静かな同盟
夜の三の刻。
研究室の灯りの下、私は無線機のスイッチを入れた。
「こちらフジ」
少しの雑音。そしてすぐに声が返ってくる。
「こちらさくら」
ゆきちゃんの声だ。
私は椅子に座りながら笑った。
「測量、始めたわよ」
「こっちもよ」
やっぱり行動が早い。
「これで精密な地図が手に入るわね」
「やっと世界が見える」
ゆきちゃんの言葉に、私は頷いた。
この世界の地図は曖昧すぎる。
距離が不正確。川の位置も怪しい。
街道も歪んでいる。
つまり――計画が立てられない。
正確な地図が出来れば話は変わる。
物流。防衛。開発。全てが変わる。
そして、私達は次の話に入った。
「領地力を上げないとね」
ゆきちゃんが言う。
「まずは基本」
私は頷く。
「農業」
食料はすべての基礎。収穫量。保存。流通。
これが安定しなければ何も始まらない。
「あと物流ってか道路ね」
ゆきちゃんが言う。
舗装までは無理でも、整備は出来る。
馬車が通りやすい道。橋の強化。
雨で崩れない構造。
物流が強くなれば――市場が広がる。
そしてもう一つ。
「現金収入」
私は言った。
農業だけでは領地は豊かにならない。
税収も限界がある。
だから産業。商品。売れる物。
ゆきちゃんが笑う。
「被らないようにしましょう」
「それがいいわね」
私も笑った。
お互い別の製品を作る。
そして足りない物は交換。
石鹸。油精製。電灯。洗濯。魔石関連。
協力すれば、開発速度は倍になる。
私は少し真面目な声になった。
「……問題は上よね」
ゆきちゃんもすぐ理解した。
「ああ」
私達は貴族の家に生まれた。
領主家。つまり。上がいる。国。王。
中央。新しい技術。利益。産業。
必ず目を付けられる。
そして、どこかの段階で――邪魔が入る。
ゆきちゃんが静かに言った。
「技術を寄越せ、ってね」
私は苦笑する。
「絶対言われるわね」
新しい物は利益を生む物。
権力者は必ず欲しがる。
私ははっきり言った。
「私は旧南の事は別にどうでもいい」
復讐とか。独立とか。今は考えていない。
でも、私は続けた。
「技術を寄越せ、って命令されるのは」
「頭に来る」
ゆきちゃんが笑う。
「同感」
私は小さく息を吐いた。
「こっちはゼロから作ってるのよ」
道具。材料。試作。失敗。改良。
それを全部飛ばして、成果だけ寄越せと言われたら。
……許さない。
「絶対に許さぬ」
私はそう言った。
ゆきちゃんは少し笑ってから言う。
「じゃあ対策ね」
「そうね」
技術は一気に出さない。
段階的に。分散。
拠点を増やし利益を広げる。
味方を増やす。
私達は通信の向こうで静かに頷いた。
これは戦争ではない。
備えは必要。技術。経済。地図。農業。
物流。
全部つながっている。
私は椅子に背を預けた。
「まずは地図ね」
「うん」
ゆきちゃんも言う。
「世界を知らないと戦えない」
私は小さく笑った。
「戦う気なの?」
「場合によっては」
通信の向こうで、二人同時に笑った。
私達は戦争を望んでいない。
守る準備はする。通信はそろそろ終わりだ。
「また明日」
「同じ時間で」
私はスイッチを切った。
研究室は静かになる。
窓の外。夜の街には電灯が灯っている。
文明はゆっくり進んでいる。
そしてその裏で私達二人は静かに準備をしている。来るかもしれない、その日のために。




