揺らぐ認識
領都。宿屋。
王都から来た商隊を装う偵察隊は、それぞれの部屋へ荷物を置き、一室へ集まっていた。
隊長は机の上へ地図を広げる。
誰も口を開かなかった。
ようやく一人の隊員が沈黙を破る。
「隊長」
「何だ」
「一体どうなっているのですか?」
隊長は苦笑した。
「そう聞かれても、俺にも分からん」
大きく息を吐く。
「王都で聞かされていたのは反乱。そして未知の乗り物の存在。あの鉄の箱……ロイドとかいう乗り物は確かに見た」
部下も頷く。
「私も見ました。ですが、それ以上に驚いたのは領都です。領民は落ち着いております。治安隊も規律を守り、住民と普通に接しています。街も荒れていません。反乱が起きている都市には、とても見えません」
隊長は腕を組んだ。
「……ああ」
それが一番理解出来なかった。
もっと混乱していると思っていた。
略奪。暴動。住民の不満。
そういう光景を想像していた。
しかし実際は違う。
市場は賑わい。商人は商売を続け。
子供達は笑っている。
「何かがおかしい」
その時だった。
「隊長」
別の隊員が声を掛けた。
「何だ」
「最初に偵察へ出たレーツェル隊長の件、ご存じですか?」
「ああ」
隊長は頷く。
「報告書は読んだ。洗脳されたとか、懐柔されたとか、色々噂になっていたな」
隊員は首を横に振る。
「いえ。私はレーツェル隊長とは士官学校の同期です」
隊長が顔を上げる。
「王都を出る前に、少しだけ話を聞きました」
部屋が静かになる。
「何を聞いた?」
隊員は言葉を選びながら話し始めた。
「王都では旧南国が反乱を起こしたとされています」
「ですが、レーツェル隊長の話では違いました」
隊長は身を乗り出す。
「どういう事だ」
「発端は王国軍です」
「王国軍?」
「はい。この地方へ派遣されていた一部の徴発隊が、命令を無視して小さな村で強制徴発を繰り返したそうです」
隊長は目を見開く。
「本当なのか」
「レーツェル隊長はそう言っていました」
「その結果、村人は生活出来なくなり、この領地へ保護を求めた。そして旧南国側は、それ以上の徴発を止めるために徴発隊と交戦した」
部屋の空気が重くなる。
隊長はゆっくり椅子へ腰を下ろした。
「つまり……」
誰も言葉を続けない。
隊員が静かに答えた。
「仕方なく反旗を翻した」
「それがレーツェル隊長の見立てです」
隊長はしばらく黙っていた。
やがて小さく呟く。
「……こちらから仕掛けたと思われているのか」
「はい。少なくとも旧南国では、その認識です」
誰も口を開かなかった。
もし、それが事実なら王都で聞かされてきた話と。
目の前で見ている現実は、あまりにも違い過ぎる。
隊長は窓の外を見つめる。
穏やかな領都の夜。笑い声が聞こえる市場。
規律正しく巡回する治安隊。
「まだ判断は出来ん」
隊長は静かに立ち上がる。
「だが。自分達の目で見た事実だけは、そのまま王都へ持ち帰ろう」
部下達は静かに頷いた。
この夜。
王都から来た偵察隊の中で、旧南国に対する認識は、少しずつ変わり始めていた。




