106話 小田小太郎、宇都宮の民と会うその1
一五四十四年 常陸国 小田城
宇都宮尚綱が謀略を思案する一ヶ月前の七月のこと———
「うおおおおおッ!」
「はははっ! 若様、流石の鍬捌きですな! もう小田領で一番鍬の使い方が上手くなったんじゃないですかい?」
「はっはっは! ワシなどまだまだじゃ! さあもう一仕事いくぞ!!」
ワシはいつものように百姓に混じり、鍬を振っていた。
いつからこれを始めたかは覚えておらんが、もう今では日課のようになっていた。
そんな農作業が板についてきたワシじゃが、その名は小田小太郎、この小田家の将来を担う嫡男なのである。
よく大名の子らしくないと言われるワシじゃが、自分でもそう思っている。
しかし、民達との接し方を幼い頃からワシはこれしか知らないのだ。
民達と体当たりでぶつかり合い、時には助け、時には悩みを聞き、時には共に泣き、笑う。
政貞のように勉学や政治が得意でないワシが民達にしてやれることが、唯一それだけだったのだ。
本当は政貞のように色んなことをそつなくこなしたり、凄いことを思いついて民達から褒められたいが、結局ワシにはこれしかない。
ならば、自分にできることを精一杯やるしかないだろうと、今日も民達と汗を流しているわけだ。
まあ最近は父上に色々と教えてもらっているおかげで、少しずつできることが増えておるがな。
と言っても、父上や勝貞、政貞にはまだまだ及ばない。
父上や勝貞は政貞から書状を受け取るたび、政貞が行った政策や作った新しい物をすぐに導入し、民達を喜ばせている。
政貞は政貞でまだ半年だというのにただの漁村と農村の集まりだった牛堀を大きく発展させたと聞く。
それを聞いた時、ワシはまだまだだと思ったものだ。
それと同時に、ワシも負けていられないと思ったのである。
ワシが慣れていないことをいきなりやろうとしても失敗するだけじゃろう。
ならば、自分の強みを精一杯やるだけじゃ。
まあ、いずれは苦手なことにも挑戦していかなければならんじゃろうけどな。
その時はその時じゃ、まあどうにかなるじゃろう。
そんなことを考えつつ、ワシは農作業に励んでおった。
その時である。
「若様、あの者達、見かけない顔ですね」
「む?」
百姓の一人が指差した先、そこには夫婦らしき男女とその子供らしき小さな男の子と女の子が歩いていた。
彼らの服装は見窄らしく、痩せ細っており歩き方もおぼついていなかった。
確かに見たことのない者達じゃ。
どこかの領地から逃げてきたのか?
「あっ、若様!?」
見ていられなくなったワシはすぐに駆け出すと、その者達の前に立った。
「ワシは小田家嫡男、小田小太郎である! お主達見ぬ顔じゃな、よその土地から来たのか?」
ワシがそう問うと、夫婦は目を丸くして二人で顔を見合わせる。
そして次の瞬間、血相を変えながらこう言った。
「お、小田の若様ですか!? あの、小田家は他国の者も受け入れてくれるというのは本当ですか!?」
「お願いです! どうか私達をここに住まわせてください! 一生懸命に働きます!! どうかお願い致します……!!」
二人はそう言った後、頭まで下げてワシに懇願してきた。
更に後ろの子供達まで、切実な表情で両親の真似をして頭を下げる。
こんなに必死に……ここに来るまでよほど酷い目にあったんじゃろうか。
それを見たワシはすぐにしゃがみ込むと、頭を上げさせて言った。
「案ずるな。小田家は今、人材を多く求めておる。勿論、お主達を受け入れよう。ワシについてこい。食糧も職も与えようぞ!」
ワシが笑顔を浮かべてそう言うと、夫婦二人は信じられないものを見るような顔でワシを見る。
だがすぐにその後、顔から涙をこぼし、再び頭を下げてしまった。
「ありがとうございます!! 本当にありがとうございます!!」
「これで子供達も助かります!! 貴方は私達の神です!!」
「はははっ、大袈裟じゃのう。さっ、いつまでも頭を下げてないでワシと共に行こう。子供達に早く食べさせてやらんとな」
「はい……!!」
ワシは四人を立ち上がらせると、すぐに百姓へと声をかけた。
「吉郎、すまぬがワシらより先に行って宿の手配と食事の注文をしてもらえるか? ちゃんと手間賃は出すから頼む!」
その頼みに、吉郎は気前のいい笑みを浮かべながら言った。
「ははっ、人助けに銭はいりませぬよ! ではひとっ走り行ってきます!」
「ありがとう! 頼んだぞ!」
そして吉郎は土を蹴って城下町へと駆けて行った。
ふふっ、小田の領民は心優しい者が多くて嬉しいわい。
「では行こうか」
「は、はい!」
そしてワシは、四人を連れて宿へと向かうのだった。
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