言葉を届ける為に
演説が終わった後、私は領館の執務室へ戻って来ていた。
窓の外を見ると領都は、思ったより落ち着いている。
暴動も無い。略奪も無い。混乱はある。
当然だ。昨日までの常識が一日でひっくり返ったのだから。
私は椅子へ深く腰掛けた。
「ふぅ……」
思わず息を吐く。
疲れた。本当に。
その時、副官が書類を持って入って来る。
「各地区の報告です」
私は受け取った。
住民反応。商会。役人。警備隊。
一通り目を通す。
そして少しだけ安心した。
「概ね好意的ね」
副官も頷く。
「徴発の件が大きいかと」
「でしょうね」
私は苦笑した。
小さな村を狙った徴発。
避難民。失われた備蓄。
その話は予想以上の速度で広がっている。
領都の住民達も馬鹿ではない。
自分達も同じ目に遭う可能性があると理解している。
だからこそ、今の所は支持が多い。
私は窓の外を見る。
「救いね」
副官が首を傾げる。
「何がです?」
「支持がある事」
私は正直に答えた。
「今回かなり強引だったもの」
領都制圧。行政掌握。官僚拘束。
普通なら大騒ぎだ。
本来なら、もっと時間を掛けるべきだった。
住民説明。根回し。世論形成。
支持者作り。全部。本来なら必要な工程だ。
私は椅子へ背を預けた。
「本当なら先に世論誘導したかったのよねぇ」
副官が苦笑する。
「確かに」
「でも時間が無かった」
それが全てだった。
徴発は既に始まっていた。
村は苦しんでいた。
待つという選択肢は無かった。
その時、扉が開く。
「失礼します!」
印刷所担当の文官だった。
私は顔を上げる。
「どう?」
文官は笑った。
「順調です!」
私は頷く。
領都へ入った直後、真っ先に確保した施設。
その一つが印刷所だった。
武器工場ではない。倉庫でもない。印刷所。
「内容は?」
文官が紙を差し出した。
私は確認する。
徴発の実態。避難民の証言。
地下都市側の主張。領都制圧の理由。
そして今後の方針。
全てまとめられていた。
私は満足そうに頷く。
「良いわね」
文官も胸を張る。
「既に印刷開始しております!」
「何部?」
「第一陣三万部」
私は思わず笑った。
「多いわねぇ」
「足りないかもしれません!」
確かに、それもそうだ。
領都。周辺村落。商会。役所。全部へ配る。
三万でも足りないかもしれない。
私は立ち上がる。
「急いで」
「はっ!」
「住民は情報を欲しがってる」
私は窓の外を見る。
人は知らない事を恐れる。
だから、まず知らせる。
何が起きたのか。
何故動いたのか。
これから何をするのか。
私は小さく笑った。
「武器も大事だけど」
副官が聞く。
「はい」
私は机の上の印刷原稿を持ち上げる。
「言葉も武器なのよ」
副官は少し驚いた顔をした。
私はそのまま続ける。
「そして今欲しいのは」
窓の外を見る。領都の人々。村の人々。
旧南国の人々。
「支持」
静かな声だった。
だが、今の私にとって、銃や弾薬と同じくらい重要な物だった。
その日。
領都の印刷所は昼夜を問わず稼働した。
紙の束が積み上がる。
インクの匂いが広がる。
そして旧南国全域へ向けて、新たな時代の主張が印刷され始めていたのである。




