三千の報せ
「お嬢様!」
通信担当文官が慌てて司令部へ飛び込んで来た。私は地図を眺めながら顔を上げる。
「何?」
文官は息を整える暇もなく報告した。
「帝国軍に動きあり!」
部屋の空気が変わる。
私は椅子から立ち上がった。
「詳細は?」
「確定ではありませんが」
文官は書類を差し出した。
「第二討伐軍編成中との情報です」
私は書類を受け取りそして、目を通した瞬間。
眉が動いた。
「兵力」
沈黙。
「約三千」
部屋が静まり返る。
先程まで書類を整理していた文官達も顔を上げた。
「三千ですか……」
軍務担当文官が呟く。
私は地図へ視線を落とした。
三千。
前回の二百とは話が違う。
ようやく帝国も本気になったらしい。
私は苦笑する。
「流石に学習したか」
誰も否定しない。
むしろ、二百のまま来られる方が困る。
その時、通信担当文官が続ける。
「目的は討伐と敵情把握との事です」
私は思わず笑った。
「なるほど」
前回ら、何も知らずに送った。
そして負けた。今度は知ろうとしている。
それは正しい。正しいが、私達にとって都合が良い話ではない。
私は地図を見つめる。
旧南国。帝国。そして北方。
「時間は?」
軍務担当文官が答える。
「早くても二週間」
私は頷いた。思ったより早い。
だがまだ時間はある。
私は指で机を叩いた。
「三千か」
数字だけなら圧倒的だった。
旧南国軍は数で負ける。
それは間違いない。
だが、私は慌てなかった。
「補給は?」
「長くなります」
「そうよね」
三千人。
食べる。飲む。寝る。動く。
それだけで莫大な負担になる。
私は小さく笑った。
「兵士は勝手に歩かないものね」
文官達も苦笑する。
その時、軍務担当文官が聞いた。
「迎撃準備を?」
私は首を横に振った。
「まだ」
皆が不思議そうな顔をする。
私は地図の国境付近を指差した。
「三千人動けば隠せない」
沈黙。
「つまり」
私は続ける。
「ずっと見られる」
鉄道。無線。ロイドの偵察。
今の私達にはある。三千人は巨大だ。
巨大過ぎる。だから見失わない。
私は考える。戦う場所。
補給路。橋。街道の全て。
選べる。
「焦る必要は無いわ」
その言葉に、司令部の空気が少し落ち着いた。
その時、別の通信兵が入って来る。
「村経由より追加情報!」
私は振り向く。
「何?」
通信兵は答える。
「王国軍も依然として動けない模様です」
私は思わず笑った。
「でしょうね」
帝国も止まった。王国も止まった。
結局、皆が足を止めている。
そしてその間に、私達だけが準備を進められる。
私は窓の外を見る。
旧南国旗が風に揺れていた。
その向こう工房では機械が動き続けている。
線路も延びている。志願兵も増えている。
私は静かに呟いた。
「三千ね」
前回の二百とは違う。確かに脅威だ。
だが恐怖は無かった。むしろようやく相手がこちらを敵として認識した。
そんな感覚だった。
私は軍務担当文官を見る。
「全村へ連絡」
「はっ」
「備蓄を開始」
「道路整備も急がせて」
「了解しました」
次々と命令が飛ぶ。
司令部が慌ただしく動き始める。
その様子を見ながら、私は地図の帝都を見つめた。
三千。
帝国が出した答え。
ならば、こちらも答えを出さなければならない。迫り来る第二討伐軍。
そしてその向こうにある帝国そのもの。
旧南国を巡る戦いは、新たな段階へ入り始めていたのである。




