決断の時
「さて」
会議室を見回すと重い空気。
全員がそれを感じていた。
「皆さん集まったわね」
私は席へ座る。
「思いっ切り重役会議開始だわ」
誰も笑わない。
当然だ。今の状況で冗談を言える者はいない。
私は最初の資料を開いた。
「まずは自国軍の話からかな」
視線を監督官へ向ける。
「情報はどこまで掴んでるの?」
監督官は腕を組む。
「招集開始」
短く答えた。
「正規軍はどうやら既に国境方面へ出たらしい」
会議室が静かになる。
「ただ」
監督官は続けた。
「移動速度を考えれば、恐らく数週間は掛かるだろうな」
「なるほど」
私は頷く。
「それだけ?」
「今のところはな」
その時、私は別の資料へ目を落とした。
「軍による徴発行動は?」
監督官は少し考える。
「詳しい情報はまだ無い」
「だが」
一拍置く。
「恐らくあるだろう」
「やっぱりそうか」
私は小さく息を吐く。
物価上昇。商人の移動。備蓄調査。全部が前兆だった。
「可能性は十分あるわね」
私は今度は母を見る。
「お母様はどう思います?」
母は静かに答えた。
「そうね」
少し考える。
「早かれ遅かれ、ここにも何かしら来るでしょうね」
「徴発かもしれない」
「監督強化かもしれない」
「別の要求かもしれない」
「でも」
母は私を見る。
「何も無いとは思わないわ」
私は頷く。
予想通りの答えだった。
「それに対する対応は?」
母は肩を竦めた。
「今のところは何も。その都度対応する形になるかしら」
監督官も頷く。
「無難だな」
「慎重でもある」
会議室は静かになる。
誰も間違っていない。
正しい。正しいのだ。
だが、私は窓の外を見る。
そして、ゆきちゃんの手紙を思い出した。
全ての敵意を自分へ向ける。
その為の決断。
「……」
私は腹を決めた。
「警備兵」
全員がこちらを見る。
「入って来なさい」
扉が開くと数名の警備兵が入室する。
母が不思議そうに首を傾げた。
「何?」
私は立ち上がる。
そして、静かに告げた。
「お母様」
「はい?」
「貴女を軟禁し、全ての権限を停止します」
会議室内が凍り付く。
「……へ?」
母が固まる。
文官達も動けない。
監督官ですら目を見開いた。
「何を言ってるんだ?」
私はゆきちゃんほど器用じゃないだから先に動く。私は答えない。代わりに警備兵へ命じる。
「抵抗が無ければ丁重に」
「はっ」
その時、私は全員を見る。
「各責任者へ通達」
誰も言葉を発しない。
「今より各重機、各車両の封印を解除」
「武器及び弾薬の再生産開始」
「二十四時間体制へ移行」
「ロイド、くろがねトラック型」
「生産再開」
「人造石油も最大生産へ移行」
会議室がざわつく。
監督官が立ち上がった。
「お前、何を言っている?」
副官も立ち上がる。
「正気か?」
私は静かに言った。
「そして監督官殿、副官殿」
二人を見る。
「腰の剣を提出して下さい」
「は?」
副官が思わず声を上げる。
「何を――」
言い終わる前、乾いた音が響いた。
パンッ!
次の瞬間、副官の剣が床へ転がる。
柄のすぐ近くが弾かれていた。
会議室が完全に静止する。
副官自身も固まっていた。
「……な」
誰も動かない。
私は静かに言った。
「もう一度言います」
声は冷静だった。
「武装解除を命令します」
監督官が私を見る。
信じられないという顔。
だが、私は視線を逸らさない。
「従わない場合」
一拍。
「こちらも相応の対応を取ります」
会議室は沈黙に包まれた。
その時、監督官は私を見つめたまま、小さく息を吐く。
「……そういう事か」
誰にも聞こえないほど小さな声。
だが、私は聞こえた。
ゆきちゃんそして今の私。
やろうとしている事は同じ。
国家ではなく。領民を守る為。
敵意を引き受ける為。誰かが泥を被る為。
監督官はゆっくりと腰の剣を外した。
カラン。
静かな音が響く。
副官も遅れて剣を置く。
会議室の全員が固唾を呑んで見守っていた。
もう後戻りは出来ない。
その日。
地下都市では――
一人の若き人間が決断を下した。
それは反乱か。クーデターか。
あるいは防衛の為の非常措置か。
後に歴史が何と呼ぶかは解らない。
だがこの瞬間。
地下都市もまた、戦乱の時代へ自ら足を踏み入れたのである。




