21話 府中城その3
俺が城に勧告を発してよりおおよそ10分、城は一度ざわめいたのが嘘のように静まり返っていた。
まだ答えを出そうとしない城内の者達にヤキモキしてるのか、三平太はしきりに城へと視線をやり、落ち着きなく動いていた。
「殿、奴らどうするつもりなんでしょうか」
「さあな。しかし、降るならば受け入れる、抵抗するなら奪う、それだけの話だ」
そう、それだけの話。
実に簡単なことだ。
俺は城を見据え、その様子を伺う。
万が一ではあるが、奴らがやぶれかぶれの奇襲を仕掛けてくる可能性もある。
その時のために備えておく必要があるのだ。
俺は決して油断せずに、城内の者達の判断を待つ。
そして待つこと更に数分、ついに城門が開いた。
「決断したようだな……む?」
しかし、どうやら降伏をしに来たわけではないらしい。
城門を開けて現れたのはたった1人、かなりの年齢であろう老臣だった。
その瞳は敗北寸前の家の者とは思えないほど、力強かった。
それを見て、俺はすぐに悟る。
なるほど、この人が勘助殿の言っていた常陸介だな。
外見情報は老人であるということしか知らなかったが、あの目と顔つきで一目で分かった。
あれはまだ決して諦めていない、戦をしに来たものの目だ。
それを確信した俺は、前に出て常陸介に問いかけた。
「菅谷政貞である。大掾の家臣の者だな、名を名乗られよ」
「ははっ! 私は大掾慶幹様が家臣、常陸介にございます。今回、私は菅谷殿に戦を申し込みに来た次第でござる」
「戦? 1人でか」
「ははっ! もはや負けは見えておりますが、某とて武士、戦をせずに城を明け渡すなど到底納得できることではありませぬ。それ故に、私は菅谷殿に一騎討ちを挑みに参りました」
その言葉に、家臣達はどよめく。
なるほど、一騎打ちと来たか。
「一騎討ちか、ここまで1人でやってきた度胸は認めるが、俺にそれを受ける利はないだろう」
「利ならございます」
常陸介は俺の言葉に即答する。
「ほう、どのような利があると?」
「貴方は一度大掾家先代当主大掾貞幹と戦い敗れ、逃げ帰っています。一城主の後継ともあろうものが一度ならず二度も一騎打ちから逃げたとなれば、臆病者としていい笑い者となりましょう」
「て、テメェ!!」
常陸介の言葉に激昂する三平太を俺は手で静する。
三平太をはじめとして家臣の者たちは顔に怒りを浮かべていたが、俺はむしろこの老臣に感心していた。
やはり勘介殿の言うとおり、優れた者であるようだ。
「なるほどな」
俺は小さく笑った。
「随分と痛いところを突いてくる」
「事実にございますゆえ」
常陸介は平然としている。
その顔には怒りも焦りもなかった。
ただ己の役目を果たそうとしている者の顔だ。
俺はその姿を見ながら内心で納得する。
この老人、やはりただ者ではない。
城の中が割れ、もはや勝ち目も薄い中で、それでもなお打てる手を探し続けたのだろう。
そして辿り着いたのがこの一騎討ちというわけだ。
「それで?」
俺は問い返す。
「俺がお主に勝てばどうなる」
「府中城は開城いたします」
常陸介は迷いなく答えた。
「大掾家の者達にも、それを約束させております」
「負ければ?」
「その首をいただきまする」
その言葉に周囲がざわつく。
だが俺は眉一つ動かさなかった。
「俺の首だけでよいのか?」
「はい、それ以外は望みませぬ」
ははっ、嘘をつけ。
貴方の狙いは俺を殺し、民達を動揺させたところで再度自分達の側に取り込んで逆転を狙うことであろう。
大将が討ち死にすれば敗北に直結というのは百姓も戦に出る中でよく分かっていることだ。
大将である俺が死ねば、ここまで率いられてきた百姓達は動揺し、心を再び揺らがせ常陸介、貴方の甘い言葉にまんまと従ってしまうことだろう。
貴方のことは勘介殿の調査を通してよく知っている、主人に忠実で優秀、質素な生活に努める清廉誠実な人物。
そして、だからこそ百姓達からの評判もいい。
そんな貴方の言葉であれば百姓も従うと考えての行動だろう。
全く、ここまで追い込まれても勝機を見出すとは本当に優れた人物だ。
おかげでこのまま楽に勝たせてはもらえないようである。
常陸介は頭を下げ、俺に懇願する。
「どうかお受けいただきたい」
その場に沈黙が落ちる。
三平太が俺の横に寄ってきた。
「殿、受ける必要なんざありませんぜ」
「そうだぜ、奴はあんなことを言っているが戦って得をするのは圧倒的にあっち側だ」
由兵衛も続く。
「もう勝ちは決まっております。あの老臣一人のために危険を冒す必要はございませぬ」
家臣達の言葉はもっともだった。
彼らにも、常陸介の策は分かっている。
万が一にも俺が討たれれば、これまで作った流れそのものが乱れる。
その可能性に賭けているのだと。
しかし。
「その一騎打ち、受けよう」
その答えに周囲が驚く。
「と、殿! 何をおっしゃるんですか!」
「私もそれでよろしいかと」
「勘助、お前まで!」
俺に同調する勘助殿に三平太が思わず声を荒げた。
しかし勘助殿は続ける。
「この方は分かっておられるのでしょう」
「何をだ」
「もう勝敗は決したということを」
常陸介は何も言わない。
だが、その沈黙が何よりの答えだった。
「仮に殿が討たれたとしても、必ず大掾方に情勢が傾くとは限りませぬ。むしろそれに怒った我らが百姓達達を扇動して城へと攻め上り、皆殺しにする可能性も考えられましょう。ゆえに、殿へこの方が一騎討ちを挑んだ理由はただ一つ」
勘助殿は更に続けようとする。
しかし。
「皆まで申されますな」
その言葉を、常陸介は遮った。
そして勘助の目を見て、常陸介は初めて小さく笑った。
「流石ですな……貴方ですな、この策を考案し見事に成功させた者は」
「鋭いですな、その通りでござる」
老人は素直に認めた。
「慶幹様は若い」
ぽつりと呟く。
「家臣達もまた若い者が多い」
そして城を振り返った。
「あの者達が生きていくためには、誰かが戦い、敗北を引き受けねばならぬのでございます」
そうだ、この老人は城のために出てきたのではない。
城の中に残る者達のために出てきたのだ。
大掾家が降るにしても、最後まで抗ったという形が必要だった。
誰かが武士として戦ったという事実が必要だった。
そしてその役を、自分が引き受けた。
だからこそ一人で出てきたのである。
「……やはり、大した者だな」
思わずそう漏れる。
そうだ、この老人は城を救おうとしているのではない。
敗北した後の者達を救おうとしているのだ。
すると常陸介は苦笑した。
「老い先短い身にございますれば」
そしてゆっくりと太刀に手を添える。
「では、返答をお聞かせ願えますかな」
周囲の視線が一斉に俺へ集まる。
答えは決まっていた。
「よかろう」
その瞬間、周囲がどよめいた。
俺がこの戦を受けるのは彼に同情したからではない。
武士として、正々堂々挑まれた勝負からは逃げることはできないからだ。
俺はこの人のように一本筋の通った人が嫌いではない。
だからこそ俺は、この戦を引き受けたい。
しかし、だ。
「ただし条件がある」
「何でございましょう」
「俺が勝った暁には城だけではなく、その命ももらうぞ」
俺の言葉に常陸介は困惑を見せるが、すぐに頷いた。
「勿論でございます、この老いぼれの命であれば差し上げましょう」
「よく言った、それではやろうか」
俺は馬から降りると刀を抜き、それに合わせて常陸介も刀を抜いた。
風が吹いた。
周囲が静まり返る。
常陸介はしばらく俺を見つめていたが、やがて深く頭を下げた。
「……感謝いたします」
その声はどこか晴れやかだった。
「では参りましょうぞ、菅谷殿」
老臣は太刀を構える。
対する俺も太刀を構えた。
府中城の運命は既に決している。
だがそれでもなお。
武士として譲れぬものが、そこにはあった。




