経済奴隷
最近、お父様とお母様の機嫌がめちゃくちゃ良い。
理由は明白。
領地の改造が成果を出し始めている。
懐中電灯は順調に売れ、水道化計画も軌道に乗り始めた。
税収が安定し、商人が増え、職人の仕事も増えている。
領地が“潤っている”。
それが数字にも現れている。
お父様は執務室で満足げに頷きながら言った。
「順調だ」
その言葉に、私は内心ほっとしていた。
次の一言で、思考が止まった。
「奴隷を数十名買ってきた」
……は?私は聞き間違いかと思った。
「今、何と?」
「奴隷だ。労働力確保の為に」
奴隷制度あるのか!?
内心ドン引きである。いや、薄々は予想していた。
中世風世界。あるだろうとは思っていた。
目の前で“買った”と言われると話は別だ。
私は無言で文官を見る。
彼は落ち着いた声で言った。
「ご安心下さい。全員、経済奴隷ですから」
……経済奴隷?
「説明を」
文官は淡々と話し始める。
借金。商売失敗。災害。税滞納。
金を借りて返せなかった者達。
この世界では、自らの“労働価値”に金額が付けられる。
その金額を債権者が肩代わりする。
その代わり、一定期間の労働を提供する。
期間終了、もしくは借金返済完了で解放。
「預かった側は、最低限の衣食住を保証する義務があります」
法律上は、保護対象。
暴力や過剰労働は禁止。違反すれば罰金。
理屈は分かるが納得はしない。
人間に値段が付く。それが制度として成立している。
前世の倫理観が、軋む。
「暴れたらどうするの?」
私は率直に聞いた。文官は少しだけ視線を逸らす。
「契約魔法で主従関係を結びます」
……魔法。
「逆らえません」
命令違反は出来ない。
逃亡も困難。強制力付き契約。
私は、しばらく沈黙した。
合理的だ。労働力確保。急速な領地拡張。
工房増設。水道局。全てに人手が要る。
市場で自由労働者を集めるより、早い。
私は静かに言った。
「待遇は?」
「法の範囲内です」
「法の“最低限”ではなく、最大限に」
文官が一瞬驚いた顔をする。
「住環境は改善。水道を優先設置。技能教育も」
「教育、ですか?」
「ええ。技能を付ければ返済も早く終わる」
私は椅子に座り直す。
この制度を、今すぐ無くす力は無い。
世界の仕組みを一人で変えるのは無理だ。
ならば使うけど搾取ではなく。
“回復”として。
「彼らは財産ではないわ」
私は静かに言う。
「戦力よ」
文官が目を細める。
「どういう意味で?」
「技術を覚えさせる。水道、電灯、加工。技能者にする」
単純労働力ではなく、熟練労働者へ。
返済が終われば、領地に残るかもしれない。
人口増加。技能蓄積。長期的利益。
お父様は黙って聞いていた。
やがて、ゆっくりと頷く。
「好きにしろ」
私は小さく息を吐いた。
この世界の常識。前世の常識。
全部を一度に変える事は出来ない。
少しずつ仕組みの中身を変える事は出来る。
外は同じでも中身は違う。
私は窓の外を見る。
奴隷と呼ばれる人々が、列をなしている。
彼らは、絶望しているのか。
諦めているのか。
それとも再起を望んでいるのか。
私は静かに呟いた。
「せめて、この領地に来て良かったと思わせる」
それが、今出来る最大限。
世界は綺麗じゃない。
変える余地は、ある。




