど報酬が与えられるとなれば、彼らは喜んで自ら仕事を行うだろう」
これは小田領内でも証明されていることである。
仕事の対価に銭を与えると言うと百姓達は大いにやる気を出し、そのおかげであった。
醤油作りも紙作りも、最初は面倒臭がる者もいた。
だが実際に銭を受け取った途端、彼らの態度は一変したのである。
「ほう……」
慶幹が感心したように呟く。
「百姓達にとって最も大事なのは家族を養うことだ。収穫以外にも銭を得る手段があるとなれば、むしろ歓迎する者の方が多いだろう」
俺がそう言うと、常陸介も納得したように頷いた。
「確かに。凶作の年であっても収入を得られるというのは大きいですな」
「その通りだ」
農民というのは天候に人生を左右される。
雨が降らねば困るが、降り過ぎても困る。
台風なんてものがくるともう最悪だ。
だからこそ農業以外の収入源を持たせる意味は大きい。
「百姓が飢えねば逃散も減る。逃散が減れば田畑も荒れぬ」
そして田畑が荒れなければ石高も維持される。
全てが繋がっているのだ。
「大事なのはこの領地にいれば安心だ、そう民に思わせることだ。その手始めとして、まず最優先すべきは農具の分配だ。職人達には農具の生産を最優先するように伝える。また、職人に伝手のある者がいれば申せ。招致し、新たに召し抱えよう」
「「ははっ!」」
よし、農具の話についてはこの辺でいだろう。
次は、まだ小田領内でも行なっていないアレの話だな。
「さて、次は我々が行う仕事についての話をしよう」
俺の言葉に、一斉に注目が集まる。
一体、これから自分達は何をすることとなるのか。
そう耳を傾ける皆を見据え、俺は言葉を発した。
「我々が行うのは、領地の検地である」
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