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転生したら小田氏治の家臣だったので、滅亡の運命を変えます!  作者: 社長
第二部

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111話

「小田政治。今日ここで、お主ら親子の首を落とす」


 尚綱の声が、広間へ響き渡った。


 その言葉を合図に、柱の陰や襖の裏に隠れていた兵達が姿を現す。


 槍を構える者。


 刀へ手を伸ばす者。


 広間の出口を塞ぐ者。


 小田の供回りは、瞬く間に宇都宮の兵達に囲まれた。


「父上……」


 小太郎が息を呑む。


 だが政治は、僅かも慌てる様子を見せなかった。


「やはり、そう参られましたか」


「何じゃと?」


 尚綱の眉が動く。


「宇都宮殿が和睦を望んでおらぬことくらい、書状を読んだ時から分かっておりました」


 政治は静かに答えた。


「故に、民達にも今日が和睦の日であると知らせたのです」


「ならば、何故ここへ来た!」


 尚綱が怒鳴る。


「分かっておったならば、何故わざわざ死地へ足を踏み入れた!」


「宇都宮殿に、選んでいただくためです」


 政治の目が、真っ直ぐ尚綱を見据える。


「宇都宮の民を選ぶのか。それとも、ご自身の恨みを選ぶのかを」


「黙れ!」


 尚綱は刀を抜き放った。


「ワシに説教を垂れるな! 民など、家臣など、皆どうでもよい! 小田を滅ぼせるならば、宇都宮がどうなろうと構わぬ!」


 その叫びを聞いた瞬間、広間にいた家臣達の表情が変わった。


 尚綱は気づいていない。


 だが、今の言葉は兵達にも、壬生にも、芳賀にも届いていた。


「尚綱様」


 芳賀高定が、一歩前へ出た。


「今のお言葉を、お取り消しください」


「何じゃと?」


「民も家臣もどうでもよいなどと、そのようなことを仰ってはなりませぬ」


 高定の声は震えていた。


 だが、その足は一歩も退かなかった。


「宇都宮家とは、尚綱様お一人のものではありませぬ。代々この地を守ってきた者達の家であり、民達の暮らす国にございます」


「芳賀……お主までワシに逆らうか」


「逆らっているのではありませぬ」


 高定は深く息を吸った。


「宇都宮家を守ろうとしているのです」


「宇都宮を守るだと?」


 尚綱は笑った。


 怒りに歪んだ、冷たい笑みであった。


「小田に媚び、奴らの前で頭を下げることが、宇都宮を守ることだと言うのか!」


「違います」


 高定は首を振った。


「民を騙し、和睦を口実に客人を討つことが、宇都宮を滅ぼす道だと申し上げております」


 尚綱の目が、凶悪な光を帯びた。


「……芳賀高定」


「はい」


「お主も、ここで死にたいのか」


 尚綱が刀を構える。


 その時だった。


「お待ちくだされ、尚綱様」


 壬生綱房の落ち着いた声が、広間へ響いた。


 綱房は尚綱と高定の間へ進み出ると、静かに頭を下げる。


「今ここで芳賀殿へ刃を向ければ、兵達は完全に乱れます」


「壬生、お主までワシを止めるのか」


「止めるためではございませぬ」


 綱房は穏やかな口調のまま答えた。


「宇都宮家を、これ以上乱さぬために申し上げております」


 尚綱は壬生を睨みつける。


「ならば、兵を動かせ。小田の者どもを討て」


「……それは、できませぬ」


 その言葉に、広間の空気が止まった。


 尚綱の顔が、ゆっくりと歪む。


「何と言った」


「城門の外には、和睦を信じて集まった民達がおります」


 綱房は、静かに続けた。


「ここで小田殿を討てば、民達は宇都宮家を見限りましょう。兵達の中にも、家族が城下にいる者がおります。和睦を信じる妻や子の前で、騙し討ちをした主君に、誰が最後まで従えましょうか」


「だから何じゃ!」


 尚綱が叫ぶ。


「民が何だ! 兵が何だ! 小田政治を討てば、小田は終わる! それで全て取り戻せるのじゃ!」


「取り戻せませぬ」


 綱房の声は、あまりにも静かであった。


「民を失い、家臣を失い、信を失った宇都宮に、取り戻せるものなどありませぬ」


 尚綱の手が震える。


 怒りによるものか。


 あるいは、初めて自分が孤立していることを悟ったからか。


「壬生……お主も、ワシを裏切るのか」


「裏切るのではありませぬ」


 綱房は、深く頭を下げた。


「壬生は宇都宮家の家臣にございます。だからこそ、宇都宮家を滅ぼす命には従えませぬ」


 その言葉を聞いた兵達の間で、ざわめきが起きた。


 やがて、一人の兵が槍の穂先を下げた。


 続いて、もう一人。


 さらにもう一人。


 尚綱の命令を待っていたはずの兵達が、次々と武器を下ろしていく。


「き、貴様ら……!」


 尚綱が怒鳴る。


「何をしておる! 小田の者どもを討て! これは命令じゃ!」


 だが、誰も動かなかった。


 その時、城門の外から大きな声が響いた。


「宇都宮様!」


 先ほど城門前に集まっていた百姓達の声であった。


「和睦を結んでくだされ!」


「もう戦は嫌だ!」


「どうか、これ以上わしらを苦しませないでくだされ!」


 民達の声は、城の中にまで届いていた。


 尚綱は、その声を聞きながら立ち尽くす。


 自分が守るべきだった民。


 自分に従うべきだった家臣。


 その全てが今、自分へ背を向けようとしている。


「宇都宮殿」


 政治が、静かに口を開いた。


「ワシは、宇都宮家を滅ぼしに参ったのではありませぬ」


「……何?」


「民が安心して暮らせるようにしたい。ただ、それだけです」


 政治は続ける。


「宇都宮殿が民を守ると仰るなら、ワシはそのお手伝いをいたしましょう。ですが、民を捨て、家臣を捨て、恨みのためだけに戦うと仰るならば———」


 政治の目が、尚綱を射抜いた。


「もはや宇都宮の当主として、お支えすることはできませぬ」


「支える、だと……?」


 尚綱は、乾いた笑いを漏らした。


「小田が、宇都宮を支えるだと?」


「宇都宮という国を支えるのです」


 政治は答えた。


「宇都宮殿、お主ではなく」


 尚綱の顔から、血の気が失われた。


 小田政治は、自分を討つと言っている。


 だが、宇都宮を奪うとは言っていない。


 壬生も芳賀も、小田へ下ったわけではない。


 ただ、自分だけが宇都宮から切り離されようとしている。


「……ふざけるな」


 尚綱は、震える手で刀を握り直した。


「ふざけるなあああっ!」


 尚綱は政治へ向かって駆け出した。


「父上!」


 小太郎が叫ぶ。


 だがその瞬間、芳賀高定が尚綱の前へ立ちはだかった。


「尚綱様!」


「退け、芳賀!」


「退きませぬ!」


 高定は、尚綱の刃を自らの刀で受け止めた。


 甲高い音が、広間に響き渡る。


「尚綱様。どうか、お止めください」


「貴様までワシを阻むか!」


「宇都宮家のためにございます!」


 尚綱と高定の刀が、激しくぶつかる。


 その隙に、壬生の兵達が動いた。


「尚綱様をお止めせよ!」


 綱房の命令が飛ぶ。


 数人の兵が尚綱へ飛びかかり、腕と肩を押さえ込んだ。


「離せ! ワシは宇都宮の当主じゃぞ!」


「だからこそ、お止めするのです」


 高定は、苦しげに言った。


「これ以上、尚綱様に宇都宮を壊させるわけには参りませぬ」


 尚綱は、押さえつけられながらも、なお政治を睨み続けていた。


 その目から憎悪が消えることはない。


 だが、もうその憎悪に従う者はいなかった。


 城門の外では、民達が和睦を願う声を上げている。


 城内では、兵達が武器を下ろしている。


 そして宇都宮家の重臣達は、自らの主君を止めていた。


 こうして宇都宮尚綱が仕掛けた罠は、完全にその主を飲み込んだ。


 宇都宮城で起きたのは、小田と宇都宮の戦ではない。


 尚綱という一人の男と、宇都宮という国の決別であった。

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