14話 今後
「殿、改めて葵様との此度の婚儀おめでとうございます」
「うむ、ありがとう勘助」
後日、俺は勘助殿に会っていた。
場所は土浦城内の一室、今回の話に集中するためであった。
「して、このようなところで拙者と2人きりなど、一体何用でございましょうか?」
「お主と2人で話すことといえば決まっていよう、策の話よ」
「策……なるほど、府中城を落とす策でございますな」
「その通りだ」
やはり勘助殿だ、俺の言いたいことをよく分かっている。
「ふむ、先日大殿が府中を攻めた際は失敗しましたが、あれは敵側が見事と言わざるを得ませんな。当主が戦死したばかりだというのに新しい当主の元、見事団結し城を守り抜いて見せました。敵ながら天晴れというべきでしょう」
「ああ、俺もそう思う。それで、府中を落とすのは難しいか?」
「まず、困難でしょうな。府中城は堅固な城です、本丸・二の丸・三の丸・箱の内出丸・磯部出丸・宮部出丸を備え、幾重にも土塁や堀を巡らし堅固な城郭が築かれております。正面から攻めるのは得策ではないでしょう」
勘助殿は更に府中城にはいまだ少なくとも2000以上の動員兵力があり、それを用いれば府中はより堅牢堅固な城となり、生半可な兵力では傷さえつけることは不可能だと語った。
まあ尤もだな。
ただでさえ力攻めは消耗が大きいのに、あの堅牢さに加えて城兵達の士気が高い府中城相手に真っ向から攻めるのは無謀というものだろう。
「では、いかがする?」
「まず外からどうこうしようというのは無理でしょう。力で攻めるにはとても兵が足りませぬし、今の小田の力では用意できませぬ。そこで、中から切り崩します」
「中……敵に対して調略を行うということか?」
「その通りでございます。どのような堅固な城も、内に毒を仕込んでやれば容易く崩れるものです。内から大掾の力を削ぎ、その結束を断つことができれば自ずと勝利は我らの手に掴むことができましょう」
「なるほどな。それで、どうやって毒を仕込む?」
「拙者達が中に入り込むことはまず不可能でしょうから、まずは商人を使います。商人であれば他の領地と領地の間を渡ることができ、府中城の中にも入り込めましょう」
確かに、商人を使えば中に入り込めるだろうな。
噂や情報をばら撒くのは、商人を通じれば容易だろう。
「それで、具体的にどのような調略を行う?」
「簡単でございます。拙者が行うのは———」
勘助はそこで声を潜めた。
思わず俺も目を見開く。
「なるほど……確かにそれなら府中を崩せるかもしれん」
なるほど、確かにその方法であれば成功する確率は高いだろう。
それにしてもよくもすぐに有効な策を次々と生み出すことができるものだ。
やはり、城攻めに長けた勘助殿だからこそ成せることなのだろうな。
そうして俺が感心していたところ、勘助殿は言った。
「ですが、私が策をめぐらしている間に殿にも協力していただきたいことがございます」
「俺にできることなら勿論やろう。申すがいい」
「簡単なようで難しいことですが、民達の暮らしをより豊かにしてくださいませ。他の領地の者が羨むような、そんな暮らしをこの小田の領地に齎すのです」
なるほどな、簡単に言うとより領地を発展させ民達が良い暮らしをできるようにしてくれ、というわけか。
確かに、今回の作戦には必要だろうな。
「小田の豊かな暮らしぶりを証明できる物を開発できればなお良いでしょう。それを商人を通じて府中の民に知らしめることができれば、より策の効果は増しましょう」
「なるほど、まあ俺にとっては今まで通りのことをやるだけだな」
「その通りでございます」
そういうことならやることが分かりやすくていい、この知識を用いて今より民の生活を豊かにしてみせよう。
俺はそう決意し、最後に肝心なことを聞くこととした。
「それで、毒を仕込むには時間と金はいくらかかりそうだ?」
「時間は半年あれば充分。金は百貫ほど必要かと」
おおう、そこそこの額が必要なんだな。
まあでも用意できない額じゃないし、それで城を落とせるというのなら安すぎるぐらいである。
「分かった、では金はこちらで用意しよう。それにしても半年か、随分と早く落とせるのだな」
「ええ。ですが勿論、毒を仕込むだけでは城は落とせませぬ。後の策は経過を見て拙者からお伝えすることにいたしましょう」
「そうか。だがまずは殿に話を通さなくてはな、それが終わり次第、お主は動いてくれ」
「ははっ!」
話は政治様に通す必要はあるが、まず却下される心配はないだろう。
最近はずっとこの土浦にいたが、復興が進んだ今、これからはまた小田城にいることの方が多くなるだろうな。
そうなれば必然的に政治様とも出会う機会ができるだろう。
そして、久々に氏治様にも会うことができる、その時が楽しみである。
勘助と話した後日、俺は数名の家臣を連れて再び小田城へと出仕することとなった。
その中にはまず勘助殿の姿があった。
由兵衛と三平太は皆のまとめ役的な役割を担っているので、離すわけにはいかなかったのである。
そういう意味でも勘助殿は動かしやすくて頼りになる存在だ。
しかし、勘助殿や家臣達がついてきてくれたのは頼もしいのだが、1人予想外なのがついてきた。
それは……。
「おい葵、お主はなぜついてくるのだ?」
「いいでしょ別に、暇なんだから私の好きにさせてよ」
……なぜか、葵と共にこの小田城へとやってきていたのである。
ま、まあ、それはいい。
俺は最近、将として動くことも多かったが今も氏治様の小姓である。
なので、久々の主との再会のためこうして小田城へとやってきたわけである。
それに葵がついてきたわけだが、まあ氏治様にはいつか顔を見せなければと思っていたから丁度いいか。
というわけで葵を引き連れて、俺は氏治様の元へとやってきた。
「おお、政貞本当に久しいのう! 元気にしておったか!」
「ええ、この通り。小太郎様こそお元気で何よりです」
すると氏治様は出会うなり、いつも以上に嬉しそうにしていた。
まあ、戦続きで心配もしてくれてただろうから顔を見ることができて嬉しいんだろうな。
俺も久々に氏治様の顔を見れてホッとしてるよ。
そうして俺たちは再会を喜び合っていたところ、不服そうに一瞬こちらを睨んだ葵が一歩前に出て氏治様へと声をかけた。
「小太郎様でございますね、私は政貞の妻、葵と申します。以後、よろしくお願い申し上げます」
「おお! お主が葵殿か! 噂通り可愛らしい女子じゃのう! これからも、政貞と末長く仲良くしてくれ!」
おっと、流石に氏治様の前だと猫被りモードだな。
まあ親父の前でもやってたんだし、当然っちゃ当然か。
「そういえば小太郎様、最近は武芸や学問にも力を入れているそうですな。何か心境の変化でも?」
「ま、まあ、お主の頑張りを見てワシも一層励まねばと思ってな。ワシも数年後は元服する身じゃ、いつ父上の跡を継いでもいいように努力せねばな」
なるほど、氏治様もあと5年で元服する身だ。
政治様ももうすぐ50歳を超える、この時代の寿命を考えればいつ氏治様に代替わりしてもおかしくはないからな。
それ故に氏治様も次期当主としての自覚を強め、今まで避けていた学問にも励んでいるのであろう。
あれだけ嫌っていたのに本当に立派なことだ。
俺も氏治様に負けないように励まなくてはな。
「大変ご立派でございます、小太郎様。俺も小太郎様に負けぬよう励むとしましょう」
「はははっ! お主はもう十分に励んでいると思うがな。さて、久しぶりにこうして会ったのだ。久々に城下を見て回ろうではないか」
「ははっ!」
氏治様の言葉を受け、俺と葵は共に小田城の城下を見て回ることになった。
久々に領民達と会い挨拶周りをしたり、葵を紹介したりしながら領地を回る中で俺はあることに気づいた。
「それにしても、田畑も1年前と比べると増えましたなぁ」
「そうじゃのう、ワシ達が開発した農具のおかげで田畑を増やしやすくなったからのう。これからもどんどん増えていくぞ!」
そうだな、やはり土地には限界があり田畑を増やせる数には限りはあるができるだけ増やしておきたい。
俺の知識によって作ることができるものは生活を豊かにしたり、財源を潤すことはできるが腹を膨らませることはできない。
結局のところこの時代において1番必要なのは米、米がなければ戦もできず、人々の生活もままならないのだ。
そして米自体も商売の道具として大きな価値を持つ。
これからも田畑を増やし整備し、米の生産量を増やしていけばより小田家は豊かに強くなっていくことだろう。
「領民の数も前より多く増えた。土浦の漁村も今や港と呼べるほどの規模になって栄えているとワシの耳にも入ってきておるし、1年前と比べると大きく成長したのう」
「そうですな。実のところ、私も驚いております。1年でここまで変わるものなのかと」
実際、たった一年だが漁業に力を入れてから目に見えて菅谷家の財源は更に潤ったし、商人達が港を訪れるなど土浦は以前と見違えるほど栄えたからな。
元々それだけのポテンシャルがあったとはいえ、あれには俺も驚いた。
そして、醤油や紙を作る生産業については今田畑の開発や整備に集中しているため、まだまだこれからであるものの、いずれはそれらの労力を生産業に回すことが可能となり、より財源を潤すことができるようになるだろう。
今は余裕はないが、生産できるものはまだまだ沢山あるためこの小田家はより栄えていくことだろう。
これからの関東の情勢にもよるが、どこまでこの小田家が発展していくのか楽しみである。
「それで政貞、ワシは現状よりも更に小田の領地を発展していきたく思っておる。そこでワシなりに民達から話を聞き、困っていることやこんな物があれば良いと思う物を聞いてきたのじゃ」
「おお、誠ですか! 流石ですぞ、小太郎様!」
それは有難い。
民達が欲する物が分かれば、これから作るべき物もより鮮明になるだろうからな。
流石は氏治様、民と関わることに関しては一流である。
「はははっ、褒めても何もでんぞ。民達が困っていることや欲している事がわかれば、お主ならそれを解決できる物を発明できるだろうと思ってな。こうして集めておったのじゃ」
「左様でございましたか。それで、民達はどのような話をしていましたか?」
「そうじゃのう、まずは———」
それから氏治様から話を全て聞いた。
氏治様は多くの者が共通して困ったり欲しているもの、という点に重きをおいて調べものを行ったようで、民達が欲しているのはまとめるとこの5つのようである。
まずは医者、というか病気になった際にそれを治すための手段である。
確かにこの小田の地にも医者はいないわけではないが、その数は少なく、百姓達に至るまで面倒を見られるほど数は多くない。
やはり民達にも安心してもらうには、今よりも医者の数をかなり増やす必要があるだろう。
しかし、医者を雇用するには金がいるしその数には限界がある。
現在の財政と相談して増やすことのできる数を吟味する必要があるだろう。
それに加えて、医者のいそうな場所にも目星をつけておかないとな。
さて、次の要望は畑仕事での汗や土をさっぱりと洗い流せる場所とのことだ。
更に村の人々が集まってゆっくりと語り合えるような場所が欲しいという要望もあった。
実は、この2つを満たすことのできる施設はもう既に考えついている。
民達には楽しみにしておいてもらおう。
そして4つ目はこれは商人からの提案であったのだが、まとめると今よりも自由に商売が行う事ができれば嬉しい、というものだった。
これに関しても思い当たる節はある、というか戦国時代といえばこれ、という政策の中でも特に有名なものである。
問題は政治様を説得できるかであるが、これを成功させれば商売の発展だけでなく人口や領内の発展も狙う事ができるであろう。
最後の5つ目は更なる収入の増加である。
これは、小田家重臣、そして政治様自身が言っていたことだそうだ。
今の世の中、何をするにもとにかく銭がいる。
米を買うにも、兵や馬を買うにも、武具を買うにも必ず銭がいるのである。
今は戦国時代、戦の度に銭は吹っ飛んでいき、あってもあってもすぐに大量に消費してしまう。
現在、土浦における水産業の成功や紙と醤油の輸出によって大きな利益を得ているものの、他勢力と大きく差をつけるにはこれではやはり足りない。
この小田家が更なる発展を遂げるためには、より膨大な利益を得ることのできる収入源が必要となるのだ。
つまり、その収入源となる物を見つける、あるいは作り上げる必要がある。
候補として石鹸が思い浮かぶが、今年からまた菜種の栽培量を大きく増やしたとはいえ、まだまだ大量に売る事は難しい。
当面の間は石鹸の生産体制を整えた上、現在生産している物の生産量を更に増やし、売り上げを伸ばしていくしかないだろう。
しかし、そう考えるととにかく人材が足りないな。
ただでさえ田畑の増加や整備、漁業、工事にと様々なところで労働力が必要となるので、生産業だけに労働力を集中させる事はとても無理だ。
やはり、もっと人口を増やす必要があるだろう。
そのためにはこの小田領を畿内の京都や堺に負けない都市へと発展させていく必要がある。
現在の時代において栄えている町の絶対条件は商業が賑わい、人の往来が多い事だ。
目新しい物や商業的価値が高い物があれば商人が集まり、商人が集まれば職人も集まり、栄えた街には仕事を求めて人々も集まる。
なのでまずやるべきは、この小田領内での商売を更に盛んにしていく必要があるだろう。
そのためにもまずはあの政策を始めなくてはならないな。
更にいずれ余裕ができたら、新たなる収入源になる物を売り出していくとしよう。
まだアイディアについては思いついていないがな。
さて、氏治様が集めた情報についてはこれで全部である。
「ふむ、すぐに実行できるものもあれば数年単位の時間を要するものもありますな」
「やはり、すぐに全てを実行するというのは無理かのう」
「残念ながら、今はただでさえ人が足りていないのにそれら全てを実行する余裕はとてもありません。できるところから、一つ一つコツコツと進めていく必要があるでしょう」
「そうか、だがその言い方じゃと大体の解決策は思いついているようじゃのう?」
「ええ、全てではありませんが。そして、今すぐにでも実行できるものはあります。まずは政治様に相談する必要はありますがな」
「父上であれば話は問題なく聞いてくださるであろう。ではまずは、父上に話を通すところからじゃな」
「そうですね」
何はともあれ、主君に話を通さなければ何も始まらない、まずはそこからである。
「政貞様」
そうして氏治様と話していたところ、葵がにこりと笑いながら話しかけてきた。
「どうした葵?」
「いえ、随分と楽しそうだなと思いまして。せっかく妻が隣にいるのに2人でとても」
あれ、これもしかしてヤキモチ妬いたりしてる?
いや、コイツに限ってそれはないか、単に自分を放置して話をしていたのが気に食わないだけか。
それはともかく、このままだと帰った後が怖い、ここは素直に謝っておこう。
「す、すまん、小太郎様と久々に会ったものだからついな」
「ふふふっ、別に怒っておりませぬよ。君主と家臣の仲が睦まじいのは良い事です。ええ、どこぞの家とは大違いです」
「は、ははは……」
十中八九、家臣団の傀儡になっている宇都宮家のことを言っているんだろうなと思いながら、俺は苦笑いを浮かべる。
まあ、家臣を纏めることもできない君主に従属して良いように使われるのがムカつくという気持ちはわかるが。
「はははっ、早速尻に敷かれとるようじゃのう政貞! お主が他人に気後れしとるところなぞ中々見る事ができんから愉快じゃわい!」
「小太郎様、人事だと思って……」
全くいい性格してやがる。
あ、この場合は褒め言葉じゃないですからね。
「ふふふっ。さて、2人は当主様に会いにいくのでしょう? 私は先に屋敷に戻るので、お二人で行ってらっしゃいませ」
「む? 葵殿と共にくれば良いではないか、父上も歓迎してくれるぞ!」
そう葵を誘おうとする氏治様に、こっそりと耳打ちする。
「小太郎様、葵は嫁に来たとはいえ笠間の人間、そんな自分がいれば大事な話はしづらいだろうと気を遣ってくれているのです」
「そ、そうであったか……」
氏治様は俺の言葉を聞いて納得すると、葵へ言った。
「分かった。少しばかりお主の夫を借りるとしよう、心寂しいと思うが待っていてくれ」
「承知いたしました。ではお二人とも、いってらっしゃいませ」
俺と氏治様は葵の言葉に頷くと、城へと向かうのだった。
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