97話 冬の港整備その2
さらにそれからしばらくして、竹柵の補強と係船杭の打ち直しが終わる。
次は船揚げ場だった。
丸太を並べた斜路へ、縄を掛けた小舟を引き上げる。
「よし!」
「皆で引け!」
「せーの!」
「おおおおおおっ!」
船がぎしぎしと音を立てながら、ゆっくり陸へ上がっていく。
「これがあれば、船底の割れや傷を直しやすくなる。冬のうちに船を直しておけば、春の漁にも間に合うだろう」
俺がそう言うと、久幹が小舟を見ながら呟く。
「なるほど、港というのは船が入るだけでは足りぬのですな。船を休ませ、直し、また出せるようにせねばならぬと」
「ああ」
俺は頷いた。
「船も兵と同じだ。壊れたまま無理をさせれば、いざという時に動けなくなる」
「なるほど」
久幹は、静かに船揚げ場を見渡した。
その目は、城の普請を見る時のように真剣だった。
昼前。
一通りの整備が終わった頃、俺は皆を荷揚げ場へ集めた。
「最後に一つ、試したい物がある」
「おおっ! 大将、また水車みたいなもんを作るのか!?」
「水車ほど立派な物じゃない。だが港で荷を運ぶ者達が、少し楽になる物だ」
俺は荷揚げ場の端を指差した。
そこには二本の太い丸太が横に渡されていた。
丸太の両端には木で作った大きな輪。
そしてその輪に、細い木板を縄で繋いだ帯が巻き付けられている。
「……何だ、これは?」
由兵衛が眉をひそめる。
「板の道か?」
「荷送り板だ」
俺は答えた。
「この取っ手を回せば、木の板が少しずつ動く。魚籠や塩袋みたいな軽い荷なら、人が抱えて何度も往復しなくても蔵の近くまで送れるはずだ」
「荷が勝手に進むのか!?」
ちよがぱっと目を輝かせた。
「へぇ、すごいですねぇ!」
「人が取っ手を回すから、勝手ではないけどな。でも、運ぶ手間は減る」
戦国の世にこんな仕掛けがあるとは聞いたことがない。
ましてや江戸の世になっても、港の荷運びは人の肩と背に頼るはずだ。
もちろん、米俵や木材のような重い荷は無理だ。
縄は湿気で傷む。
木板も外れやすい。
だが魚籠や干魚の籠を運ぶだけでも、働く者達の負担は減らせるはずだった。
「面白い!」
頼綱殿が大きく笑う。
「ならば俺が回そう!」
「待ってください」
俺と久幹の声が、ほぼ同時に重なった。
「……なぜだ?」
「頼綱殿が回すと」
久幹が、至って真面目な顔で言う。
「荷が飛ぶ恐れがあります」
「飛ばさん!」
「本当ですか?」
「……出来る限り飛ばさん」
「信用出来ないなぁ」
葵が呆れたように笑った。
まあ勢いあまって吹っ飛ばしそうだからなこの人。
「最初は政貞が回しなよ」
「では頼綱殿は荷を乗せる係ということで」
「分かった!」
頼綱殿は何故か嬉しそうに頷いた。
「ならば任せろ!」
「優しく乗せてくださいね」
久幹が釘を刺す。
「俺を何だと思っておる!」
「力加減を知らぬ武人です」
「あははっ!」
葵が堪え切れずに吹き出した。
「出会ったばかりなのに息ぴったりじゃん!」
俺は苦笑しながら、荷送り板の上へ小さな魚籠を置いた。
「じゃあ動かすぞ」
取っ手を掴み、ゆっくりと回す。
ぎぎぎ、と木の輪がゆっくりと回り始めた。
木板の帯が、がたがたと音を立てながら進む。
その上の魚籠も少しずつ、蔵の方へ運ばれていった。
「おお……!」
ちよが感嘆の声を漏らす。
「本当に進んでる!」
「こりゃあ便利だ!」
由兵衛も目を丸くしていた。
「魚を揚げた後、何度も籠を抱えて走らなくて済むな」
「ああ」
俺は頷く。
「力の強い者だけじゃなく、年寄りや女達も荷運びを手伝いやすくなる。港で働ける者が増えるんだ」
久幹は動く木板をじっと見つめていた。
やがて、板と縄の繋ぎ目へ目を落とす。
「政貞様」
「どうした?」
「このままでは荷が横へ滑り落ちるやもしれませぬ。板の両端に薄い木の縁を付けた方が良いでしょう。それと、縄が丸太へ擦れております。油を塗った木片を挟めば、傷みも少し抑えられるかと」
「なるほど」
俺は思わず頷いた。
目ざといな、よく気がつくもんだ。
「久幹の言う通りだ。そこは直そう」
「では俺が木を削る!」
頼綱殿が勢いよく刀へ手を伸ばす。
「ちょっと! 刀で削る気!?」
「早いぞ!」
「木がダメになるでしょうが!」
「……ではどうする?」
「木工職人に頼もうよ」
「なるほど!」
「いや最初からそのつもりなんだが……」
皆が、声を上げて笑った。
冷たい風が吹く港。
だが荷送り板の上を、小さな魚籠がゆっくり進むのを見ながら、俺達の周りには不思議と温かな笑い声が広がっていた。
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