99話 春季評定その2
「まずは、街を大きくする前に決めなければならないことがある」
俺は、広間に集まった皆の顔を見渡した。
「今の牛堀は、人が増えて商いも増えている。港も整い始め、農村も少しずつ豊かになってきた」
半年で二千人。
今後もこの勢いで人が集まれば、牛堀は今までのような小さな港町ではいられない。
だが、人が増えることは良いことばかりではない。
病が流行れば、多くの者が倒れる。
火事が起これば、町が丸ごと焼ける。
水や食べ物が足りなければ、民同士で争いが起こる。
そして治安が悪くなれば、せっかく集まった商人や職人達も去ってしまうだろう。
「これからの牛堀は、ただ商いができる町では駄目だ」
俺は、広げられた牛堀周辺の図を指差した。
「民が安心して住める町にする。商人が安心して荷を預けられる港にする。そして、戦が起きた時にも簡単には揺らがない町にする」
皆が、静かに俺の言葉を聞いている。
「そのために、いくつか新しい決まりを作りたい」
「決まり、ですか?」
勘助殿が尋ねる。
「ああ。まずは水だ」
俺は、町の北にある井戸と川を示した。
「飲み水を取る場所と、洗濯や汚れた水を流す場所を分ける。井戸の近くに厠を作ることも禁じる」
「なるほど」
久幹が頷く。
「確かに、井戸の近くが汚れれば水も悪くなりますな」
「それと、市や港には大きな釜を置く。病人が出た時や、腹を下す者が増えた時は、水を沸かして飲むようにする」
「水を沸かすだけで病が減るのか?」
由兵衛殿が首を傾げた。
「必ず減るとは言えない。でも、何もしないよりはずっといい」
俺は答える。
「それに、石鹸を作っているんだ。役人、兵、医者、産婆には、食事の前と傷を診る前に手を洗わせる」
「手を洗うのを決まりにするのか?」
「そうだ」
頼綱殿が、不思議そうな顔をしている。
「戦で怪我をした者が傷から熱を出して死ぬこともあるだろ? 少しでも助かる者を増やしたい」
「……なるほど!」
頼綱殿は、ゆっくりと頷いた。
「兵だけでなく、民もというわけだな!」
「ああ。兵だけを守っても意味がない」
次に、俺は町の道へ指を移した。
「町の大通りを少し広げる。市の近くと倉の周りには、火が燃え広がらないよう空いた場所を作る」
「火除け地ですな」
勘助殿が言った。
「鍛冶場や油を扱う店は、家が密集している場所から少し離す。井戸のそばには、水桶と桶を常に置く。夜回りも増やす」
「火事対策か」
親父が、低く呟く。
「うむ。町が大きくなればなるほど、火事一つで全てを失うからな」
木で作られた家。
油を扱う店。
藁や薪。
そして狭い道。
今の牛堀は、一度大きな火が出れば危ない。
戦で焼かれる前に、火事で町を失うなど絶対に避けなければならない。
「次に、商いの決まりだ」
俺は、机の端に置いてあった枡を手に取った。
「これから牛堀で使う枡と秤は、町で定めたものに揃える。勝手に小さな枡を使って米を売ったり、軽い秤で荷を量ったりすることは禁止だ」
「おお、それは良いな」
「商人によって量が違うの、結構面倒だったもんね」
「ああ。小田の焼印が入った枡と秤なら、誰が使っても同じ量になるようにする」
「商人達も、安心して取引ができますな」
久幹殿が、感心したように頷いた。
「牛堀で量った米は、江戸でも府中でも同じ量。牛堀で書いた証文は、他の町でも信用される」
それができれば商人は牛堀をただの寄港地ではなく、信用できる取引の場として見るようになるだろう。
「それと、港に入る荷には木札を付ける」
「木札?」
「誰の荷か。何をどれだけ積んでいるか。どこへ送るのか。それを書いておくんだ」
勘助殿が、少し考え込む。
「荷の取り違えや盗みも減りそうですな」
「そう。あと、米や塩を預けた商人には預かり証を渡す」
「証文を?」
「港の倉に荷を置けば、火事や盗賊から守れる。商人は重い荷を抱えたまま旅をしなくて済む」
「へぇ、いいじゃん。遠くへ行く商人も、牛堀に荷を預けたくなるよ」
「そうなればいいな」
さらに俺は、米蔵が描かれた場所を指差した。
「町のための蔵も作る。飢饉や洪水の時に、米と塩、味噌、干魚を出せるようにするための蔵だ」
「民へ配るための蔵、ですか」
「そうだ」
今は金がある。
米もある。
だが豊かな時だけを見ていてはいけない。
不作になった時。
戦で街道が止まった時。
疫病で働けなくなった者が出た時。
その時に助けられるものがなければ、今の発展などすぐに崩れてしまう。
「ただし、何でもただで配るわけではない」
俺は続けた。
「働ける者には、道の整備や水路の掃除、堤の補修をしてもらう。その働きに応じて、米や銭を渡す」
「なるほど」
由兵衛が、感心したように頷いた。
「ただ救うだけではなく、町そのものを強くするわけだな」
「ああ」
民に仕事があれば、町も整う。
町が整えば、また人が集まる。
その繰り返しを作りたかった。
「そして最後に」
俺は、今いる館を見回した。
狭い。
皆が集まれば、すぐに身動きが取れなくなる。
評定を行うにも、兵を集めるにも、町を守るにも足りない。
「城を作る」
その言葉に、広間が静かになった。
「ようやくか!」
由兵衛殿が、嬉しそうに声を上げる。
「やっと大将らしい城を作るんだな!」
「ただの立派な城にはしない」
俺は、首を横に振った。
「これから作る城は、俺達だけが暮らすための城じゃない。町と港を守るための城にする」
俺は図を広げた。
牛堀の町。
港。
倉。
市場。
そして、少し離れた高台。
「城は高台に置く。そこから町と港、川へ続く道を見渡せるようにする」
城の周囲には堀を掘り、土塁を築く。
だが城下へ向かう道は、商いの邪魔にならぬよう整える。
城に兵糧を集めるだけではない。
町の蔵と城の蔵を分け、どちらかが焼けても全てを失わぬようにする。
「城の中には評定の間、兵の詰所、武具蔵、米蔵を作る。外には職人達が働く場所と、火事の時に民が逃げ込める広場も作る」
「民が城へ逃げ込むのか?」
「敵が来た時だけじゃない。大火事や洪水の時もだ」
城とは、領主が偉そうに住むための場所ではない。
最後に民を守る場所でなければならない。
「完成までには、何年もかかるだろう」
俺は皆へ言った。
「でも、その頃には牛堀の人口を一万、二万へ増やしたい。港には多くの船が入り、町には職人と商人が集まり、子供達が安心して育つようにしたい」
戦のためだけに町を大きくするのではない。
誰かから奪うために城を作るのでもない。
民が暮らし、働き、家族を作り、明日もこの町にいたいと思える。
そんな場所を作りたかった。
だからこそ、ここから始める。
牛堀はただの港町から人が集まり、商いが育ち、民が安心して暮らせる新しい町へと、少しずつ姿を変えていくのだ。
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