曖昧な鉱山
夜の三の刻。
研究室の灯りの下。
私は無線機のスイッチを入れた。
「こちらさくら!こちらさくら!」
ゆきちゃんの声だ。
「こちらフジ、受信状況オッケー!」
私は椅子に腰掛けながら言った。
「そう言えばさ、あの移動式の無線機届いたけど?」
「あー、届いた?」
向こうが軽く笑う。
「お互い移動し始めたら、連絡手段ないでしょ」
「なるほど」
確かにそうだ。
今の通信機は研究室据え置き。
つまり、ここにいないと通信出来ない。
だが移動式なら――外でも通信出来る。
測量。視察。国境。
どこにいても連絡が取れる。
私は続けた。
「こっちの地図も大分できてきたから」
「うん」
「その内さ、お互いに近い場所で会えないかと思って」
向こうが少し驚いた声を出す。
「成る程ね!」
直接会う。それは確かに一番早い。
通信では限界がある。
図面。試作品。資源。
実物を見た方が話は進む。
ゆきちゃんが言った。
「それなら私専用の馬車を作ろうかな?」
私は笑った。
「いいと思う!」
移動研究室。移動通信局。
そういう物があってもいい。
ゆきちゃんも乗り気だ。
「私も造るよ!」
通信の向こうで笑い声が聞こえた。
そして私は、ふと思い出した。
「それとさー」
「なに?」
「曖昧国境線付近で鉄鉱石が見つかったのよ」
「えー、そうなんだ!」
鉄鉱石。この世界では最重要資源の一つ。
武器。農具。建築。
すべてに関わる。
私は続けた。
「そこでさ」
「うん?」
「私達だけでも共同開発出来ないかと思って」
国境問題を避ける。中央を通さない。
二人で開発。
なかなか悪くない案だ。
ゆきちゃんが興味深そうに聞いた。
「その場所ってどの辺?」
私は机の上の地図を見る。
測量隊の報告書を思い出す。
「えーっと……」
私は指で地図をなぞる。
「私の所からだと南南東の丘の南側あたり」
通信の向こうで、急に声が上がった。
「ちょっと待って!」
「ん?」
「それ、うちの村の近くの鉄鉱石採れる所の近くよ!」
私は思わず黙った。
数秒の沈黙。そして。
「あちゃー……」
ゆきちゃんが笑う。
「お安く売りまっせ」
私は苦笑した。
「……村が近くにあるとそうなるか」
なるほど。
向こうは既に人が住んでいる地域。
つまり。完全な未開地ではない。
こちら側は荒れ地。村も無い。
もし領有を主張するなら、あちらの方が有利だろう。
異議を唱える!
それをやれば。国境問題。外交問題。
下手をすれば軍事問題。
私は小さく息を吐いた。
「……まあいいわ」
「え?」
「輸入に切り替える」
鉄鉱石は重要だ。それ以上に重要なのは。
関係だ。
ゆきちゃんが笑った。
「毎度ありー」
私は苦笑した。
「安くしてよ?」
「友達価格で」
通信の向こうで二人同時に笑う。
共同開発は残念ながら無し。
別の形で協力は出来る。
私は椅子に背を預けた。
国境。鉱山。資源。色々と問題はある。
今はまだ静かな関係のままでいい。
私は小さく呟いた。
「……残念」
こういう事もある。
世界は思った通りにはいかないものだ。




