黒い宝
出発してから、約一ヶ月。
巡察隊はついに国境近辺まで到達していた。
ここまでの行程は、基本的に同じ事の繰り返しだった。
村へ立ち寄る。
井戸を見る。
畑を見る。
道を見る。
そして改善点を指摘し文官が記録する。
書類は領都へ送られる。
決裁が下りれば、数ヶ月後には工事が始まる。
私は小さく息を吐いた。
「多分、数ヶ月以内には改善されるわね」
文官も頷く。
「はい。領都からの返答も早くなっています」
巡察の効果は確実に出ている。
ここまで来て、もう一つ気付いた事があった。
村ごとに――対応が違う。
ある村では改善がすぐ進む。
ある村ではほとんど動かない。
私は腕を組んだ。
「……村長ね」
文官が苦笑する。
「その通りです」
結局。現場を回しているのは村長だ。
やる気のある村長なら進む。
そうでなければ止まる。
つまり――
「任せきり」
私は呟いた。
もしここに文官が一人でもいれば。
状況は全く変わる。
改善速度は劇的に上がる。
問題は一つ。ここでも人手不足。
私は小さく肩をすくめた。
「ここでも人手ね」
行政というのは、人が動かすものだ。
その人が足りない。簡単な話ではない。
私は周囲を見渡した。
国境近辺。ここは本当に何もない。
少し高めの山。
広い草原。
ところどころに小さな林。
村もない。私は思わず草原に寝転がった。
護衛が少し慌てる。
「お嬢様!?」
「大丈夫よ」
私は空を見上げる。
青い空。ゆっくり流れる雲。
風が気持ちいい。
私はぼんやりと草原を見た。
そして、何気なくスキルを使う。
「……分析」
視界の奥に情報が浮かぶ。
土壌。草。水分。普通の草原。
……のはずだった。
私は眉をひそめる。
「ん?」
少し高めの山、その方向。
何かある。私は身体を起こした。
「文官さん」
「はい?」
私は山を指差す。
「あの山、どっちの領地?」
文官は地図を確認する。
そして答えた。
「えっと……」
少し考えてから言う。
「測量でも曖昧国境線でも、我が領地ですね」
私は立ち上がった。
「それなら」
私は笑った。
「もう少し前進しましょう」
巡察隊はそのまま移動した。
小高い山。緩やかな斜面。
草が広がる丘のような場所だ。
私はその場で再びスキルを使う。
「……分析」
地面。岩。土。そして。
地下数メートル。
私は思わず声を上げた。
「え?」
もう一度、確認する。
分析。表示される情報。
黒い層。可燃性。炭素。
私は思わず呟いた。
「……石炭?」
文官が聞き返す。
「お嬢様?」
私は地面を見つめた。
地下数メートルにかなりの量。
これは――
「まさか」
私は思わず笑ってしまった。
鉄鉱石。
石炭。
もしこの二つが揃えば出来る事は一つ。
私は小さく呟いた。
「蒸気機関……」
文明を一段階押し上げる燃料。
私は空を見上げた。
さっきまで何もないと思っていた草原。
その下には黒い宝が眠っていた。
私は静かに言った。
「……面白くなってきたわね」
産業はここから始まるかもしれない。




