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24話 政貞、土浦を発つ

24話

 後日、土浦の港から俺達は府中へと出発した。


 初めての船旅、初めての領地運営。


 気持ちを新たに晴々とした気持ちで出発した、はずだったのだが……。



「まあ〜、船の上からの景色は綺麗ですねぇ。うっとりしますわぁ」

 

「……あの〜、どうして母上までついてきたのですか?」


 そう、俺の母親であるうみまでついて来たのである。


「だって政貞ったら、放っておいたらいつまでも会いに来ぬではございませんか。もう元服したとはいえ、お前は可愛い息子。中々会えないのは寂しいものです」


「そ、それについては申し訳ありませぬ……」


 実際、仕事ばかりでほとんど家に帰っていなかったのは事実だ。


 母さん、やっぱり結構寂しい思いしてたんだな……申し訳ないことをした。


 と、母に思ったのも束の間、母は満面の笑みを浮かべて言った。


「なので、今回はこちらからついていこうと思ったのですよ! 府中では沢山、母子の時間を過ごそうではありませんか!」


 そうにこりと笑う母に、俺は苦笑いを浮かべる。


 どうしよう、遊びにいくんじゃないからそんな時間あまりないですよ、とは言えないな。


 代わりに俺は思いついたことを言った。


「母上、ですが母上が不在だと父上が嘆きますよ。時々は父上の元に帰ってくださいね」


「ふふふっ、分かってますよ。全くあの人もしょうがない人ですねぇ、私がそばに居ないとすぐ気落ちするんですから」


 と言いつつも、自分がそれだけ思われていることに母は満更でもなさそうだった。


 そう、親父はかなりの愛妻家であり家では尻に敷かれているものの、その夫婦仲は大変よろしい。


 その仲の良さは思わず俺が目を逸らしてしまうほどである。


 しかしまあ、母さんからすれば親父は普段散々構ってあげてるから今回は息子を、ということなのだろう。


 親の愛情というものは有り難いものである。


 俺は前世での交友関係、関わった人物の情報が全て抜け落ちている。


 無論、両親の記憶もない。


 そんな俺にとって、今はこの人が母である。


 正直、中身が子供ではない俺からすれば小っ恥ずかしいところはあるが嬉しいと感じる部分もある。


 戦国という乱世に生まれ落ちたのは不幸と言えるが、この両親のもとで生まれることができたのは幸運と言えるだろうな。


「おお政貞、ここにおったか!」


 そうして母と話していると、氏治様がやって来た。


「まぁ小太郎様、お久しゅうございます。以前と比べると随分立派になられましたねぇ」


「おぉ、うみか! 本当に久しぶりじゃのう! 勝貞とは相変わらず仲がいいようじゃな、これからも夫婦仲睦まじくな!」


「まあ、ありがとうございます。小太郎様」


 氏治様、何で親父と母さんが今も仲がいいこと知ってるんだ?


 あ、あれか! まさか親父のやつ、氏治様にも母さんの惚気話をしているのか!?


 全く困った親父だよあの人も。


 そう心の中でため息を吐きつつ、俺は2人がいる別の方向へ視線を向ける。


 そこには葵ともう1人、葵に遊んでもらっている幼い女の子の姿があった。


 その女の子は俺の妹、しおである。


「葵おねえちゃんあやとりじょうずー! すごいのー!」


「ふふっ、ありがとう。じゃあ次はもっと凄いの見せてあげる」


 しおは葵のあやとりに目を輝かせており、とても喜んでいるようだった。


 ははっ、早速嫁と妹が打ち解けたようで何よりだ。


「全く、賑やかな船旅だな」


 俺は独り言をこぼしながら、風にゆられるのであった。



 そして、それからしばらく経ち———。


「やっと、やっと終わった……」


「お、お疲れ様です、殿……」


 府中の港へとついた俺達はその後、荷物運びやその他諸々を終えて、城にて疲労でぶっ倒れていた。


 何せあのいつも涼しい顔をしている勘助殿もぶっ倒れているぐらいだ、その大変さがよく分かるだろう。


 本当、運び車があってこれだからな。


 事前に作っていなかったらどうなっていたことか……。


 と、顔を青くしている暇はない。


 これから後少し休憩した後、氏治様を新城主に据えての評定が始まるのである。


 慶幹や常陸介をはじめとした大掾の者達と会うのにこんな姿を見せるわけにはいかない。


 そのためにも、今は少しでも疲労を癒し英気を養うとしよう。


 そうして目を閉じようとしたその時である。


「わわっ! にいさまたちたおれてるのー!」


「あははっ、無様な姿だねぇ政貞」


 葵としおが部屋へと入って来たのである。


「しお、葵……見ての通り俺は満身創痍だ。今は何もしてやらないぞ」


「別にそんなの期待してないってば。それよりもっと這いつくばってみせてよ、面白いからさぁ」


 と、にやにやと笑みを浮かべる葵。


 コイツ、中々のドSだな。


 主人が辛そうにしてるんだから少しは労わってくれてもいいんじゃないですか!?


 そう心の中でシクシクと悲しんでいると、しおが俺のそばにちょこんと座った。


 そして。


「にいさまにしおがげんきあげる! にいさまげんきにな〜れっ! げんきにな〜れっ!」


 と、とびっきりの笑顔を浮かべながら俺の頭を撫でてくれるしお。


 その天使と見紛う可愛らしい笑顔と、俺を元気づけようとするしおの姿を見ていると、みるみるうちに元気が湧き上がってくる。


 そして俺は勢いのまま起き上がると、しおを抱っこして撫で撫でした。


「しおちゃんありがとうな〜〜、にいさまげんきになったよ〜〜!」


「やったぁ! にいさまげんきになってうれしいの〜!」


 と、撫で撫でされて喜ぶしおとは正反対に葵はこちらを軽蔑するような表情で言った。


「うわ……」


 やめて、その何も言わないけど引いてる感じ出すの。


 気持ち悪いとか言われるよりも結構傷つくからさ、いや本当に。


 嬉しさ半分、ショック半分であった俺であったが、しおのおかげで元気を取り戻すことができた。


「葵、お前も励ましてくれてもいいんだぞ?」


「やだ。私、そんなに安い女じゃないから。アンタが本当にしんどい時だけ励ましたげる」


「さっきも結構しんどかったんだけど……」


 いざという時励ましてくれるのは大事だけど、それはそれとして普段も優しくして欲しいんだよ、と俺は思った。


「殿、時間です」


「うわっと!?」


 そしていつの間に回復していた勘助殿が声をかけて来た。


「もうそんな時間か。よし、ではいくとするかな」


「にいさまがんばって〜!」


「恥かかないようにね」


「葵、お前もうちょっとマシな言葉かけてくれよ」


「無理〜!」


 全くコイツは……。


 まあ、いつも通りの妻の姿に安心はできるがな。


 そして俺は勘助殿と共に、評定の間へと向かうのだった。




「うむ、皆集まったようじゃな。それではこれより、評定を始める」


「「ははっ!!」」


 それから間も無く、氏治様の言葉を受けて評定が始まった。


 氏治様は部屋の1番奥、城主の座に位置し、その両脇には俺と凝淵斉殿が座っている。


 そして、家臣の席で最も氏治様に近い席、つまり位の高い家臣の座る席に慶幹と常陸介が座っている。


 他の家臣達は彼らの後ろに続く形となっており、勘助殿もその中にいた。


 これが現在の小田府中城家臣団、当然だが元大掾家の者達ばかりである。


 これから俺達は、彼らと話し合いを行うわけだ。


「まず改めて名乗ろう。儂は小田政治が嫡男、小田小太郎である。年も若く至らぬ点ゆえ、皆の力を借りつつこの地を良くしていきたいと考えておる。どうか、よろしく頼む!」


「「ははっ!!」」


 氏治様の言葉に、家臣達は一斉に頭を下げる。


 氏治様らしい、真っ直ぐな言葉だな。


 尤も、それが元大掾の者達に届いているかは別であるが。


「さて、まずはお主達の処遇について話そう」


 氏治様の言葉に、元大掾家家臣達の表情に緊張が走る。


 というのも、今日に至るまで彼らの正式な処遇については彼らに伝えられることがなかった。


 戦の際は領土や地位は安堵されると言われたものの、実際にそれが守られるのか不安なのであろう。


 そうした不安が、顔に現れていた。


「政貞、頼む」


「ははっ!」


 俺は氏治様の言葉を受け、一歩進み出る。


「まず、額賀常陸介以下元大掾家臣の者達は元々の領地を安堵し、治めてもらうものとする。皆、依存はないか?」


「「ははっ!!」」


 俺の言葉に、皆はほっとした表情を浮かべると一斉に頭を下げる。


 ただ1人、大掾慶幹を除いて。


「額賀常陸介、お主には府中城筆頭家老として家臣達をまとめ、殿を補佐してもらいたい」


「ははっ、慎んでお受けいたします!」


「そして大掾慶幹」


 俺が名を呼ぶと、慶幹は静かに顔を上げた。


 その表情には緊張が浮かんでいる。


 当然であろう。


 家臣達の領地が安堵されたとしても、敗れた当主である自分がどう扱われるかは別問題なのだから。


「お主には知行300石を与える」


 俺の言葉に、評定の間がざわついた。


 慶幹自身も目を見開いている。


 それも当然だろう。


 知行を与えるということは隠居をさせるつもりはなく、正式に家臣として扱うということなのだから。


「……よろしいのですか」

 

 慶幹は慎重に問いかける。

 

「何がだ?」

 

「某は大掾家当主にございます。反乱の旗印にもなり得る身。そのような者を生かし、なおかつ知行まで与えるなど……」


 その言葉に何人かの家臣達が頷く。


 彼らにとっては、当然の疑問であった。

 

 俺は慶幹を見つめる。

 

「では聞くが慶幹」

 

「はっ」

 

「お主は再び兵を挙げるつもりか?」

 

 慶幹は一瞬だけ言葉に詰まった。

 

 やがて苦く笑う。

 

「……ございませぬ」

 

「何故だ?」

 

「負けたからでございます」

 

 即答だった。

 

「某は負けました。家臣達も民も守れず、城も失いました」

 

 慶幹は拳を握る。

 

「それでも最後まで支えてくれた者達がおります。その者達を再び戦火に巻き込むような真似は致しませぬ」

 

 その声には、少なくとも嘘がないように聞こえた。


「それに、仮に私が反乱を企てたとしても民達は再び大掾の治世に戻ることを拒むでしょう。彼らが望んでいるのは、小田の治世でございますゆえ」


 そう語る彼の表情は、どこか寂しげに見えた。


 慶幹の言葉に、評定の間は静まり返った。


 誰も反論しない。


 それは彼の言葉が真実であると、ここにいる者達が理解していたからだ。


 大掾家は敗れた。


 そしてその敗因が武勇や兵数ではなく、領民の支持を失ったことにあると慶幹自身が認めているのである。


 俺は静かに頷いた。


「ならば話は早い」


 そう言うと、俺は家臣達を見渡した。


「皆も聞いただろう。慶幹に野心はない」


 何人かが複雑そうな顔をする。


 だが反論は出ない。


「それに俺は有能な人材を無駄にするつもりもない」


 その言葉に慶幹が僅かに眉を動かした。


「慶幹。お主は確かに当主としては敗れた」


「……はっ」


「だが、お主が全く無能であったなら大掾家はあそこまで勢力を保てておらぬ」


 これは事実だった。


 民政は平凡であったが、それでも家中をまとめ、政治様を負かすなど能力は確かにある。


 少なくとも凡庸ではない。


「敗れたから首を刎ねる。追放する。それでは人材が足りなくなるばかりだ」


 戦国時代とはいえ、領地を治める人間は幾らいても足りない。


 特に今の小田家は急速に版図を広げている。


 むしろ人手不足が深刻な状況であった。


「だから働いてもらう」


「……働く、でございますか」


「そうだ」


 俺は微笑みながら言った。


「楽隠居など許さんぞ。俺が現役の内は働き続けてもらう」


 その瞬間、評定の間の空気が少し和らいだ。


 後方の家臣達から小さな笑い声すら聞こえてくる。


 慶幹も目を丸くした後、思わず苦笑した。


「敗軍の将に中々厳しいお言葉にございますな」


「何、優秀な者を遊ばせておく余裕など小田にはないのでな」


「はは……」


 慶幹は肩を落とした。


 だがその顔には先程までの重苦しさはない。


 どこか吹っ切れたようにも見える。


「そこでだ」


 俺は続けた。


「慶幹には府中周辺の検地と用水整備を任せたい」


「検地……でございますか」


「うむ」


 慶幹は元当主だ、領内事情には誰よりも詳しい。


 どの村が豊かで、どの土地が荒れ、どの豪族が力を持っているのか。


 それを知る人間を遊ばせておく理由はない。


「無論、単独ではない。勘助、お主に補佐役を任せる」


「ははっ!」


 その名が出た瞬間。


 慶幹の顔が僅かに引き攣った。


 勘助殿は相変わらず無表情である。


 だが俺は知っている、彼の能力が極めて優秀であることを。


 慶幹の監視についても、十分な役目を果たしてくれるはずだ。


 つまりこれは、仕事を任せると同時に監視もする、ということだ。


 慶幹もそれを理解したのであろう。


 だが不満は口にしなかった。


「承知いたしました」


 静かに頭を下げる。


「某、大掾慶幹。この身をもってお役目を果たします」


「うむ」


 俺も頷く。


 これでいい。


 完全に信用したわけではない。


 だが、疑い続けても何も生まれない。


 ならば仕事を与え、その働きで示してもらえばよい。


 それが一番分かりやすい確かめ方であるからだ。


 するとその時だった。


「恐れながら」


 額賀常陸介が口を開いた。


「申してみよ」


「慶幹様の処遇については異存ございませぬ」


 そう言ってから、常陸介は真っ直ぐこちらを見る。


「ですが一つ、お聞きしたいことがございます」


 評定の間の視線が俺へと集まる。


 俺は内心で警戒を強めた。


 さて、ここからが本番だな。


 処遇の話など前座に過ぎない。


 元大掾家の者達が本当に知りたいのはこれから小田家が、この府中をどのように治めるつもりなのか、その一点なのだから。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

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