1話 転生、戦国時代!
実質的な処女作です。
至らぬ点も多いかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します!
一五四〇年 常陸国 土浦城
「うおおおおおッ!」
「若様ぁ!? 畑で気合い入れんでくだされ!」
百姓達の悲鳴にも似た声が響く。
だが、当の本人は気にした様子もない。
「見よ犬吉丸! この見事な鍬さばきを!」
そう言って土を掘り返しているのは、今年で10歳となった小田家嫡男、小田氏治。
後に戦国最弱大名などという不名誉なあだ名を付けられる男である。
そして———。
「若様、土飛んでますってぇ!」
「ぬ?」
「はぶっ!?」
「あっ」
俺は顔についた土をぬぐいながら溜め息を吐いた。
戦国時代に転生して十三年。
まさか大名の嫡男の世話係をやりながら畑仕事をする人生になるとは思わなかった。
ちなみに俺の名前は菅谷犬吉丸。
後の菅谷政貞である。
現代日本で交通事故に遭い、気が付けば戦国時代の武士の家に生まれ変わっていた。
前世で俺は知識欲旺盛な人間で、戦国時代にも一時期とてもハマっていたわけだが、まさか自分がその時代に転生するなんて思わなかった。
勿論、最初は大いに混乱した。
死んだと思った次の瞬間には赤ん坊になっていた上、周囲は見知らぬものばかりだったのだから。
だがまあ、十三年も経てば流石に慣れる。
いや、厠だけは慣れないが、本当に慣れない。
あれだけはどうにかならないものだろうか。
親父の跡を継いだら真っ先に改善するのはそこだな、うん。
「はははっ、すまぬすまぬ。少し熱が入り過ぎてしまってな!」
「左様ですか、まあいつものことなんであんまり気にしておりませぬよ」
「はははっ、そうか! 犬吉丸は心が広いのう!」
もう諦めて怒るつもりもないだけですよ、とは言わなかった。
それにしても氏治様は大名の跡継ぎだというのに実にいい笑顔で畑仕事をしている。
後のことを考えても大名よりも村のまとめ役あたりの方が向いていたのではなかろうか。
小田城を失った後も、領民達は遠く離れた氏治様のもとへ年貢を届け続けたという。
そのエピソードが示すとおり、人望はあるわけだしな。
まあ戦の方は小田城を9度も陥落させた実績が示す通り、ダメダメなのだが。
「む、犬吉丸。お主今、何か失礼なことを考えなかったか?」
「いえ、逆です。領主の跡継ぎでありながら、民達に混ざって畑仕事をする姿は立派だと考えておったのですよ」
「なんだ、そうだったのか! はははっ、疑ってすまぬな! まあ次期当主たるもの民と交流を深めるのは当然じゃ! お主も見習うのじゃぞ、はははっ!!」
「ははっ!」
この人は本当に分かりやすい、そしてめちゃくちゃ調子に乗りやすい。
良く言えば素直。
悪く言えば単純。
だが俺はそういうところが嫌いではなかった。
むしろ好きだ。
何せ、この時代には珍しいほど裏表がない。
そしてそれは、百姓達も同じ気持ちらしい。
「若様、こちらの畝もお願いできますかな」
「任せよ!」
「腰は大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃ!」
氏治様はそう言うと七十近い老人の代わりに鍬を握った。
汗だくになりながら土を耕していく。
全く、大名の嫡男とは思えない光景だ。
だが百姓達の顔には笑みが浮かんでいる。
まあ無理もないだろう、領主の息子が自分達と同じ土の上で汗を流しているのだから人気が出ない方がおかしい。
まあ、本人は何も考えていないだろうがな。
俺はそんな様子を見ながら苦笑した。
……戦国最弱、か。
正直、この人があの小田氏治だと初めて知った時は驚いた。
まさか自分が仕えることになる当主があの小田氏治なのかと。
正直に言えば、最初は落胆もあった。
なぜなら、氏治様は何度も城を失う。
何度も敗れる。
そして最終的には、小田家も戦国大名としての歴史を終える。
そんな人物に仕えることになったと知れば、不安になるのも無理はないだろう。
しかし実際に出会い、共に過ごす中で俺の中には別の感情が生まれていた。
氏治様は民に優しく、家臣思いなお方だ。
そして妙に人に好かれる。
少なくとも無能などではない。
むしろ人間としてはかなり魅力的な部類だろう。
だからこそ不思議だった。
どうしてこの人は負け続けたのだろうか。
どうして小田家は滅びに向かったのだろうか。
それを考えるたびに答えは一つしか浮かばない。
敵が強すぎたのである。
上杉、北条、そして佐竹。
関東屈指の化け物達に囲まれて生き残るなど、普通は不可能だ。
実際、小田家は弱小というわけではない。
氏治様の父、小田政治様の代には常陸南部有数の勢力にまで成長している。
俺の父、菅谷勝貞もまた名将として知られていた。
土浦城だって父が奪い取った城である。
城の周囲を水に囲まれた堅城。
霞ヶ浦の水運を押さえる要衝。
小田家の生命線の一つだ。
そんな城持ち武将の息子として生まれたのだから、俺は相当に恵まれている方だろう。
もっとも……。
「あと6年、か」
俺は空を見上げた。
川越野戦。
桶狭間と並び日本三大奇襲に数えられる、関東の勢力図を大きく変える戦。
あれを境に小田家は少しずつ苦しくなっていく。
そして九年後に初めて小田城が落ちる。
そこから先は取り返しては奪われの泥沼だ。
そして最後には、小田家は大名でさえなくなってしまう。
俺はその未来を知っている。
だから変えたい。
天下を取ろうなどとは思わない。
織田信長になる気もない。
豊臣秀吉になる気もない。
徳川家康になる気もない。
だがせめて、目の前で汗だくになって畑を耕しているこの人が、史実のような人生を送らずに済むようにしたい。
それぐらいは思う。
「犬吉丸!」
「何です?」
「何を難しい顔をしておる!」
氏治様が笑う。
「若いうちはもっと遊ぶべきじゃ!」
「はははっ、ですが若様はもっと勉強すべきだと思いますがね」
「な、なんじゃとぉ!?」
百姓達が笑う。
俺も思わず笑ってしまった。
———この人を守りたい。
ふと、そう思った。
それが忠義なのか、友情なのかはまだよく分からない。
だが確かなことが一つある。
俺はこの人と共に戦う、これから先、何十年もだ。
そして史実とは違う未来を掴み取るのだ。
俺には、その力もある。
というのも、生まれ変わる前は雑学好きだったこともあり、戦国時代でも使えそうな知識はそれなりに有している。
それと歴史の知識を合わせれば、中身が現代人の俺でも何とか立ち回れるだろう。
元の菅谷政貞という人格にそれらの知識が合わされば最高だったんだろうが……どうにもならないことを考えていても仕方ない。
今は俺が菅谷政貞なんだ、史実の彼に負けないように頑張らないとな。
と、そんなことを考えているうちに仕事が終わってしまい、俺達は氏治様が秘密基地と称する森の中へとやってきていた。
「ささっ、犬丸よ! 今日も其方の夢枕での話を聞かせてくれ!」
「分かりました。では、今日は高速で地を駆ける鉄の箱の話を……」
ここに来ると夢の話と称して現代日本にあるものの話をするのが定番となっていた。
他の人ならくだらないホラ話と断じるだろう俺の話も、氏治様は大層面白そうに聞いてくれるのである。
だからか、俺も未来の話を氏治様に聞かせるのが日々の楽しみになっていた。
何せ、氏治様は表情をコロコロ変えながら聞いてくれるのでこちらとしてもとても話しがいがあるのである。
「はははっ! やはり犬丸の話は面白いな! その自動車という乗り物、ワシも乗ってみたいものだ!」
「自動車は無理ですよ。人力車なら可能ですけど」
「ほう? 人力車とはどういう乗り物なのだ?」
「ああ、人力車というのはですね……」
と、面白くなって話しているうちに陽が沈んできてしまった。
それにしても、まだ俺は13歳、氏治様に至っては10歳だ。
菅谷政貞の史実での寿命は60なので、ここから随分と長い付き合いになるわけだ。
まあ俺が史実の菅谷政貞のように立ち回れるか、それが一番の問題なのだが……。
ともかく、自分のためにも小田家のためにもこれから生き残れるように頑張らないとな。
俺はそんな決意を胸に、氏治様と共に城へと帰るのだった。
しかし、この時の俺は歴史とは異なる困難が待ち受けていると、まだ知る由もなかったのである。
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