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23話 城主、小田小太郎

 府中城の開城は、驚くほど静かに進んだ。


 城門が開かれると、まず出てきたのは武器を下ろした兵達だった。


 槍を抱えたまま膝をつく者に、太刀を外して差し出す者。


 皆、怯えた顔をしていたが、暴れる者は一人もいない。


 それを見て、俺は改めて思う。


 この戦は最初から敵を倒すための戦ではなかった。


 ただ、移すための戦であったのだと。


 人の心を、大掾から小田へ移す戦。


 だからこそ、ここで無用な血を流せば全てが台無しになる。


「武器を預かれ。だが乱暴はするな」


 俺が命じると、三平太が大声で応じた。


「聞いたな! 逆らわねえ奴には手を出すなよ!」


「へい!」


 家臣達が動き出す。


 由兵衛は城門脇に立ち、降伏してくる兵達を一人ずつ確認していた。


 その傍らで、常陸介は静かに城を見上げている。


「……終わりましたな」


「まだ終わってはいないさ」


 俺がそう返すと、老人は小さく笑った。


「ははっ、確かに。これからが始まりでございました」


 その通りだ。


 城を取っただけでは意味がない。


 民を落ち着かせ、兵をまとめ、年貢を整え、領地を治める。


 戦より面倒なのは、いつだってその後である。


 やがて慶幹も姿を現した。


 その顔には悔しさが滲んでいたが、最後まで武士としての体裁は崩していない。


「菅谷政貞」


「大掾慶幹殿」


 互いに名を呼ぶ。


 慶幹はしばらく俺を見つめ、やがて深く息を吐いた。


「……此度は、そなたの勝ちだ」


「いや」


 俺は首を振る。


「勝ったのは小田です。俺1人の力ではございません」


 慶幹は苦笑した。


「そういうところかもしれんな」


 そして腰の太刀を外した。


「大掾慶幹、本日をもって降伏する」


 こうして府中城は正式に小田家の手へ渡ったのである。


     


 翌日。


 俺は常陸介らを伴い小田城へ戻った。


 既に報せは届いていたらしく、城中は大きく沸いていた。


「政貞様だ!」


「寡兵で府中城を落としたらしいぞ!」


「本当に百人でやったのか!?」


 と、口々に人々は俺を見るなり声を上げる。


 何かこれだけ注目されたのって初めてだから緊張するなぁ。


 まあ、それだけ今回大型を成し遂げたってことなんだろうけどさ。


 俺は周囲の声を聞きながら本丸へ向かう。


 広間へ入ると、政治様が上座に座していた。


 その隣には氏治様の姿もある。


 俺は膝をついた。


「ただ今戻りました、殿」


「うむ、面を上げよ」


 政治殿の目は穏やかでありながら鋭かった。


「聞いたぞ。府中城を落としたとな」


「はっ。大掾慶幹は降伏、府中城は開城いたしました」


 広間がどよめく。


 政治様は静かに頷いた。


「戦はどうであった」


「大きな流血はございませぬ」


「ほう」


「民を味方につけ、城を孤立させ、最後は一騎討ちにて決着いたしました」


「一騎討ちだと?」


「政貞殿自らか?」


 家臣達がざわつく。


 まあ、この前に続いてまた一騎打ちなんてそりゃあ驚くよな。


 というか、城主の嫡男としてもっと自重しろと怒られてもおかしくない。


 そう言われてしまったらごもっともだと謝るしかできないな。


 そして俺は常陸介を見据えながら、政治に告げる。


「相手は額賀常陸介、見事な武人でございました」


 その名に政治殿は目を細める。


「その者か」


 政治様の視線には、常陸介の姿があった。


「問おう。その者、なぜ生かした?」


「殺すには惜しい才でございましたゆえ」


 一瞬の沈黙。


 そして政治様は大きく頷いた。


「よくやった」


 その言葉が妙に胸に響く。


 政治様は立ち上がった。


「皆の者、よく聞け」


 広間が静まる。


「此度、我らは府中城を得た」


 一拍置く。


「だが本当に得たものは城ではない」


 家臣達の視線が集まる。


「人である」


 政治様は続けた。


「新たな民を、兵を、家臣を、そして土地を得た」


 そこで言葉を切る。


「ならば今度は我らがその者達を守り、導いていかねばならぬ」


「ははっ!」


 家臣達の声が広間に響く。


 政治様は満足そうに頷いた。


「うむ。では小太郎」


「は、ははっ!」


 突然呼ばれた氏治様が慌てて背筋を伸ばす。


「府中城の城主にはお主を任じる」


「わ、私をでございますか!?」


 広間がざわつく。


 だが今度は別の意味だった。


 そして案の定、一人の重臣が進み出た。


「お待ちくだされ」


 空気が変わる。


「何だ」


「府中城主の件にございます」


 政治様は黙って続きを促した。


「府中は昨日まで敵地にございました」


「うむ」


「今なお大掾を慕う者もおります」


「その通りだ」


「そのような地へ元服前の若君を置くのは危ういかと」


 もっともな意見だった。


 今回は俺もその家臣と同じことを考えていた。


 広間の多くも同じことを考えていたはずだ。


 氏治様も思わず俯く。


 だが政治様は表情を変えなかった。


「だからこそだ」


「は?」


「出来るようになってから任せるのでは遅い」


 広間が静まる。


「出来ぬから学び、分からぬから聞く、失敗するから成長する」


 誰も口を挟めない。


「余は氏治に完璧を求めておらぬ」


 政治様は息子を見た。


「学ぶことを求めておる」


 氏治様の肩が震える。


 政治様は更に続けた。


「それに府中は常陸の要だ」


「……」


「国府であり、大掾が代々治めた地でもある」


「……」


「小田の嫡男が治めることで初めて、民も新たな支配者を理解する」


 反論は出なかった。


 俺も反論の言葉は出てこなかった。


 政治様の理は通っていた。


 氏治様が府中を治める必要性と意味も、治めることによって氏治様に学んで欲しいものも、俺は今理解した。


「安心せよ」


 今度は氏治様へ向く。


「お主一人ではない」


 そして俺を見る。


「政貞」


「はっ」


「引き続き府中を任せる」


「承知いたしました」


「凝淵斉」


「ははっ!」


 殿の言葉で、1人の家臣が進み出る。


 その者は赤松凝淵斉。


 小田家の重臣であり、後に小田家四天王と呼ばれ名を残す名将である。


 年齢も40代ほどであり、政治様の若い頃から仕えている重臣中の重臣である。


「お主を小太郎の補佐に任じる。政貞と共に、小太郎を支えてやってくれ」


「御意にございます」


 凝淵斉殿は深々と頭を下げる。


 文武に優れ、小田家内でも5本の指に入る名将である凝淵斉が一緒とは頼もしい限りである。


 周囲の家臣達もそれならばと、安堵の表情を浮かべていた。


 しかし、次に政治様の視線は常陸介へ向いた。


「額賀殿」


 空気が張り詰めた。


 当然である。


 殿が声をかけたのは、昨日まで敵だった男なのだから。


「ははっ!」


「そなたにも小太郎を支えてもらいたい」


 広間がざわめく。


「殿!」


 先ほどとは別の家臣が立ち上がった。


「その者は昨日まで敵にございます!」


「だから何だ」


 政治様は即答した。


「信用できませぬ!」


「信用できぬなら使えばよい」


「は?」


 家臣が固まる。


 政治様は続けた。


「人は働かせれば本性が見える」


「……」


「使わぬまま疑うのは愚か者のすることだ」


 広間が静まり返る。


「それに」


 政治様は常陸介を見た。


「府中を最も知る男を捨てる理由がどこにある」


 常陸介が目を見開く。


「儂は才ある者を捨てぬ」


 その言葉に老人はしばらく俯いていた。


 やがて深々と頭を下げる。


「ありがたき幸せ」


 その声は僅かに震えていた。


 恐らく、この常陸介は覚悟していたのだろう。


 降った後も信用されず、端へ追いやられることを。


 だが政治様は違った。


 能力があるなら使う、ただそれだけである。


 そして最後に、政治様は氏治様へ向き直った。


「小太郎」


「はっ」


「これより府中はお主の城だ」


 父ではない。


 当主としての声だった。


「そこで学び、人を知るのだ」


「……」


「そして、強くなれ」


 氏治様はしばらく俯いていた。


 やがてゆっくり顔を上げる。


 その瞳には先ほどまでの不安だけではない光が宿っていた。


「父上」


「何だ」


「私にはまだ何もございませぬ」


 広間が静まる。


「戦の経験も、家臣を率いた経験もございませぬ」


「うむ」


「ですが」


 氏治様は真っ直ぐ政治様を見た。


「だからこそ学びます」


 誰も言葉を発しない。


「必ず府中を小田一の城にしてみせます」


 政治様は満足そうに頷いた。


「うむ。それでよい」


 評定が終わる。


 俺は広間を出て廊下を歩いた。


 全く、氏治様も中々堂々とした姿を見せるものだ。


 少し感動しちゃったよ、俺の知らない所で氏治様も成長してるんだなぁ。


 そんなことをしみじみ思いながら、俺はふと空を見上げる。


 さて、府中は手に入った。


 だが本当に手に入れたのは城ではない、人だ。


 人は民であり、兵であり、家臣である。


 そして額賀常陸介、唯一俺達の企みに気づいた知恵者を引き入れることができた。


 戦に勝つことは難しい。


 だがしかし、更に難しいのはその後である。


 俺はこれから府中を治めていかなければならない。


 これからが、本当の始まりなのだろうな。


 大変なのはこれからだ、気を引き締めていかねば。


 目指すは常陸一の城と町、それぐらいの気概で頑張っていこう。


 と、決意を高めていたところで三平太の声が飛んできた。


「殿ォォォ!」


「何だ」


「府中行きの荷物が山になってます!」


「……」


「これを全部持っていかなければなりませぬ!! はははっ、いきなり大仕事ですな!」


「……はぁ」


 思わずため息が漏れた。


 府中城攻略。


 その戦は終わった。


 だが。


 本当の意味での小田家の戦いは、ここから始まるのである。


 城を落とす戦ではない。


 人をまとめ、国を作る戦が。

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