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18話 府中城攻城軍議その2

 だが、その静寂を破ったのは三平太だった。


「おい待てよ」


 三平太は眉をひそめる。


「確かに理屈は分かる。しかしなあ、それだけで城が落ちるのか?」


 元が百姓である三平太からすれば尤もな疑問であった。


 人心が揺らいだからといって城壁が崩れるわけではないのに、なぜそれだけで勝ったと言えるのか。


 しかし勘助殿の話した言葉の中に、その答えは出ていた。


 俺は進み出て、三平太に問う。


「三平太、戦に必要なものは何だ? 大事なものを三つ挙げてみろ」


「へい! そりゃあ兵と武具と兵糧ですよ!」


「その通りだ。それでそのうち、兵と兵糧はどこから集める?」


「そりゃあ勿論、百姓から……ってあ!」


 うん、どうやら気付いたようだな。


 勘助殿に目を向けると、彼は頷いて話を続ける。


「殿の申す通り、戦をするには兵と兵糧が必要だ。しかし、我らの策によってそのどちらもが城兵達の手からは離れている。無論、備蓄されている兵糧はあるだろうが百姓がこちらの味方についた以上、それがもう供給されることはない」


 それを聞いた家臣達は顔を青くする。


 兵糧の供給がなければ、たとえ籠城したとしてもそこに待っている末路は飢え死にだけだ。


 かと言って打って出ようにも、百姓達を斬れば更に反感を買い、手を出さなければ自分達が飢えるだけ。


 中々に恐ろしい手だろう。


「つまり、中にいる奴らはロクに兵も兵糧もないまま戦わねえといけないわけだ」


「その通り。これだけでもあちらからすれば手痛いだろうが、我々はさらにもう一押しする」


 勘助殿は笑みを浮かべて続ける。


「城兵達にこう言うのだ。城を明け渡し、降伏すれば領地と身分を安堵しよう。しかし、断ればどうなるか保証はできぬと」


 その言葉に、家臣達はゾッと肩を振るわせた。


 なるほど、飴と鞭か。


 降ればこれまで通りの生活ができるし厚遇するが、それを断れば全てを失うかもしれない。


 見るからに不利な状況でそのようなことを言われれば、必ずあちらは揺らぐだろうな。


「そうなれば家中は2つに割れることでしょう。主家への忠義を貫き全てを失う覚悟で戦うか、家族と家のために降るか。両者の争いを誘発できるはずです」


「そうして家中の団結を乱すのも、お前の策なわけだな」


「その通り。そうなった時、慶幹殿にこれを収めることはできますまい。しかし、あの御仁であればあるいは可能かもしれませぬが」


「あの御仁……額賀常陸介か」


「左様」


 勘助殿は頷く。


「彼であれば荒れた家中をまとめることも可能かもしれませぬ。しかし、仮にまとまることができたとてもう遅い。本来ならもっと前に額賀常陸介の元で団結し、我らの企みを暴くため尽力するべきでした」


 しかし、現実はそうなっていないわけだ。


「勘助殿の言う通りだな。まあそのおかげで、俺達は楽をできているわけだが」


「左様。更にここで百姓達に一言添えます。もし大掾殿が開城してくださらなければ、我らは民を治められぬ。この地を諦めるしかない、と。さて、こう言われて百姓はどう思いますかな?」


「……もしかして、百姓が大掾に城を明け渡すよう動くのか?」


「その通り」


 三平太の言葉に、勘助殿は即答する。


「百姓達は豊かな生活を求めて、城内に開城を迫るでしょう」


「百姓が武士にか?」


「一人、十人ならばせぬだろう。しかし此度は千を超える数だ。これだけの数ならば、民も武士を恐れぬ」


「なるほどなぁ……」


「対して百姓といえど千を超える数を前にすれば武士も怯えるだろうな。群れた民ほど怖いものはない」


「そうして追い詰めていき、開城を迫るわけだ」


「その通りでござる。慶幹殿が降らぬ限り、城内の不安は増していくことでしょう」

 

「……」

 

「そして最初に折れるのは、案外家臣達かもしれませぬな」


 その笑みに、三平太は顔を引き攣らせながら答えた。


「恐ろしいな」


「ははっ、敵に回せばな」


 俺は苦笑した。


「だが味方におればこれほど頼もしい者もおるまい」


「そりゃあ尤もだ」


 由兵衛も笑う。


「本当に味方で良かったぜ」


 勘助殿は珍しく小さく笑みを浮かべた。


「その言葉は褒め言葉として受け取っておこう」


 場の空気が少しだけ和らぐ。


 だが、それも束の間だった。


 勘助殿は再び地図を広げる。


「では出陣後の手順を説明いたしましょう」


 皆の表情が引き締まる。


「まず最初の村へ入る」


「うむ」


「そこで百姓達に告げるのです」


 勘助殿は言った。


「これより府中城へ向かう。我らに協力する者は小田の民として迎え入れる、と」


「それだけか?」


 三平太が首を傾げる。


「脅しはせぬのか」


「不要」


 勘助殿は即答した。


「脅されて従う者は、より強い脅しが来れば裏切る」


「ふむ」


「だが自ら選んだ者は簡単には離れませぬ」


 なるほど。


 だからこそ半年かけたのだ。


 力で従わせるのではなく、自分から選ばせるために。


「村に入る度に同じことを申します」


「そうして数を増やしていくわけだな」


「左様」


 勘助殿は頷く。


「そして集まった者達を引き連れ府中城へ向かう」


 その口元がわずかに歪んだ。


「城の者達が見るのは、我らではござらぬ」


「ほう?」


「小田を選んだ自領の民でございます」


 その一言に背筋が寒くなった。


 確かにそうだ。


 敵兵が来るだけなら戦える。


 だが自分達の領民が大勢こちらに付いている姿を見せられたらどうだ。


 城内の不安は一気に膨れ上がるだろう。


「そこで先ほど申した通り、最後の一押しを行います」


「降伏勧告か」


「はい。さて、その時彼らはどちらを選ぶのでしょうな」


 誰も答えなかった。


 答えはもう見えていたからだ。


 俺は地図の上の府中城を見つめる。


 堅牢な城。


 幾重もの堀と土塁に守られた難攻不落の城。


 だが今は違って見えた。


 外から壊す城ではない。


 内から崩れる城だ。


「府中城まで辿り着けば」


 勘助殿は静かに言った。


「自ずと決着はつくことでしょう」


 俺はゆっくり頷いた。


「ふむ、手筈は分かった」


 そして皆を見回す。


「では明朝より出陣する」


 家臣達の背筋が伸びた。


「明日はまだ大きな戦にはならぬだろう。だが念のため、今夜はしっかり身体を休めておいてくれ」


「ははっ!」


 軍議はそこで解散となった。


 そして翌朝。


 ついに府中城へ向かう日が訪れるのであった。

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