広がる疑念
王都。帝国中央庁舎。
会議室では再び旧南国についての会議が開かれていた。
「レーツェルの報告は以上か?」
「はい」
高官達は腕を組む。
ロイド。印刷所。どれも信じ難い話だった。
その時、扉が叩かれる。
「失礼致します!」
一人の情報官が慌ただしく入室した。
「新たな報告です!」
「申せ」
情報官は一枚の報告書を差し出した。
「旧南国から第二陣として帰還した兵士達より、奇妙な話が上がっております」
「奇妙?」
「はい」
情報官は少し言いにくそうに続けた。
「旧南国は帝国軍と通じているとの噂です」
会議室が静まり返る。
「何?」
「根拠は?」
「ありません」
即答だった。
「捕虜達が移送中、兵士達の会話を耳にしたとの事です」
一人の高官が鼻で笑う。
「そんなもの、流言飛語だ」
しかし、別の高官が地図を見つめながら口を開いた。
「待て」
会議室の視線が集まる。
「そもそもだ」
指が王国と帝国の国境をなぞる。
「我が王国は帝国軍の集結を確認し、それに対応して国軍を動かした」
誰も否定しない。
事実だった。
「そして、そのほぼ同じ時期に旧南国が反乱を起こした」
部屋が静まり返る。
高官は腕を組む。
「もし」
ゆっくりと続ける。
「旧南国が帝国と通じていたとしたら?」
誰かが息を呑む。
「我々が帝国へ戦力を向けた隙を狙った……とも考えられる」
「確かに」
別の高官が小さく呟く。
「時期だけ見れば一致している」
しかし軍務大臣が首を振った。
「証拠が無い。全て噂だ」
「そうです」
情報官も頷く。
「捕虜が聞いたという兵士同士の会話だけです」
再び会議室は静まり返る。
誰も決定的な証拠を持っていない。
その時、あの老人が静かに笑った。
「噂とは面白いものだ」
全員が老人を見る。
「証拠が無い。だから否定も出来ない」
老人はゆっくりと続ける。
「真実であれば脅威。嘘であれば流言。だが」
机を軽く叩く。
「判断出来ない以上、無視も出来ぬ」
その言葉に誰も反論出来なかった。
軍務大臣は深く息を吐く。
「旧南国、帝国、両方の情報収集を優先する」
「確認が取れるまで、大規模な軍の移動は見送る」
「軽率な行動は慎め」
「はっ!」
会議室に返事が響いた。
その決定に異論を唱える者はいなかった。
確証はない。
だが、万が一にも帝国と旧南国が結んでいるのなら、不用意に軍を進めることは王国そのものを危険にさらす。
王国は慎重な判断を選んだ。
しかし誰一人として気付いてはいなかった。
その慎重さこそが、旧南国の狙い通りであったことに。




