物流の壁
ポツポツとだが、開拓が始まってきた。
数日前まで、ただの草原だった場所。
今では仮設テントが並び、人の声が聞こえる。
井戸の周囲では作業員達が忙しく動き回っていた。
掘り当てた地下水は思ったより安定しており、小さな井戸として使えるようになっている。
農民達は井戸の周囲で畑の準備を始めていた。
畜産担当の者達は、家畜を囲うための簡単な柵を作っている。
そして大工達は、ようやく最初の小屋の骨組みを組み上げ始めていた。
私はその様子を少し離れた場所から眺める。
「……少しずつね」
ゆっくりではあるが確実に進んでいる。
何も無かった場所に、人が集まり、仕事が生まれ、形が出来ていく。
それを見るのは、悪くない気分だった。
しかし私は遠くの草原を見て、ため息を吐いた。
「しっかし……」
「資材搬入がままならないわね」
木材。鉄材。工具。食料。
どれも必要だがここは、完全な孤立地帯。
一番近い村ですら、五十キロ。
領都からなら、さらに遠い。
つまり資材を運ぶには――
全部、荷馬車頼りだ。
私は腕を組む。
「どうにかしたいものだけど……」
そして苦笑した。
「こればかりはお手上げね」
道も整っていないし橋もない。
舗装なんて当然ない。
どう頑張っても、輸送速度には限界がある。
私はふと、思い出した。
「そういえば……」
ゆきちゃんから受け取った資金。
まだ余裕はある。私は小さく呟く。
「荷馬車隊、こっちに回せないかしら」
領都にはいくつもの輸送隊がある。
もしその一部でもこちらに回せれば――
開発速度はかなり上がる。
私は肩をすくめた。
「どれだけ手配してるのか分からないけど」
とはいえ焦ったところでどうにもならない。
私は空を見上げた。
青空。広い草原。そして風。
「まあ」
小さく息を吐く。
「のんびりやるしかないわね」
そう呟いたところで、ふと思い出した。
「……いや」
私は振り返る。
「文官さんに聞けばいいじゃない」
どうせ向こうが手配している。
ならば状況を聞いた方が早い。
私は文官を呼んだ。
「文官さん」
「はい、お嬢様」
「荷馬車隊ってどれくらい動いてるの?」
文官は少し考えてから答えた。
「そうですね……今はこちらへ向かっているものが」
そして言った。
「五十台ほどかと」
私は思わず声を上げた。
「五十!?」
文官は頷く。
「はい」
私は目を丸くした。そんなに?
文官は続ける。
「ここまで来るのは簡単ではありません。何も無い場所です」
確かにそうだ。補給拠点もない。
道標も少ない。文官はさらに説明する。
「移動にも時間がかかります。恐らく途中で何度か野営しているでしょう」
私は腕を組む。
「なるほど」
少し納得した。そして言う。
「つまり少数で来ると危ないって事ね」
文官が頷く。
「その通りです」
魔物。野盗。
それらが出る可能性もある。
荷馬車が数台だけなら、襲われたら終わりだ。
五十台。
護衛も付ければ、簡単には襲えない。
私は小さく笑った。
「成る程ね」
「大所帯で動いてる訳か」
文官は頷いた。
「安全第一です」
私は草原を見渡す。遠くの地平線。
まだ何も見えない。
その向こうから。五十台の荷馬車隊が、こちらへ向かっている。
私は少しだけ笑った。
「なら」
そして呟く。
「もう少ししたら、ここも賑やかになるわね」




