102話 牛堀にプールを作ろう!
「くあああぁぁぁッ!! 限界だ!! 俺の物作り欲がもう収まらん!!」
五月の中旬、俺は発狂していた。
度重なる激務と仕事と寝るだけの毎日に、俺の欲は溜まりに溜まり、爆発寸前となっていたのである。
「うわぁ、政貞がおかしくなってる。そういや水車の時もこんな感じだったよね」
「もう辛抱ならん! 何か、俺に何かを作らせてくれ! 葵! 俺に何か作って欲しいものはないか!?」
「急にそんなこと言われても……そうだなぁ、もうすぐ夏だし涼しくなれる遊び場が欲しいかなぁ」
「遊び場……ハッ!!」
その時、俺の頭に天啓が落ちてきた。
涼しくなれる遊び場。
子供から大人まで涼んで楽しめる場所。
それに相応しい施設が俺の頭に浮かんだのである。
「それだ!! でかしたぞ葵!!」
「へぇ、何かいいこと思いついたの?」
「勿論だ!! それはな……プールだ!!」
「ぷーる?」
当然、戦国時代の人間の葵はプールなど知らないので首を傾げる。
「プールとは簡単に言うと人口的に作った浅いため池のようなものだ。川や海に行かなくても泳いだり遊ぶことができる、しかも安全にな」
「おお! それすごくいいじゃん! しかもそれって今の時代にはないんでしょ? 時代の最先端を行ってるじゃん!」
「ふふふっ、その通りだ。よし、そうと決まれば早速プール及び牛堀水上テーマパークの開発に行くぞ!!」
「おおー!!」
というわけで、俺達は早速あちこちを駆け回り、手の空いている菅谷隊の者や街の者達、職人を探し回った。
その結果———。
「……殿、またこれは色々と目新しいものを考えましたな……」
勘助殿が俺の広げた絵図を見て、眉間へ深い皺を寄せていた。
「水を溜める池が二つに竹の樋を通る水路、小さな水車にその下をくぐる場所、それに……竹筒で水を飛ばす遊び……でございますか?」
「ああ!」
俺は力強く頷く。
「だがただの池じゃない! 子供も大人も安全に涼み、遊ぶことができる避暑地兼遊技場だ!!」
そして俺は皆の前に立ち宣言する。
「名付けて! 牛堀・夏の水の庭!」
……するとなぜか、皆は無表情になり沈黙した。
その中で久幹と頼綱殿だけが笑っていた。
久幹は愚かなものを見るような、頼綱殿はワクワクとした正反対の笑顔だった。
「はっはっは! 政貞様、本日はいつもと随分様子が違いますなぁ」
「気にしないで、この人定期的に様子がおかしくなるから」
「葵、誤解するような言い方はやめてくれ!」
何だよ、たまに羽目を外すぐらいいいだろう!?
あれですか、普段おとなしいやつが急にテンション高くなるから引いてるんですか!?
だがそれなら霧丸だって……。
「ぶふっ! ぶふふっ!」
おい! よく見たら霧丸のやつ、吹き出してるのを耐えてるだけじゃないか! そんなに面白かったのか!?
対していつも明るいちよは無表情だ。
その視線がとても痛い。
と、俺が落ち込んでいると久幹は全くこちらを気にする素振りも見せずに言った。
「まあ名前はともかく」
久幹が絵図を覗き込む。
「水辺で遊ばせるなら、安全を最初に考えねばなりませぬな。霞ヶ浦や川へ入るのは危険です。流れもあり、風が強くなれば波も立つ。子供達を遊ばせる場所には向きませぬ」
「その通り!」
俺は水を得た魚のように立ち上がり、久幹へ指を向けた。
「だから湖や川は使わない! 町から少し離れた高い土地に、浅い人工の池を作る! 水は用水から竹樋で引き、反対側から流して抜く! 水を溜めっぱなしにせず、毎日、少しずつ入れ替えるんだ」
「ふむ」
久幹は絵図の端を指で押さえた。
「ならば、深い場所は作らぬ方がよい。幼子用は、くるぶしから膝ほど。大きな子供や大人用でも、腰より深くはせぬ。池の底には砂を敷き、石や尖った木片を残さぬようにする」
「よし、それでいこう!」
俺は頷く。
「周りには板を渡して、走って滑らないようにする。町番も置く。水へ入る者を見張る役だ。酒を飲んだ者は入れない。飛び込むのもなし、子供だけで深い方へ行くのもなしだ」
深い方って言っても腰までだろ?」
由兵衛が首を傾げる。
「それでも危ないものは危ないよ」
葵が即答した。
「特に由兵衛みたいな人が、調子に乗って子供を肩車したまま走ったりしたらね」
「しねえよ!」
「本当に?」
「……多分」
「ほらね」
葵が呆れたように笑う。
「はははっ!」
頼綱殿が絵図を覗き込みながら、大きな声を上げた。
「面白いではないか! この丸太は何だ! 池へ浮かべるのか!?」
「ああ。ただし沖へ流すんじゃない。浅い池の中に短い丸太を固定して、その上を渡る遊びにする。落ちても膝ほどの水だ」
「おお! ならば俺が最初に渡ろう!」
それに対して久幹が、何の迷いもなく言った。
「ですがそうなると、頼綱殿が最初に落ちるでしょうな」
「なぜだ!?」
「勢い余って走るからです」
「走らぬ!」
「本当ですか?」
「……少しだけ走るかもしれん」
「ほら」
皆が笑う。
頼綱殿は、不満そうに腕を組んだ。
「ならばこれは何だ!」
頼綱殿が絵図に描かれた竹の水路を指差す。
「竹樋の舟遊びだ」
俺は答えた。
「竹を半分に割って繋ぎ、そこへ水を流す。葉っぱや木の小舟を浮かべて、誰の舟が一番早く着くか競うんだ」
「子供達にも出来そう!」
ちよが目を輝かせる。
「自分で舟を作って、絵とか印を付けてもいいですか!?」
「もちろん。むしろそれがいい。魚の形にしてもいいし、家の印を描いてもいい。市の日に舟競べを開けば商人達も見に来るはずだ。自分だけの船を皆が持ち寄る披露会なんかを作るのもいいかもな」
「ふむ」
宗兵衛殿が、すぐに帳面を取り出した。
「木の舟を売る者、絵を描く者、甘味や飲み物を売る者も増えましょうな。ただ、市銭を増やす話ではありませぬぞ」
「勿論だ! 今回は利益度外視でいく!」
「それはそれでどうかと思いますが……」
宗兵衛殿は苦笑する。
「商人が楽しんで商売出来る場所にする。その結果として、町が栄えればいい。それからな」
俺は、絵図の中央を指差した。
「ここには小さな水車を置く」
「水車?」
勘助殿が聞く。
「ああ、ただ回すだけじゃない。水車の板に小さな竹筒を付ける。回るたびに水を汲み上げて、上からぱしゃっと落とすんだ」
「水の雨、ってこと?」
葵が、楽しそうに笑った。
「そう! 暑い時に下をくぐれば、頭から水を浴びられる!」
「はははっ!」
頼綱殿が。いきなり立ち上がった。
「それは良い! 俺が一番最初に浴びよう!」
「頼綱殿」
由兵衛が、にやにやしながら言う。
「水車が壊れない程度にしてくださいよ」
「俺を何だと思っておる!」
「水荷を吹っ飛ばした男こと真田頼綱」
「まだ言うか!」
また笑い声が広がった。
「あと」
俺は最後に絵図の端へ描いた幾つもの丸を示す。
「竹水鉄砲の的当てだ。人へ撃つんじゃない。板に魚や鬼の絵を描いて、水で濡らして倒した方が勝ち。子供組、商人組、漁師組、菅谷隊組で勝負してもいい」
「菅谷隊は負けませんよ!」
ちよが勢いよく手を上げた。
「霧が後ろから狙って、由兵衛が正面から撃って、頼綱は———水鉄砲を握り潰しそう」
葵が笑いながら言った。
「握り潰さん! 多分な!」
「また多分って言った!」
「そんなに自信満々な多分があるかよ!」
俺は笑いながら、皆の顔を見渡した。
ここ最近俺達はずっと港を作り、田を耕し、町を守るための仕組みを考えてきた。
それは必要なことだ。
だが生きるとは、守ることだけじゃない。
腹いっぱい飯を食べ、大切な者と笑い、暑い日には水を浴びて明日もまた生きたいと思える。
そんな時間もきっと同じくらい必要なはずだ。
「よし」
俺は大きく頷いた。
「夏までに牛堀・夏の水の庭を作る! 安全第一! 皆が楽しめる場所にするぞ!!」
「おう!」
頼綱殿が拳を上げる。
「まずは池を掘るぞ!」
「待て!」
俺は慌てて止めた。
「池を掘る前に場所を決めて、水を引く場所と抜く場所を見て土を固めるんだ!」
「……なるほど、勢いだけで掘ってはいかんのだな」
「頼綱殿は」
久幹が静かに言った。
「勢いだけで掘り始めそうでしたので止めて正解ですなぁ」
「うむ」
頼綱殿はなぜか誇らしげに頷く。
「良い家臣を持ったな、政貞殿!」
「自分で言うことじゃないよ」
葵の声と皆の笑い声が、初夏の風が吹き始めた牛堀へいつまでも響いていた。
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