2話 犬吉丸、領地改革案を進言する
1540年 土浦城下
今日は氏治様の元を離れ、久々にこの土浦の城へと戻っていた。
城主の嫡男がずっと不在というのも良くないだろうということで、政治様の計らいで定期的に土浦城へ帰らせてもらえるのである。
史実通りに行けばこの城はいずれ俺が運営する城となる。
将来のためにも民達との交流は必要なので政治様の計らいはありがたい。
それで俺はここに帰ってくるとまず必ずやることがある。
それは……。
「よし、ここまでだ!!」
「「ありがとうございました!!」」
土浦城下の広場にて、俺と百姓達の声が響く。
百姓達は一列にキチンと並び、姿勢を正しており少しの乱れもない。
そう、俺がここに帰ってきてやっていることというのは見どころのある百姓や町の若者をスカウトして、未来の家臣として鍛えているのだ。
氏治様の世話で忙しい俺だが、未来に備えてやれることはやっておかなければならない。
その一環が、有望で俺が自由に動かすことができる人材を集めること。
いつの時代も、とにかく人手がなくては何もできない。
そのため、小さな頃から手をかけ信頼関係を築き、未来の家臣を育てているわけだ。
幸い俺は城主の嫡男、将来的に元服すれば彼らを雇うことは十分可能だろうからな。
これを5年前から行っており、俺は現代知識を活かし彼らと共に効率的かつ厳しい訓練を行なってきた。
現代人ならトラウマになり得るほどの苦行であるが、流石は戦国時代の百姓、農業で鍛えた体力で食らいついてきた。
俺の家臣になれるということはつまり武士になれるということなので、彼らはこの訓練に真剣に取り組んでおり、その熱意は凄まじい。
何しろこの時代には中々ない出世のチャンスだ、彼らが必死になるのも分かる。
この時代からすると500年後の訓練方法は効果覿面であり、彼らはメキメキと力をつけ統率力も戦闘能力も以前とは比べ物にならないほど高くなった。
俺の持つ雑学が早くも役に立った一例と言えるだろう。
現在、俺が率いている者達は50人おり、日々の訓練の成果もあり、1人1人が洗練された兵士であり、高い実力を有している。
その実力は戦の中で証明されており、先の戦でも彼らは他の百姓と比べて大いに活躍したという。
その中でも優秀な功績を残した者は感状をもらい、後日俺に見せて喜んでいた。
感状を貰えなかった者も次こそは貰うのだとより鍛錬に励むようになり、仲間同士でも競い合う環境が形成されている。
こうした環境が形成されていることも喜ばしいが、自分が育てた者がそれほどの成果を上げたというのは中々に誇らしい気分だ。
それと並行して生産力や経済面にも手をつけたいところだったが、今までは俺が幼いことと、慣れるまでは小姓としての役目に集中しろということで口出しを許されていなかった。
しかし、俺も13歳になり元服を控える身になったことで父への口出しを許されることとなったのだ。
そこで俺は、今日初めて内政改革の一歩を踏み出そうと思う。
今回の話、受け入れてもらえるか不安はあるものの、親父なら俺の話を理解し、正しい判断を下してくれるだろうという期待はある。
俺は足早に、父の元へと向かった。
「ほう、我が家の発展のためには漁業に力を入れるべきだと?」
「その通りでございます、父上」
俺の父親、菅谷勝貞の元へとやってきた俺は水産業に力を入れるべきだと進言した。
「なぜそのように思った?」
「私は若様のお供をしてよく霞ヶ浦に赴くのですが、そこで貝類や魚が非常によく取れることに気がつきました。恐らく霞ヶ浦では魚や貝類が豊富に生息しているのでしょう。旅のものから聞いた話ですが、駿府や堺のような水産業に力を入れている港町では、水産資源にて多くの利益を得ていると聞きます。なので、我らも霞ヶ浦の豊富な水産資源を用いれば必ずやこの領内を潤せるかと」
俺の言っていることは出鱈目ではない。
この土浦城のすぐそばにある霞ヶ浦、この時代においてそこは汽水湖であったと言われている。
汽水湖とは海水と淡水の混じり合う湖のことであり、栄養も豊富で生物の生産量が非常に多い場所なのである。
そのため魚の生息数も非常に多く、それに加えてヤマトシジミをはじめとする貝類も多く取れるのだ。
実際、現代の調査で霞ヶ浦にヤマトシジミの貝殻が大量に堆積していたことが分かっており、この時代の霞ヶ浦が汽水湖であったことは明白である。
この土浦城は霞ヶ浦の利権を得るために建てられた城であるものの、今まで漁業にはそれほど力を入れられていなかった。
だがそれではあまりにも勿体無い、せっかく霞ヶ浦の利権を掌握している以上、その資源を最大限に生かして利益を得るべきである。
俺の言葉を聞いて親父も納得したようで、首を縦に振った。
「港の整備には銭を多く使うだろうが、やる甲斐はあるな」
「はい、確実に投資した額以上の収入は見込めるでしょう」
「うむ、そうだな。早速人を集めるとしよう。犬吉丸、よくぞ提案してくれた。これで土浦はより栄えよう」
「ははっ! 勿体なきお言葉でございます!」
父の言葉に、俺は頭を深々と下げる。
すると、ふっと笑う父の声が聞こえてきた。
「それにしてもよく気がついたものだ、戦のことばかり考えておるワシでは気づかなかっただろう。お主には政の才があるのかもしれぬな」
政の才か……今回は未来の知識を活かしただけのことだからな、実際にそっち方面の才能があるのかと言われればかなり微妙だ。
「いえ、偶然気がついただけのこと、私などまだまだでございます、これからも良く学び、精進したいと存じます」
「うむ、それでよい。常に精進するためには謙虚であることだ、これからも期待しておるぞ」
「はっ、父上!」
よし、とりあえず親父に話を通すことはできた。
これでこの土浦、そして小田家は更に力をつけていくことだろう。
とはいえ、後に鉱山で莫大な利益を得る佐竹と比較すればまだまだ足りない。
小田家がこの先生き残るためにはより生産力と経済力を高めていく必要がある。
それでようやく他家と渡り合えるのだ。
とにかく、この家は政治様の死後から落ち目になっていってしまう。
真壁氏をはじめとした有力な国人領主が離反し、どんどんと力を失い最後は名族小田家は滅びてしまうのである。
彼らの離反を防ぐためにも小田家は現在の力を維持、いや全盛期以上の力を持たなくてはならない。
そのためにはまだまだやることがある、人も経済もより豊かで過ごしやすい場所でこそ発展する、小田家はそうした領地を作っていかねばならないのだ。
ということで、俺は更なる提案を父上にする。
俺は懐から紙を取り出すと、それを親父に見せる。
すると親父は目を見開き、少し驚きを見せた。
「これは紙ではないか、なぜこのような貴重品をお前が持っておる?」
「それは私がこの紙を作ったからです、父上」
「なに、この紙をお前が!?」
すると今度は明らかな動揺を見せる親父。
まあ当然と言えば当然、この時代において紙は貴重品で一部の領地でしか作られていない物だ。
それを自分の息子が作ったと言ってポンと目の前に出してくれば驚くだろう。
「以前、領地内で物乞いをしていた者が故郷で紙漉きをしていたそうで、銭と引き換えにその方法を教えてもらったのですよ。その製法をもとに作ったのがこの紙です」
無論嘘である、そんな運良く紙漉きをしていた物乞いなんて者がここに流れ着くわけがないからな。
この紙は俺の知識をもとに作ったものだ。
尤もうろ覚えだったから成功するまで数年かかったが。
やはり知識があるだけで直ぐに成功するほど甘くはなく、実際に何十何百という試行回数を繰り返してようやく実用性のあるものが完成した。
だが、父上はそんなことを知る由もない。
それ故、実物を見せられた父は俺の話が本当だと信じるしかないだろう。
父上は紙をあちこち触り、その手触りを確かめている。
「質感は少し悪いが……確かに紙だ、実用には充分足るだろう」
ちなみにこの紙は藁で作った藁半紙だ、他にも製法はあるが、1番作るのが手っ取り早かったのがこれなので、作った次第である。
「はい、紙が多く出回っている世ならまだしも、現在紙は非常に貴重な品です。実用性さえあれば充分高値で売れることでしょう」
といっても、もう少し綺麗なものを作りたかったが。
やはり知識だけ持っている素人ではこれが限界ということか。
まあ、実用性はあるのでそれでよしとしよう。
「その通りだな。これを生産し、商人に売ることができれば多額の利益を得ることができるだろう。しかし問題がある」
「肝心の労働力が足りないことですね」
「その通りだ」
まあ分かっていたことではある。
戦国時代における人口のほとんどは百姓、つまりこの土浦領内においても尤も人口を多く占めているのは百姓なのである。
彼らは朝から晩まで農業に従事しており、他のことをする暇などとてもない。
そしてこの土浦の城下町はあまり大きくなく、人口も少ないため町民達から労働力を確保することも期待できないわけである。
つまり、紙を作る方法が分かっていてもそれを作るための人材がいないのだ。
「労働力がなければ、紙を作ることはできない。残念だが、家内で使うだけの紙を作ることはできるだろう。それだけでも十分な成果だ、よくやったぞ」
父上はそう褒めてくれるが、小田家を発展させるためにはそこで止まるわけにはいかない。
労働力が足りないことなど、俺も始めから分かっていた。
だからこそ、その方法はすでに考えてある。
「父上、労働力を増やす方法はございます」
「なに? 策があるというのか?」
ある、言葉にしてしまえば単純な方法、しかし未来の知識を用いなければそれは成し得ないことだ。
「はい、言葉にしてしまえば簡単なことですが、百姓達に紙を作る時間を作ってやればいいのです」
俺の言葉を父は黙って聞いていた。
息子がこんなことを言いだせば、普通は呆れるか考えが足りぬと嘆くことだろう。
しかし、親父は俺に考えがあってのことだと見抜いている、だからこそ何も言わず言葉に耳を傾けているのだ。
「勿論、今の農作業に加えて紙を作らせるというわけではありません。確実に反感を買うでしょうからな」
「では、どうする?」
「今の農作業を楽なものにして、紙を作るための時間を作ってやればよいのです。そのために、これらの道具を用います」
俺は父に断りを入れ、一度外に出ると家臣に声をかけあるものを持って来させる。
それから1分足らずで家臣は5つの物を持って現れ、父の前に置いた。
「やけに多いな……これは……農具か?」
「はい。百姓達と話し合い、工夫を重ねた上で設計した農具の数々でございます」
父上はまじまじと農具を見つめ、興味深そうに触っていた。
「この木の台に無数の歯が付いた道具、これは籾を落とすためのものか?」
「その通りでございます、父上」
流石は親父だ、少し見ただけで道具の用途を見抜いてしまうとは。
親父がまず目をつけたのは江戸時代農具四天王でもお馴染みの千歯こきだ。
千歯こきはこの中で1番有名なのではないだろうか、簡単に言うと稲の脱穀を行うための道具である。
脱穀作業を劇的に効率化する農具で、後に「後家殺し」と呼ばれるほどの代物だ。
その効率は凄まじく、この時代としては革新的な農具だろう。
親父もまずこれに目をつけたあたり、その有用性を見抜いたわけだ。
そして、俺は千歯こきに続いて他の道具の説明をしていく。
続いて紹介したのは唐箕と千石どおしである。
これらも江戸時代に活躍した農具で籾に付着したゴミや籾殻、付着した小石を除去するための道具である。
これらを使うことで、江戸時代の先進的な農業を一歩先取りすることができるわけだ。
最後の2つは木製リヤカー改め運び車と備中鍬である。
運び車は物運びに最適な荷車だ。平地でしか使えないが、米をはじめとして様々な物を運びやすくなる。
備中鍬は歯が3本になっている鍬で、より深く土を耕すことができる。
そして最後に現代ではお馴染みのスコップ、掘ってよし、叩いて良しの優れものである。
これらの道具に関しては本当に百姓達との話し合いを何度も行い、俺がアドバイスを加えつつも数年をかけて百姓達側が考案したものである。
まあ結構誘導したが、それでも百姓達自らが考えついたのだから、百姓達の開発した道具と言えるだろう。
これらが開発できたのもひとえに氏治様がよく百姓達と関わり、助けてきたからこそ百姓達も真剣になって考えてくれたからである。
なのでこれらが開発に辿り着いたのも氏治様のおかげと言えるだろう。
親父は道具を実際に触りながら、俺の説明を一つ一つ確かめるようによく聞いてくれていた。
そしてため息をついた後、親父は呆れたような、驚いたような表情で言った。
「若様もお主も、ワシの知らぬところでとんでもない物を作り上げておったのだな」
「はははっ、驚かれましたか?」
「当たり前じゃ! しかし、小太郎様がこのような大事を成したとなれば政治様も喜ばれよう。その時の顔が目に浮かぶわい」
と、嬉しそうに笑っていた親父だったが、咳払いをすると真剣な面持ちになり聞いてきた。
「それで、これらの道具の性能は実証したのか?」
「はい、百姓達へ実験的に使わせたところ、大幅に作業時間が短縮されたとのことです」
「どれほど短縮された?」
「千歯こきは従来の半分以下、唐箕は選別作業を大幅に短縮できました」
「半分以下だと?」
親父の眉がぴくりと動く。
「はい。実際に使った百姓達も驚いておりました」
「ふむ……ならば確かに価値はあるな」
親父は頷くと、更に続ける。
「それで、先ほどの漁業と紙、これらの農具の話を知っているのは誰だ?」
「漁業と紙の製法については俺と爺やだけ、農具については古くから小田の地に住む一部の百姓と俺、小太郎様だけです」
小太郎というのは氏治様の幼名である、俺も転生してから初めて知った。
それで俺がそう話すと、父は安堵したように息を吐き、頷いた。
「そうか、ならよい。この農具も、お前が見つけた紙の製法も小田家に多くの利益を生むものだが、情報を話す先を間違えれば大きな損失を生むこととなる。それを分かっているようだな」
「はい。私がやるべきはあくまで開発だけ、その先の采配は父上に任せるべきでしょうから」
実際、前世の知識もあるとはいえ戦国時代ではまだ13年しか生きていない俺より、40年以上生きている親父の方が情報をうまく扱ってくれるだろう。
「うむ、そうか。それでこれらの農具を量産して百姓の仕事を効率化し時間を作り、紙を作らせようというわけだな」
「その通りでございます」
「しかし、いきなり紙を作れと言われ、民はすんなりと受け入れるだろうか?」
「それについては紙を作る代わりに碌を与えればよいかと。歩合制で作った数と質に応じて禄を多くすれば尚良いと思います」
何せ、普段やっている百姓仕事で得られる米はいくら頑張っても同じ割合を税として持っていかれてしまう。
しかし、歩合制の仕事であれば作ればと作るほど対価が与えられる。
百姓達もやる気を出すことだろう。
「なるほどな。禄を出し、百姓達にも物を売り買いさせ、経済も潤う。中々考えられておるな」
「その通りです、父上」
そして百姓達の生活も潤い、領地全体が豊かになっていく、上手くいけばそうなるだろう。
「よし、この件は一度ワシが預かり、殿に相談するとしよう。しかし、成果が出るには今しばらく時間がかかるだろう。首を長くして待っておることだ」
「ははっ!」
「うむ。だがそれとして犬吉丸、よくやったな。何か褒美を取らせないとな。望みがあらば申してみるがよい」
「では、私が訓練している百姓達を正式に家臣として取り立てたく思います。そのお許しをいただければと」
といってもあれだけの数が一度に農作業をしなくなると困るので、半士半農で働いてもらい、必要な時に呼び出して事業に従事してもらおうと思う。
「そんなことか、勿論よいぞ。それにしても今日は本当に驚かされた、まさかお前がワシの知らないうちにこれだけの準備をしていたとはな。小さい頃から頭の冴える子だと思っていたが、ワシの遥か予想以上だ」
親父はお前が跡取りなら菅谷家も安泰だと付け加えると、心底愉快そうに笑った。
こちらとしても、父に感謝をしなければならない。
確かにこれらは未来の知識であり、戦国時代当時からすると優れた知識だが、これを活かせたのはひとえに父がそれに理解を示し、受け入れてくれたからである。
もし親父が伝統を重んじ、新しいものを疎んじ取り入れようとしない者だったらこうはいかなかった。
あるいは、俺の話を信じず一笑に付す人間であっても上手くはいかなかっただろう。
子供である俺の話を真剣に受け止め、理解を示してくれる親父だからこそ話を通すことができたのだ。
俺は城持ちの武将の子として生まれただけでも恵まれているが、この父親の子として生まれたという意味でも恵まれていると言えるだろう。
この幸運に感謝しなくてはな。
氏治様にも親父が大層喜んでいたと伝えておかないとな。
……いや、調子に乗るだけだからやめておくか。




